たぶん、よくあること
ピーッ、ピーッ、ピーッ
炊飯終了の合図が背後から響き、皆本はわずかに顔を上げた。
振り向けば、リビングへ続くドアが開いている。
ああ、こいつを抱えて寝室へ運び込んだものから、ドアを閉めるのを忘れていた。
リビングの方も、念のために換気をしておかないと。
「メシ、炊けたみたいだぜ」
皆本の下では、荒く息をついた兵部がそう呟く。
紅潮した頬か柔らかそうで、触れたい衝動が沸き上がる。
それに逆らわず、皆本はそこに唇を落とし。
「じゃあ、あと１０分」
ぐっ、と腰を押しつけられて、兵部は、んっ、と息を詰めた。
「っ、なんでだよ」
ぐちぐちと、繋がった下肢を互いの好きに動かしながら、セックスの最中にしては、色気のない会話が続く。
「だって、蒸らさないと」
ちらりと時計を見上げると、午後の２時１７分。
２時半くらいには、酢飯作りにかかりたい。
皆本を飲んだ兵部のそこは、ひくひくと痙攣を繰り返し、掴み締めた白い脚先は、ぴんと伸びて震えている。
そろそろ限界みたいだし、ちょうどいい頃合いだ。
「ぜってえ１０分保たせねえ・・・」
皆本の首に腕を絡めた兵部が、自ら腰を押しつけて、中をきゅう、と締めつけてきた。
しかし、不意打ちでなければ、なんとか対処のしようもある。
搾り取ろうとする肉襞の動きを堪え切り、やらかしやがった兵部を見下ろせば、闇色の瞳をぎゅっと閉じ、唇を噛んで相当一生懸命なのが見て取れた。
ナニ可愛いことしてんだ、こいつ。
何だかんだでこいつとの関係を切れないのは、嫌がらせに押し掛けて来る以上に。
こういう可愛い顔を、ウカツに見せまくってくれるからだ。
見た目も手触りも極上の、銀色の髪を柔く梳く。
そうすれば、思わず、といったように開いた目元に、口付ける。
この、濁った瞳さえ可愛いと思えてしまうのだから、全く持って始末に負えない。
舌先に感じた生理的な涙は、汗も混じって少ししょっぱかった。
相手を伺う闇色の瞳が、いとけなくて胸に痛かった。
「お前の後始末して、風呂に放り込んで丁度１０分くらいだろ」
そう、赤く染まった耳朶に囁くと、と兵部はへ？と闇色の瞳を瞬かせ。
快楽に鈍くなった思考がちゃんと回る前にと、皆本はその細い腰を抱え込むようにして。
そうして、スパートをかける動きで、その体内を蹂躙する。
「あ、あ、あ、あぁ・・・」
柔らかく解れた襞を、遠慮会釈なく擦られるのは、とてもとても気持ちが良かった。
しかも、男を食んだままの腰を高く持ち上げられて、上から突き込むようにされたからたまらない。
「ひ、や、ああ・・・っ」
敏感な内壁を、しかも締め付けている最中にそんな風に扱われれば、感じやすい兵部の体が持つ訳もない。
背筋を突き上げた快楽に逆らわず、兵部は皆本の手の中に精をこぼし。
皆本も、押し留めていたものを兵部の腹の中に余すところなくぶちまけた。
とりあえず、兵部を抱いた寝室は、窓を開けてドアは締め切る。
リビングも、掃き出し窓から小窓までを全開にして換気する。
春の風はまだ冷たいけれど、どこかで咲いている花の香りがして心地いい。
それから、手をよく洗って炊飯器を開け、手早く酢飯を作ってしまう。
酢飯は、熱いうちが勝負だ。
酢飯を型に詰めた後、冷やしておいた錦糸卵やボイルエビを取り出してちらし寿司をつくり。
保温鍋の中身を確かめて、ミニグラタンのためにオーブンを余熱する。
それから、漬けておいた唐揚げ用の肉を取り出して、半分ほど揚げたところで兵部が風呂から出てきた。
「真木なら洗ってくれるのに・・・」
「風呂くらい一人で入れ、子供かお前は。・・・って、ガキかぁーーーーっ！」
振り向いたとたん思わず二重ツッコミになったのは、兵部が全裸のまま、体も拭かずにぺたぺたと床を濡らして現れたからだ。
慌てて揚げ油の火を落とし、タオルを叩きつけてわしわしと拭いて、服を着せる。
こいつの着替えがごく普通にあることに、悩んだこともあったがもうそんなことはどうでもいい。
「京介だってこのくらい自分でやってたぞ！」
「やだね、めんどくさい」
濡れた床を拭いていたら、目の前に、椅子に座り込んだ兵部の素足が揺れた。
ああもう本当に手間のかかる。
黒い学ランのズボン裾から覗く白い足は、シチュエーション次第ではひどく扇情的だが、今の皆本は完全にオカンモードだった。
何の感動もなく靴下を履かせ、スリッパを取ってきて放る。
しぶしぶとそれに足を突っ込んだのを確認してからキッチンに戻ると、兵部はふらりと窓に寄った。
帰るのか、とも思ったが、そこから茶色い小動物が舞い込んできたので納得する。
「どこ行ってたんだ、桃太郎」
「ソリャ、コッチノ台詞ダゼ。皆ハマダ学校ナンダロ？」
「学生服で来んなって言われちまってさあ」
「馬鹿ダロ、オマエ」
「だーれーがー馬鹿だ」
モモンガと戯れながらきびすを返した兵部は、そのままさっきの椅子にぽすんと座った。
薫がよくやる、背もたれ側を前にする座り方だ。
そのまま、テーブルにあった唐揚げをつまむ。
ただのブロイラーだろうに、タレがよく染みていて、外側はサックリとしているのに、中は程良くジューシーだ。
ぶっちゃけ美味い。
それはもう、腹の立つほどに。
それを揚げている男の背中を眺めながら、肉の塊を飲み込んで兵部は思った。
まったく、この期に及んで、僕を抱いちゃうってどうなんだ。
わかってないのかこいつ。
本っ当ーに、わかってないのか。
なんだか彼女が可哀想になってきた。
自分から押しかけたことを棚に上げ、ムカムカしながらもう一つ唐揚げを手に取った。
それを口に放り込みながら、よくよくテーブルを見てみれば、肉の煮込みに、パスタにグラタン。
うわあ、ちらし寿司まである。
油で汚れた指をぺろりと舐めて、兵部は椅子の背もたれを抱え込んだ。
ったくもう、本当に。
「おばはんくさい！」
「うるっさいな！」
皆本が振り返るのを見計らって、唐揚げをもう一個つまむと、奴は目を吊り上げた。
「コラ、つまみ食いすんな！」
うるさい。こいつホントにどこまでも。
「心底！おばはんくさい！」
こんなおばはんくさい朴念仁のどこがいいのか。
理解に苦しむと思いながら、兵部は唐揚げを頬張った。
本当に。
彼女も僕も、趣味が悪すぎる。