相互所有
特務室室長であり、マキナ・ヴァーダントのファクターでもある森次玲二が、地下のプラントへ来るのは当然、よくあることだった。
以前行った作戦からのフィードバックと、整備状況の確認、ファクターにしかわからない、微妙な調整への協力、等々。
今日も牧とモニタの前で顔をつき合わせ、ラインバレルの未解明部分に関しての説明を受けていた。
「どうも、固有ナノマシンのパターン自体が違うようなんだけどね。何せ早瀬クンがアレだろ？観測値のブレが大きくてねぇ。ほら、特に１回目と４回目。ヒドイだろ」
「・・・城崎さんの方は」
「それが、あっちのパターンはほぼ正常なんだ。むしろ、君のヴァーダントに近いかな。ここのピークなんかほとんど同じだね。『ファクター２人』に関係する事象だと推測はできるんだが・・・まあ、諦めないで調査するよ」
「よろしくお願いします」
データへのアクセスキーを確認し、時間を確認し。
それから森次は、おもむろに口を開いた。
「ヴァーダントの整備は」
「ああ、済んでるよ」
「では、ナノマシンの更新をしても」
「大丈夫だ」
おーい、リフト寄越してくれ、と、牧が声をかける。
しかしすぐに、ヴァーダントの右腕が勝手に降りてきて、森次の前に差し出された。
牧は移動式のリフトを操作しようとしていた部下に、悪かったな、と苦笑いをした。
マキナは搭載された電脳により、自己判断である程度稼働する。
それぞれの機体に個性があり、自我さえ存在すると言っていい。
しかし、と、森次は思う。
イズナのディスイーブ、その後に加わった山下のハインド・カインド。
その２機と比べて、ヴァーダントのそれは突出していた。
それはもちろん、ラインバレルの特異性とは比べものにならないほどささやかなものではあるのだが。
それにしても、ヴァーダントは自我が強過ぎるのだ。
量産型の設計思想が読み取れるというのに、結局同型機が見つかっていないのは、そのせいだと森次は踏んでいる。
右目の件を引き合いに出さずともわかる。
自我の強い兵隊など、いない方がマシというものだった。
開かれたコックピットに乗り移り、馴染んだシートに腰を落ち着ける。
コックピットはすぐに内部に収納され、しかし、通常ならばすぐに展開される３６０度のスクリーンは黒く沈黙したままだった。
それでも、森次は不自由を感じない。
ファクターの瞳には、手元のコンソールの明かりでも、内部を見わたすには十分だった。
いや。
今、ここで森次が何かを見る必要など、どこにもなかったのだが。
この、自己主張の激しい機体は、右目を全く修復させず、その上、ファクターの内に存在する己の固有ナノマシンを、定期的に更新することを必要とした。
ナノマシンのデータ更新だけならば、遠隔でも行える。
しかし、それをせずに直接更新作業を必要とするのは。
「我侭だぞ、ヴァーダント」
『彼』が、自分に執着している為だと、森次玲二は知っていた。
するり、と眼鏡を外したのは、ナノマシンの移植に使われる移植管の一つだった。
牧たちの研究では、どうやらこの部分は自由度が高く、マキナの都合で好き勝手に作ったり消滅させたりできるもののようで、森次の数えられただけで、１６本まで増やされたことがあった。
牧に報告したところ、「そんなに増やしてどうしたいんだ」とアタマを抱えられたが、どうしたいか・・・どうしたか、を知っていた森次は、しかし、さあ、と首を傾げることしかできなかった。
そう。
これは、森次とヴァーダントの『秘密』。
例え馬鹿正直に報告しても、この過剰な自我とファクターへの執着がヴァーダント固有のものであるのなら、わざわざ報告することもないだろう。
何よりも。
ヴァーダントが、それを望んでいないのだから。
細い移植管に、眼鏡は器用に畳まれて、コンソールの上へと静かに置かれた。
それを横目に見つつジャケットを脱ぐと、ひょいと取り上げられてシートの背へ掛けられた。
ネクタイを緩めると、移植管はもう襟元からシャツの下へと入り込みはじめ、その頃にはもう、待ちきれないとばかりに、ベルトのバックルが勝手に外されている。
いち、にい、さん・・・
なぜだか習慣付いてしまった、移植管の数を数えていると、四本目のそれがするりと背後から頬を滑って。
その意図を理解した森次は、ちいさく口を開けてそれを迎え入れた。
ナノマシンの移植は、通常、脊椎から行われる。
ちょうど、腰椎穿刺を行う腰椎のあたりだ。
移植をもっとも効率よく行えるので、それが普通だと聞いている。
ずる、と、口腔を移植管の先端が滑っていく。
強すぎず、弱すぎず。
絶妙な力で、森次の口腔を、嬲る。
「んっ・・・」
人の親指ほどの太さのそれは、喉を塞ぐほどではなく、漏れた喘ぎはコックピットにこぼれて消えた。
ヴァーダントは、ナノマシンの移植を脊椎から行う事を好まない。
好まないものは仕方がないと森次は思う。
しかし、だ。
それでも、このまま普通に消化器から取り込ませれば良いだろうにとも、思う。
まさか、ナノマシンが胃液で消化されることなど、ありえないというのに、だ。
ずる、と、口腔を堪能したらしい移植管が、唇を滑り、首筋を伝うように下りていく。
スラックスのベルトを外した移植管は、前をくつろげただけの状態で、太股の内側と、性器の周りをひたすらに撫で回していた。
背中を這っていたそれに導かれるように、ずる、と、シートを腰が滑っていき、座りが浅くなる。
自然と、開かれた脚。
その、間に。
「ふ・・・・・っ」
消化管の終着地点を、唾液に濡れた移植管が割り開く。
ヴァーダントはこうして、森次の直腸にナノマシンを放つことを好んだ。
「ヴァー・・・・っ、急ぐな」
場合によっては、もっと奥まで入っているのかも知れないが、森次にはよくわからない。
わかるのは。
コイツ（ヴァーダント）が、この行為を喜んで行っているということだった。
「あ・・・・」
細いパーツに、どれくらいかわからないほどの奥までを探られて。
それでも、内部にナノマシンを放たれたのは、わかった。
そこでやめればいいものを、ヴァーダントは下肢を穿つ移植管の数を増やしていく。
ご・・・ろ、く？違、なな・・・・っ
数えるのもいい加減どうでもよくなってきた。
内に入る二本目以降も、もちろんナノマシンの移植行為が目的だが、それ以上に、体の内側の感触を愉しむことが。
更に、そこを刺激する行為が、目的のようだった。
「あ・・・っ、く、あ、は、・・・っ」
敏感な襞に刺激を与え。
己のファクターに快楽を与え。
そうして。
その、痴態を愉しむことを目的としているようだった。
ひとつひとつが細いとはいえ、複数の移植管に入り口から奥深くまでをいいように嬲られて、森次の体がびくびくと震える。
もとより、痛覚の欠損、及び幼い頃の視力の弱さを補うように、他の感覚は敏感になっている。
じわり、と、前の濡れる感触。
前を乱しただけの服を汚さないように、と、添えられた手のひらごと、ナノマシンを放出し終わった移植管が、くるくると包み込んだ。
「ふ・・・・っ」
そのまま、強弱をつけて『握られる』と、直接的な刺激に泣きたくなる。
啼きたく、なる。
「あ、あ、あ、・・・・・・」
もう、どのくらい中に侵入ってしまったのか。
どれくらい、中を満たされているのかもわからない。
ずるりずるりと内壁を擦り、我が物顔に内を行き来する移植管は、それぞれが、まったく違う動きで、森次の官能を高めていく。
「あ、ああ・・・っ」
耐えきれずにこぼした体液は、残らず移植管がすくっていき。
耐えきれずにこぼした声は、コックピットの内側だけに、響いた。
外では。
牧たち技術部員が、いつも通り仕事をしている、その中で。
こうして、喘ぎ悶え、達している。
その羞恥は、より森次の官能を高め、達したばかりの体を高めていく。
「っ、ヴァー、ダ、・・・・ぁ」
ひときわ奥で、ナノマシンを放たれる。
びくびくと震えた脚を、スラックスの内側に侵入した一本が、愛おしそうに撫でていった。
あまりの快楽に、こぼれた涙を拭っていった移植管が。
そのまま、右目の瞼をこじ開けて、彼の修復した眼球を、柔らかくなぞっていく。
中を満たす移植管は、いっそうの動きで森次を乱した。
自分の一部であるナノマシンを移植するだけでは飽きたらず、直接、体中に己の印を刻み込むヴァーダント。
まったく。
こうもあからさまに示されなくとも、わかっている、と森次は思う。
私は、お前のものだ、ヴァーダント。
お前が、私のものであるのと同様に。
唇に触れたそれに軽く噛みつき、自我の強すぎる兵器にそうささやいてやると。
体の中の彼が、歓喜に震えるのが、わかった。
とん、とん、と青い装甲を伝って下りてくる森次に気づき、牧がよう、と声を上げた。
「終わったか？」
「はい。・・・っと」
頷いて着地した森次が、珍しくバランスを崩してたたらを踏んだのを見て、彼を子供の頃から知っている技術開発部部長は、年少の者を見る保護者の顔になった。
「どうした？」
「いえ」
その変化を感じ取り、人前ではめったに崩れない鉄面皮を小さな苦笑の形に崩して、森次はこぼした。
「恐らく、腰が痛い、というのは、こういう状態のことを言うのでしょうね」
それは、マキナをよく知る者には、脊髄への固有ナノマシン移植について言っているようにしか聞こえず。
「何だ、異常があるんなら診てもらえよ？」
ごくごく普通に心配され、森次が滅多にない下ネタ的な愚痴を言ったことに気づいた者は、誰も、いなかった。