静かな、夜に
（「笑うかぼちゃ」を先にお読みください）
「アスランさん、おたんじょーびおめでとー！」
元気な元気な言葉とともに、ディスプレイにあらわれたのは、ピンクの肉球。
可愛いお顔は見えないけれど、可愛い肉球が見えるから、アスランさんは気にしない。
「ああ、ありがとう、シン」
「あのね、あのね、プレゼント決めたんだよ」
「何に決めてくれたんだ？」
「ナイショだよ！」
今年のシンのプレゼントは、ブリュンヒルデ内で行われた、ハロウィンパーティーで集められたお菓子の一部だと、さっき短いメッセージを寄越した、イザークに言われて知っているのだけれど。
それから、シンがお家の森で、綺麗な葉っぱを一生懸命集めていたことも、よくよく知ってはいるけれど。
「ナイショか。じゃあ、楽しみにしておくよ」
「うん！」
それでも、シンの肉球が可愛いから、気にもせずにそう言って、それから一歩下がるように言い、今日も元気で可愛い顔を、確認して。
「じゃあな。腹出して寝るなよ」
「わかってるよ！」
「おやすみ、シン」
「おやすみなさーい！！」
元気な元気な子わんこの、元気な声を、名残惜しく聞きながら。
アスランは、自分の方から、通信のスイッチを切った。
騒がしい通信を切れると、家の中は、急に静まり返ってしまったようだった。
お掃除ハロの声だけが、遠くの部屋からかすかに聞こえてくる。
それほど、静かな。
秋の夜。
アスランは、居間のテーブルを振り返る。
そこには、色とりどりにラッピングされた、贈り物の数々が並べられていた。
キラ、カガリ、ラクス。マルキオ導師と、彼のところの子供たち。
いつも部品を配達してくれる、宅配便の青年まで、小さな菓子を贈ってくれた。
アスランは、そんなきれいなものたちを前にして座り、カガリのプレゼントの中から、プロテイン飲料をひとつ取り出して、開けた。
クール便で届けられたそれは、まだ冷たさを残していて。
しかし、一口飲むと、思わず苦笑の漏れる味だった。
それでも、アスランはゆっくりとそれを飲みながら、ひとり、静かに。
静かに、目を閉じた。
そう、あれはキラと会って、二度目の秋だった。
キラの家で、誕生日を祝ってもらった。
泊まれというキラの言葉に首を振って、おじさんに送ってもらった家の居間で。
やはり、こうして母や親友にもらった贈り物を前にして、暫し、佇んだ。
あの夜も、こんなふうに、静かな夜だった。
静かで、少し、寂しいなと思った。
キラの家での食事が、楽しかった分だけ。
寂しいなと、思った。
そんな自分は、なんて、贅沢で幸せな子供だったのだろうと、思う。
そうして。
今も俺は、こんなにも贅沢で、幸せだ。
誕生日を祝ってくれる、たくさんの人々。
その人たちの、気持ちを前にして。
感謝と、喜びと、寂しさと。
そうして、言いようのない思いに満たされて、アスランは、細く、しかし、深い息をついた。
この世に、生まれて来ることが出来て。
たくさんの命を奪いながらも、今、こうしてここに在ることが出来て。
そのことを、祝福して、もらえて。
そうして今、この上、「寂しい」なんて、贅沢なことを思っている。
自分は、なんて幸せなのだろう。
なんて。
飲み終わったプロテイン飲料の缶は、きちんと缶ごみのボックスに入れる。
このプレゼントの山を片付けてしまうのは、なんだかもったいないから、明日まではこのままにしておこう。
いや、いっそ、彼らが帰って来るまで来るまで、このままここに置いておこうか。
イザークはきっと、白い頬を真っ赤に染めて怒るに違いない。
そしてシンは、「すっげー！」とか言いながら、菓子の類を欲しがるだろう。
そうして、いつも冷静なレイに止められるのだろう。
そんなことを思いながら。
もう、寝る時間だと思いながら。
アスランは、不味いプロテイン飲料の缶を、もうひとつ取り出して、開けた。
『アスランさん、おたんじょーびおめでとー！』
可愛い可愛い子わんこの、元気な言葉が。
部屋と同じくらいに静かだったはずの、アスランの脳裏に弾けて、消えた。
「・・・・ありがとう」
もう一度、そう呟いて。
呟いて、アスランはちいさく笑う。
笑おうとして、失敗する。
本当に、俺はどれだけ、贅沢者なんだ。
笑みに失敗した口元の、奇妙な歪みを隠すように、アスランは手にした缶に口をつけて。
そのまま、一息に飲み干した。
「・・・・しまったな、こういう時には、酒にするんだったか」
「でも、一人で飲んでもつまんないっしょ」
「ああ、そうだな」
「もうじき、みんなで帰るってさ。お前んとこに」
「あたりまえだ。予定じゃ、今日帰ってくるはずだったんだから」
缶を、缶ごみのボックスに放り込んで。
それからアスランは、ふと、さっきまで座っていたソファを振り返った。
遠くで、お掃除ハロの声がする。
他には、何も聞こえない。
聞こえる、はずが、ない。
それでも。
「もうじき、か」
呟いたアスランは、それでも今度は、ちゃんと笑って。
それから、部屋の明かりを消した。
もうじき、帰ってくるのなら。
そうだな、大きなかぼちゃを買っておこう。
シンのかぼちゃ大王を見そこねてしまったのだから、イザークにかぼちゃをくり抜かせて、シンに着せてみるというのはどうだろう。
きっと、可愛いに違いない。
アスランは、可愛いシンのかぼちゃ大王を想像し、にこにこしながら、寝室へと向かっていった。
浮き立った心には、もう、贅沢な寂しさは微塵もなくて。
静かなしずかな秋の夜。
遠くで、ジャック・オ・ランタンの、笑う声が、聞こえた。