視線
茶色の髪が月光に透けると、そこだけが金色に光って、とても綺麗だった。
思わず手を伸ばしてその先触れれば、しかしその綺麗なものは、あっという間に見えなくなった。
あの、綺麗だった光を、闇に沈めた自分の手。
それを、ぼんやりと眺めたルルーシュは、そのまま、スザクの髪をくしゃくしゃと撫でる。
ふうっと、緩く笑う気配。
うつ伏せているせいで、スザクの表情は分からないけれど。
それでも、片方だけ見えた瞳がほのかな光を弾いて、心地良さそうに細められたのが、わかる。
ルルーシュから動けば、いつもその倍は返してくれるスザクが、こうしてただ撫でられているというのは、珍しいことだ。
きっと、疲れているのだろう。
技術部だとは聞いているけれど。
戦場には、出ていないはずだけれど。
それでも、ブリタニア人の中で軍務に就くということは、それだけで疲労するものなのだろう。
日本人の中で、正体を隠し、ただ己のみを信じて立ち回る自分に照らし合わせ、ルルーシュは胸に溢れたものに突き動かされるように、スザクを抱き寄せようと、髪に触れた手をするりと首まで撫で下ろす。
これは、憐れみじゃない。
それでは、自分で自分を憐れんでいることになってしまう。
これは、憐れみじゃない。
愛しさ、だ。
それもまた、真実ではあるのだから。
スザクの首筋。
伝わる鼓動。
ルルーシュよりも、熱い体温。
それを、引き寄せようとして。
ルルーシュは、ふと手を止める。
視線
を
感じたから。
ルルーシュは、神経だけを窓へと向けた。
瞳は、暗い天井へ。
人の動きに敏感なスザクに、気取られないように、さりげなく。
手は、また、彼の髪を撫で続けている。
柔らかな、スザクの髪。
その感触が、何故か、遠い。
害意はない。
ただ、こちらを見ている視線。
それが誰のものか、ルルーシュは知っている。
スザクが来るからと、彼女を追い出した後は、しばらく本当に床で寝る羽目になる。
しかし今日は、大人しく出て行ったと思ったら、あの女。
あの女、が、見ている。
お前には、ひどく滑稽に見えるのだろうな、俺は。
そうだろう。
ブリタニアをぶっ壊すと、そう言った口で、そのブリタニア軍に籍を置く男に口付けて。
血に濡れたこの手で、その背を抱いて。
抱き合った後のやさしい時間を。
ただ、見つめるだけの、金色の視線が凍らせる。
お前に、こんなものは相応しくないのだと。
あの、人を馬鹿にし切った声音すらなく。
ただ、視線のひとつだけで。
ルルーシュを、やさしい夢から、現実へと引き戻す。
「・・・・ルルーシュ、どうかした？」
眠たげなスザクの声と、自分を映す緑の瞳にはっとした。
「ん？どうもしないさ」
声も、スザクに触れたままの指も。
震えていない。いつもどおり。
そんな自分が誇らしく、そうしてかなしい。
「寝ろよ。お前、今日も授業中寝てただろう」
「それは、だって・・・・」
まるで子供の頃のように甘えた声を出しながら、スザクはルルーシュとの間にあった、わずかな距離をするりと詰めた。
熱い腕に抱き込まれて。
それだけで、すべてがどうでもよくなってしまう。
そんな自分を、ルルーシュは激しく嫌悪した。
それでも腕は振り解けない。
そんな、不審な行動は取れない。
そんな、もったいないことはできない。
だって、こんなに気持ちいいのに。
そんなルルーシュを。
C.C.の視線が。
射ている。
「だって、今日はルルーシュが来てもいいって言うから。だから、呼び出されないようにと思ってさ」
昨日は遅かったのだと、そう言う恋人。
「今寝てたら一緒だろう、馬鹿」
「うん。でもさ」
スザクの硬い手のひらが、ルルーシュの頬をそっと撫でた。
大きな瞳が零れそうな笑みを湛えて、ルルーシュの瞳をのぞき込む。
「寝るんだったら、ルルーシュの側がいい」
スザクには、ルルーシュを口説いている自覚はない。
ただ、思ったことを言っているだけ。
だから、余計に始末が悪い。
「寝るのか？もう」
思わず問いかけた声は、自分でも信じられないほどに甘えたものだった。
「寝ろって言ったの、ルルーシュだろ。・・・・・でも」
そう言ったスザクの唇が、すうっと下りてきて。
ほのかな期待に震えていたルルーシュのそれに、そっと重なった。
「でも、したい。・・・いいよね」
唇がまた、触れるか触れないかの距離で、スザクがそう囁く。
見下ろすスザクの大きな瞳は、子供の頃と変わらない。
どこまでも、澄んだ、緑。
互いの瞳が近すぎて、心の底まで覗けそうだった。
無理やりに隠していたすべてを、大きな瞳に暴かれてしまいそうだった。
ルルーシュは、それを避けるように目を伏せる。
今の彼には、スザクの瞳は、痛過ぎたから。
「・・・・・ああ」
やっとそれだけを口にすると、すぐさま下りてきた唇に、命ごと、浚われるようなキスをされ。
熱くて大きな手のひらが、震えるルルーシュの背をきゅっと抱きしめた。
ルルーシュは、努めて視線を認識しないようにと意識を切り替える。
C.C.の視線は、ルルーシュがまた喘ぎ始める頃には、その窓から消えていた。
その頃にはもう。
ルルーシュに、視線など、気にする余裕などなくなっていたのだけれど。
「ス・・・ザク」
「ルルーシュ・・・・」
互いの瞳に互いだけを映し。
後は互いに。
闇に、飲まれるだけ。