信頼
頬に触れるかさついた指先に、ぞわり、と全身の毛が逆立つような心地がした。
もっと欲しくて、その手を取って。
頬をすり寄せると、そのまま顎を取られて仰のかされた。
その後、何が来るのか。
もう知っている兵部は、されるがままに喉を晒し。
自分を見つめる真摯な瞳に笑みを返すと、近づいてくるそれに、そっと目を閉じた。
まず感じるのは、熱い吐息。
それから、触れてくる、少しささくれた唇。
やがて唇を割ってくる肉厚の舌。
ざらりと髭の当たる感触さえ、気持ちがいい。
「んっ、まぎ・・・」
息継ぎの合間に漏れた甘えきった声を、それ以上に甘い口付けで浚われる。
真木のキスは、好きだ。
透視むまでもなく、自分への愛情に溢れ返っている。
いいや、キスだけじゃ、なくて。
気がつくと、学ランのボタンはすべて外されていた。
たくし上げられたシャツの下から、大きな手のひらが入ってくる。
日に晒さない薄い肌を、堅い指先が這っていく感触は、どことなく冒涜めいていて、気持ちがいい。
「あっ・・・」
指先が、胸の傷跡に触れた。
慰撫するように撫でられて、喉の奥から吐息が漏れる。
「んっ・・・そこは、いいから」
本当はもっと撫でていて欲しい思いもあるけれど、もっと気持ちのいいことを、兵部の体はもう、知ってしまっているから。
腰を浮かせて、ズボンを下から押し上げているものを、真木の腰に押しつける。
そうすれば、真木のそれも、既に固くなっていることがわかって。
その大きさに、体を満たされる瞬間を思い出し、身震いした。
「はしたないですよ」
「うるさい」
文句の言い合いも、甘い睦言だ。
自分を諫める唇にさえ欲情して、兵部は、それにまた食らいついた。
「ん、ふ・・・」
口腔を愛撫する舌に夢中になっているうちに、押しつけた腰に、大きな手のひらが触れた。
固くなったそれを指先が辿り、それから、妙に響く金属音と共に、ベルトが外される。
ジッパーは、ゆっくりと下ろされるのが好きだ。
その後の解放感を、より強く感じることができるから。
「ん・・・」
既に形を成しているものを、ズボンの中から引きずり出される。
下着の中に手を入れられて、やんわりと握り込れれば、もうそれだけで、腰の奥がじん、と痺れた。
「一度、イきますか」
「イヤだ」
もうすっかり気持ちよくなっている体に聞けば、速攻で拒否された。
「お前のでイく」
子供のような言いようで、淫らな言葉を吐く唇を、もう一度軽く塞いで。
真木は、愛しい人のそこから、そっと手を引き抜いた。
兵部の望みを叶えるのが、真木の望みだ。
白い脚から邪魔なものを取り払えば、自分で望んだことだというのに、兵部はどこかいとけない様子で真木を見上げた。
その可愛らしい様子に、可笑しくなる。
「では、少し我慢していてください」
そう、甘い声で囁かれて、兵部は身を震わせた。
あの大きなもので貫かれ、今宵初めての精を吐き出す快感を味わうためならば、我慢などいくらでもするつもりだったのに。
それを言葉に出されると、のたうち回りたくなるのは何故だろう。
脚を大きく開かされ、その間を潤滑剤で濡らされて。
そうして、節の立った指を差し込まれるよりも、真木の言葉は、なんだかよっぽど恥ずかしい。
いや。
これも相当。
恥ずかしい、ん、だ、けども。
「ふ、ぁ・・・・ンっ」
熱い視線が、自分のそこへと注がれているのがよくわかる。
自分のそこが、真木の指を飲んで淫らに花開いていくさまを、兵部は体感こそすれ見たことはない。
真木の視点で見ることくらい、兵部には簡単なことだったけれど。
・・・そんな恥ずかしいことは、やっぱりできない。
「んっ」
くちゅ、と音を立てて堅い指を引き抜かれ、息をつく間もなく、二本に増やされて押し込まれる。
「ふ、ぁ・・・」
真木の指は、無骨なようでひどく器用だ。
繊細な襞を傷つけることなく押し開き、固く閉じた肉をとろけるまで宥め、その合間に、感じる場所のひとつひとつを、確かめるように愛撫していく。
自分の中に、他人の指。
それも、すぐにでもそこを引き裂くことの出来る、力強い、男の。
普通に考えて、とても耐えられるはずのないそれを、しかし兵部は違う意味で耐えなければならなかった。
「ん・・・真木、もう」
真木の指が、気持ちよくて。
イきたくてイきたくてたまらない。
しかし、真木はのたうつ脚に口付けながら、やさしい声で答えるのだ。
「もう少し・・・このままでは、傷つけてしまいますから」
傷なんか、いくらつけてもかまわない。
いっそ、そう思いさえするのに、彼の指は、丁寧に丁寧に、兵部の官能を煽っていく。
その指にイかされてしまわないために、兵部は随分な我慢を強いられた。
だ・・・め。
もっと、気持ちよくなれるんだから。
ここでイったら、だめ。
「まぎ・・・ぃ」
脚を開き、剥き出しの腰をいやらしくくねらせて、ねだってくる兵部の姿に、真木の体も限界を訴える。
彼の中へと沈めた指は、もうそこが十分に、男を受け入れる準備が整っていることを感じ取っていた。
「・・・お待たせしました」
開かせた脚を折り込んで、興奮に赤く染まった耳朶に囁けば、腕の中の体がひくんと跳ねた。
闇色の瞳が恨めしげに真木を映し、汗の匂いが甘く香る。
「まったくだ」
そう答えた唇を、己のそれでたっぷりと塞いで。
「ん、んんーーーーっ！」
貫かれる悲鳴までを飲み込みながら、真木は、その人の体の中へ、侵入っていく。
これ以上はないというほどに、丁寧に解してはいても、１５で成長を止めた体に、真木のものは大きすぎる。
それでも、その過ぎる大きさにさえ感じて、触れられてもいないものから、とくとくと吐精する、淫らな体が愛おしい。
「ま、ぎ・・・」
その体の奥まで、入ることを許されて。
とろりとした闇の溜まる瞳で見上げられ、舌っ足らずな声で名を呼ばれる幸福を、どう表現したら良いのだろう。
「・・・っ、少佐」
再び唇を塞げば、熱く火照った舌が、水を飲む猫のように、懸命に真木のそれを求め。
ちゅくちゅくと立つ水音に、下肢の疼きも倍加する。
イったばかりの感じやすい襞で、真木のものを締め付けて。
それを激しく擦られて、小さな絶頂を繰り返しながら、その合間に、兵部は思う。
こんなふうに、服を脱がされて肌を晒し、体中、余すところなく触れられて。
自ら望んで脚を開き、他の誰にも見せない恥ずかしい場所を、その目の前に曝して。
あまつさえそこを指や舌で弄られて、挙げ句、自分への欲に猛り切った性器を入れられ、体の中まで占められるなんて。
こんなこと、彼としか、できない。
こんなふうに、全幅の信頼を寄せられる相手に出会えるなんて、思ってもみなかった。
絶対に裏返らないと信じられる愛情は、涙が出そうなほどの安堵を兵部にもたらした。
それは、何にも代え難く、いとおしく、大切で。
しかし・・・それでも壊れてしまったものを、元に戻すことは、できない。
負った傷は、癒えないまま。その、大切な彼さえも巻き込んで。
兵部は、望む未来へと進める足を、止めることができない。
だから、絶対に。
彼のためにも、自分の望みは果たさなければはならいのだ。
彼らが、幸福に生きられる世界を。
彼らの、その手に。
それが、兵部に残された、たったひとつの望みなのだから。