銀次のところへ見舞いに行くと、あたり前のように絃巻きがいた。

「あ、蛮ちゃん！カヅっちゃんがね、たこ焼きくれたんだよ！」

どうやって食べれば、頬っぺたにまでアオノリが付くんだ。

まったく不可解な生物の口に、最後のたこ焼きを押し込むと、絃の花月はあでやかに笑った。

「じゃあ、僕はもう失礼します。お大事にしてください」

「うんっ、ありがとう、カヅっちゃん」

洗いざらしのＴシャツにジーンズ、そのいでたちということは、もう退院したのだろう。花月が横をすり抜けて行こうとするのに、蛮は無意識に足を出していた。

「・・・美堂クン、邪魔です」

低い声が流れて細い脚が上がる。もちろん踏みつけられる蛮ではないが、脚をどかすと、絃巻きが何事もなかったかのように部屋を出て行くので、面白くない。

「あーっ、蛮ちゃんドコ行くのお〜」

後ろで叫ぶ銀次を、少しかわいそうだと思ったが、また来ればいいので戻るのはやめた。

「おい絃巻き」

後ろから追ってきているのはわかっていただろうに、花月は声をかけられてはじめて振り返った。

「なんですか、美堂君」

おそらく、銀次には見せたこともないだろう、ものすごく嫌そうなカオが小気味いい。

「遠当てヤローの命の奪還料、もらってなかったの思い出してな」

「俊樹から取ってください」

そっけなく言って踵を返す。その細っこい背中を、蛮は追いかける。

「テメェの犬２号だろ、テメェで責任取れや」

「犬じゃありません。人間です。・・・だいたい今、お金ないんですよ。僕と十兵衛と俊樹と、３人分の医療費、全部僕持ちなんですから」

一応サラリーマンをしていた俊樹は、払おうとはしたのだ。だが、無限城に入る俊樹よりも、これからも外にいる自分の方が稼げるからと、花月はそれを断った。

「俊樹は社会保険入ってたから３割ですけど、僕と十兵衛は全額負担ですし・・・」

「そんなん銀次だって同じだっつーの」

おかげで奪還料がパーだ。ていうかルシファーのヤローがやってたって会社、マトモに社会保険なんか入ってやがったのか。どこまでもふざけた話だ。

「この間、皆で暴れたのを全部弁償したのも、僕でしたよね」

げ、ヤブヘビ。

「・・・・それと遠当て野郎は別だよな」

確か、あの場にヤツはいなかったはずだ。みんなして騒いでたからよく憶えちゃいねーが。

「だからお金はないんです」

自分たちが言うとあんなに情けないセリフなのに、コイツが言うといっそ潔いのはなんでだコノヤロー。

「だったら体で払えよ」

思わず言ったのは勢いで、しかも相手はそれを正確に受け取らなかった。

「銀次さんから要請があれば、君に何を言われなくても動きます」

「違うわボケ」

なんだよ銀次と同じ天然か？いやむしろ今はオレがおかしいのか。

「・・・・美堂君、君、女の子好きでしょう」

ち、わかっちまったか。いっそ、そのまんまボケててくれたほうがよかったってのに。

自分の失言にげんなりしつつ、それでも蛮は言い募ることをやめようとはしない。

コイツ相手に言い負けるのだけは、絶対嫌だ。

「どっちかっていやあな」

まあ、男だってできないことはないだろう。自分の性癖が、かなりいいかげんに出来ていることを蛮は知っている。

「節操なし・・・・って美堂君！銀次さん襲ったりしてないでしょうね！？」

いきなり振り返って掴みかかる絃巻きは結構面白かったが、言われたことはものすごく不本意だった。

「んなサル襲って何が楽しい！」

アレはアレで一番大事な相棒だが、あんな色気のないイキモノ襲って、楽しいことなんて絶対ない。

テメェと一緒にすんな。

「・・・・まあ、君に借りを作っておくのは、得策ではなさそうですけどね・・・・・」

考え込んでしまった花月に、どうツッコんでいいか蛮は思い切り悩んでしまった。

「おいマジかよ」

「本気じゃなかったんですか？なら、いいんですけど」

花月が小首を傾げると、長い髪がさらりと白い肩から落ちた。

まあ、確かに男なんだが、その辺の女なんぞよりも、よっぽどソソる、肩で腰で仕草でカオで。

「今、本気になった」

コイツにトチ狂う元風雅の野郎共のキモチが、蛮はちょっとだけわかってしまった。

そして少しだけ、そいつらに同情した。

二人して病院を出て、ぶらぶらと新宿の街を歩く。

裏新宿にほど近いこの辺は、ホテルや風俗やなんだよくわからない店がいいかげんに混ざり合っていて、とりあえず、昼間は人通りがあまりない。

「・・・ホテル代、半額持ってくださいよ」

「テメェん家で犯ろーぜ、金ねーし」

「家教えたら、際限なくたかりに来られそうだから嫌です」

「んだよ、ケチくせぇ」

銀次を連れて行けば、確実にたかれると踏んでいた蛮は、フィルターすれすれまで吸ったマルボロを、がちんと噛んでから吐き捨てた。

それを踏み消した花月の足が、そのまま止まる。

「あ、ここにしましょう、オーナーと知り合いなんですよ。受付も人使ってますし、身内料金にしてくれます」

昼間っから看板に明かりが点いているのは、景気がいいのかただ単に壊れているのか。

「身内料金でラブホ・・・なんかヤだな」

「四の五の言うなら全額出してください」

「だから出ねぇっつの」

てゆーか、なんにしたってこの時間にホテルは間抜けだ。

やたらとちかちかするネオンを見上げ、蛮はひとつ、ため息を吐いた。

シャワーを浴びて出てきた花月は、バスタオルを頭から被っただけの姿だった。だから下半身も胸も見え放題で、それでも興奮する自分に、蛮は少し驚いた。

花月のしなやかな肢体は、やたらと綺麗で艶っぽい。

「ホントに男かよ、テメエ」

毒づく声に毒がない。まったく、何だっていうんだ。

「男じゃないですか、前から見たらちゃんと」

「男・・・ねえ」

確かにそうなのだが、胸を見ようとすると細い首が目に付くし、下を見ようとすると、解いた髪が、濡れて脇腹や脚に張り付いているのがやたらと気になる。

ああこの男たらしめ。

ためしに、ベッドに乗り上げた花月の、一番男を主張しているものに指を絡めてみると、シャレにならない声が聞こえた。

「んっ・・・あ・・・・」

シャレにはならんが、それはそれでいい。どうせするんだし。

「同じモンにゃ、見えねぇなぁ。使ったことないだろ？」

抱き寄せた体は、蛮と身長はそう変わらないはずだったが、華奢だからか簡単に腕の中に収まった。柔らかだが、張りのある肌が気持ちいい。

「ありますよ・・・でも、使ってもらう方が、好きかも・・・・」

「やっぱカマなんじゃねぇか」

「何とでも・・・・んんっ」

本人が「使ってもらう方が好き」と言うのだから、遠慮なく使う場所に指を突っ込んでみた。

きついけれども柔らかい。案外イイカンジだ。

ついでに、癪だけれどもキレイだとずっと思っていた首に噛み付く。びくびくと震える体が、雄の本能に火をつけた。

「あ・・・ぁ・・・・」

いつも、小憎らしいセリフばかり吐く唇が、紅く濡れて可愛らしい声を洩らす。

はっきり言って素直に抱かれると思っていなかったのだが、どうもこいつは本気で借りを返すつもりらしい。

なら、きっちり楽しませてもらうまでだ。

蛮はそこから指を抜き取ると、湿った髪を掴んで、自分の股間に引き下ろした。

「じゃ、奪還料、払ってもらおうか」

猛りかけた先端を押し付けた花月の頬は、わずかに紅潮していやらしかった。