セカンドクリスマス
怒らせただろうとは思っていた。
山下は、とにかく黙っていられることが嫌なのだと、痛覚の件でわかっていたのだから。
桐山の動きが、自分の予測以上に早かったのだ。
詰めを急がなければならなかったので、最後はまあ、結構派手なことになってしまった。
関係ない彼らを巻き込むつもりは、なかったというのに。
そこまで考えて、何を言っても言い訳にしかならないなとため息をついて。
これは謝るしかないな、と、増やしてしまった雑務を片づけながら思っていると、丁度、山下が特務室のドアを開けてきた。
「早瀬たちと行かなかったのか」
「・・・・・・」
自分の言葉に応えないとなると、相当だな、と、変わらない表情の下で思い。
眼鏡を押し上げ、口を開いたところで。
つかつかと、すぐ側まで寄ってきていた山下が、そのまま屈み込んできた。
言葉を発する前の唇を、キスでふさがれる。
久しぶりのキスだな、と森次は思った。
それが気持ちよかったし。
山下の不満も、わかってはいたので。
細い指にネクタイを外されても、森次はされるがままになっていた。
ジャケットの腕を抜く時も、スラックスから脚を抜く時も、やり易いように協力してやると、それも気に入らなかったらしく、そのたびに涙目で睨まれた。
どうすればいいんだろうな。
困惑するうちに、また、キスが落ちてきて。
晒された肌を行き来していた手が下肢にかかり、そこに、指を差し込まれる。
・・・そんなに、腹を立てているわけでもないのか。
舐めて濡らしたらしいそれは、いつもよりも丁寧に森次の中を開いていった。
「・・・・んっ」
慣らされた体は、それだけでも、感じる。
いつの間にか閉じていた目を開けると、山下の、表情を隠した視線が下肢ばかりを注視しているのが目に入った。
いつもの山下なら、森次の表情を見て様子を窺いながら行為を進めるというのに。
「・・・山下」
「・・・・・」
答えはない。
喘ぎにため息が混じると、それを敏感に察して、く、と中で指が曲がった。
「ふ・・・・・っ」
それもまた、森次の感じるところだ。
思わず膝を跳ねさせると、それをぐいと押し開かれた。
ちゅく、と指が抜かれるのを感じて、ベンチソファの背もたれに背中を滑らせ、腰を引き上げられるのを助ける。
入ってきた山下は、いつどおりに熱くて。
痛みを感じない森次の中は、たちまちに快感でいっぱいになってしまう。
「あ・・・ふ・・・・・っ」
ここが社内であることを思いだし、シャツの袖を噛んで喘ぎを殺す。
いつもならそれを止めようとする山下の手が、腰を掴んでよりいっそう深く含まされた。
「く・・・ん・・・・・ん・・・・ん・・・・」
欲深いと自覚のある体は、少年の肉を食んで悦ぶ。
もっともっとと揺れる腰を、いつもより、丁寧に、犯されて。
何故だかひどく切なくなって、山下の首に手をかけて、背を丸めると、一生懸命な瞳が、やっと、森次を映して。
そうして、望みどおり、唇が触れ合った。
指に触れる髪をかき回し、無理な姿勢で口づけを繰り返しながら。
後はただ、久しぶりの快楽を、存分に味わうだけだった。
満足のいくセックスの後は、気分がいい。
サーバーからカップにコーヒーを移しながら、森次は山下に説明する順序を組み立てた。
彼はいまだに無言でキーボードを叩いてはいるが、それがただのポーズだということくらいは、森次でもわかる。
彼も、自分への不満を言いあぐねているだけなのだと、わかる。
「・・・山下、今回の件だが―――」
「・・・・・・・何故黙ってたんですか？」
案の定、言いさしたところで遮られた。
後は、シミュレートどおり謝ればいい。
予定調和の諍いだったが、泣かせてしまったのは誤算だった。
すまないと思う反面、嬉しいと思うのは、何故だろうか。
「たまにはお前も楽しんでこい」
「・・・いいです」
「何故だ？」
ファクターになるまで学校にもろくに通えなかった山下が、気の置けない友人とのクリスマスパーティーに、魅力を感じない訳がない。
そう思って首を傾げると、ぱたんとパソコンを閉じた山下は、上目遣いの視線をよこした。
「えっと、今日は３日遅れのクリスマスですよね」
「そういうことになるな」
責める響きではないものの、それは実際森次のせいなので、少し気まずい。
コーヒーをすすりながら答えると、山下も、森次の用意したマグカップを両手に包んだ。
「友達とパーティって、そりゃ子供の頃は憧れたりしましたけど、でも」
そこでいったん、言葉を切り。
黒い液体を見つめ、それをひとくち、飲み込んでから。
「やっぱり、クリスマスの夜は恋人と過ごす方が魅力的っス」
「・・・そうか」
森次はそう答えて、また、コーヒーに口をつけた。
山下もそれに倣い、部屋の中を、かすかな空調の音、液体を嚥下する音だけが支配する。
隣に、恋人の体温。
誰よりも、大切な。
ただ、それだけの幸せを、コーヒー１杯ぶんの時間、たのしんで。
「なら、両方叶えればいい」
空になった、しかしまだあたたかいマグカップの温度を感じながら、森次は穏やかな瞳で山下を見下ろした。
「あいつ等なら、夜遅くまで騒いでいるようなこともないだろう」
男ばかりならともかく、一般人の女子や城崎たちも混じっているのなら、適当な時間で切り上げる分別はあるだろう。
その程度には、森次も部下を信用している。
「待っていてやる」
だから、楽しんで来い、と。
そう言うと、身繕いのために立ち上がった森次を、山下はぽうっと見上げてしまう。
「・・・どうした？」
スーツのジャケットに袖を通し、ついさっきまで、快楽に染まっていたとは思えない、いつも通りのクールな特務質室長の顔を取り戻した恋人。
その姿を見上げたまま、えへ、と、まだ涙の跡の残る顔に、満面の笑みを浮かべて山下は立ち上がった。
「僕、凄い幸せ者だなって、思って」
「・・・・そうか」
森次の視線が優しい。
「待ってください、ちょっと顔洗ってくるっス！」
だから山下は、くるりと身を翻して給湯室へ向かった。
せっかく泣きやんだというのに、また、泣いてしまいそうだったからだ。
友達とパーティーをして、それから、恋人と過ごす。
こんな、贅沢なクリスマスを迎えることができるなんて、少し前まで、想像することもできなかった。
ファクターになって良かった。
あの人の、部下になって良かった。
だから、がんばろうと山下は思った。
僕らの仕事は、たぶん、こういう幸せを、たくさん守ることだから。