筧の腕の中ですやすやと眠っている花月を、そのすぐ隣に身を横たえて眺め、雨流はひとつ、ため息をついた。

やっと仕事が終わってベッドに倒れ込んだところを電話でたたき起こされ、甘ったるく潤んだ声で、

「今、十兵衛の部屋に来てるんだ。・・・・俊樹も、来ない？」

と言われれば、何の誘いかはわかるというもの。

今更二人の仲に割って入る気はないが。

・・・ないが、花月の誘いは魅力的過ぎた。

花月お前、俺のこと何だと思ってるんだとか、筧お前も止めろよとか、いろいろ思ってはみるのだが、結局筧の部屋へ行き、それなり以上に楽しんでしまえば、もうそれを言う資格もない。

雨流はもうひとつ、ため息をついた。

「・・・・・せっかく花月が呼んでやったのに、なんだその態度は」

眠る花月を気づかってか、低く唸った筧の声は、低い分ドスが効いている。目を閉じているからわかり辛いが、筧も眠ってはいなかった。

「礼は花月に言う。お前は関係ない」

どう考えても筧の許しがあっての電話だったろうが、時折筧だけに見せる花月の可愛い我侭を、この男が叶えないことなどありえないので、考慮はしない。するもんか。

筧の顔から目をそらし、花月の長い髪を一房手に取って口づける。この一本一本までが、この男のものだと思うと腹立たしい。

そんなことを思っていると、低いままの声が笑いを含み、言った。

「なんだ、拗ねているのか」

そして。

ごつごつとした指が頬に触れ、雨流の唇に、筧の唇が触れて、離れた。

「何をするんだキサマぁ！」

さすがにキレた雨流が身を起こしかけると、先ほど筧の指が触れた頬に、今度はべちんとしなやかな手のひらが叩きつけられた。

「喧嘩はだめだよ、俊樹」

「す、すまない」

俊樹の方へと身を返した花月の、寝起きを感じさせないはっきりとした口調に反射で言葉を返す。すると、花月は満足気に笑って俊樹の胸に額をすり寄せた。そして、そのまま。

「ね・・・寝てるのか・・・・？」

言わずもがな。

胸にかかる穏やかな寝息に一気に脱力して、俊樹は腕の中へと舞い降りた僥倖を抱き寄せ

る。

「・・・何を笑っている、筧」

閉じられた双眼のためか、以前よりも無表情になりがちな男は、しかしはっきりと笑っていた。

「いや、可愛いと思ってな」

ちょっと待て、それは花月のことだよな！？

思ったが、喧嘩はだめだと言われたのだ。（寝言だが）

仕方がないので気持ちを切り替え、無意識に甘える花月を抱いたまま、眼を閉じた。

花月のあたたかな体の向こうで、筧が眠りに落ちるのが気配でわかる。

筧がこうやって、花月を預けるのは自分だけだろう。

そうして花月が、筧以外に身を預けて眠るのも。

それでいい、と雨流は思った。

それで、いい。

時々不安になったり、悲しくなったりもするけれど、それは皆同じだと、今はもう知っているから。

ここが、俺の居場所。

花月のあたたかな体を抱きしめて。

筧の隣で眠る。

ここが、俺の居場所なのだ。

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