利用
コックピットに座るなり、コンソールの上でがつんと足を組む。
ヴァーダントの主はいつも傍若無人だ。
傍若無人で乱暴者で。
そうしてとても。
とても、かわいい。
上げられた足から、革靴を取りながら、ヴァーダントは、「思う」。
ヴァーダントの「外」にいる時の彼は、隙のない様子を作り上げ、いつだって超然としているけれど。
ヴァーダントの「中」にいる時は。
抱きしめる意図で、ナノマシン移植腕を伸ばす。
するすると、気持ちのよい体を堪能する。
これがヴァーダントの。
大事な、主。
「お前の言語能力がもう少しマシなら、あと幾分かはアドバンテージが取れていたんだがな」
玲二の言うことは、時々難しくてよくわからない。
しかし。
玲二が、私に呼びかけた。
それだけで、ヴァーダントの電脳にパルスが走る。
何かを意味するものではないそれは、ジャンクパルスの中では、最高に気持ちの良いもの。
服の下に、細めのケーブルを紛れ込ませる。
それと同時に、彼の外装を覆う、ジャケットと眼鏡を外してしまう。
戦わないのにヴァーダントに会いに来る時は、玲二がヴァーダントと話をしたい時だ。
玲二がそう言ったように、ヴァーダントの言語能力はあまり高くはない。
戦うために作られたヴァーダントに、ヒトの使う言語はあまり必要ではなかったからだ。
戦うために作られた、精緻で頑健な演算機。
彼が使うプログラミング言語を、その因子（ファクター）と分かち合うには、もっと直際的な言語が必要だった。
簡単に言えば、ボディランゲージ。
接触してはじめてわかるもの。
「やはり、過去から来たのか、お前は」
自らネクタイを緩め、その奥へ移植腕を誘い込みながら、玲二が言う。
過去？
ヴァーダントの時間感覚は、休眠時、起動時、そして戦闘時でとてつもなく違う。
しかも、休眠時にはほぼ断裂しているといっていい彼に、時間感覚がどうこうと言っても意味がない。
それだけだ。
玲二はひとつ、ため息をついた。
冷たい移植腕が肌を滑る。
ふる、と筋肉が痙攣すると、「喜々とした」としか人間である玲二には感じ取れない何かが伝わってきた。
時間。
連続しているもの。
この、「今」が。
「何だ、時間の連続性は理解しているのか」
ならば、自分の理解が足りなかったのだろうと諦める。
切り替えの早さが、「彼」との付き合いで重要なのだと知っている。
「はっ・・・・」
ナノマシン浸透液をまとった移植腕が、ぬるりと下肢へと入り込んできた。
こういった行為は、互いに楽しんだが快楽も深いものだ。
それは、この無機質の相棒が相手でも、同じこと。
「ん、っ」
やわやわと押し開かれる快感は、玲二はもとより、ヴァーダントの喜びとも直結している。
敏感な襞を、楽しそうに丁寧に撫で擦られれば、玲二の体は、たちまち快楽の中に溶けていく。
「っ、ヴァー」
喘ぐ声音で呼んでやれば、より太い移植腕に、ぐるりと中をかき混ぜられた。
「あ・・・・ふ・・・・っ」
玲二
玲二
呼ぶ「声」は、昔と幾分も変わらない。
おそらく、ヴァーダントの感覚では、玲二をファクターにしたのは、今、さっきと言ってもいいのだろうと推測された。
玲二は緩く嘆息する。
その息は、すぐに喘ぎに紛れて溶けた。
「は、あ、ぁ・・・あ・・・・」
玲二が気持ちいいと、ヴァーダントも、気持ちがいい。
移植腕に触れる肉壁が、ふるふると震えて、きつくそれを
締め上げた。
もう、だろうか？
前をゆるゆると刺激していた一本に、細やかに指示を通わせる。
後ろを穿つものと合わせ、リズムをつけて責め上げれば、玲二は腰を振るわせて、たちまちのうちにのぼりつめた。
「はっ、あ・・・・・・」
満足の吐息を深くつき、甘い余韻を堪能していると。
過去。
唐突に、ヴァーダントが玲二も快楽に紛れて忘れていた言葉を繰り返した。
長い過去。
玲二がいない過去は、長かった。
「・・・わかっているんだろうが・・・・・・」
いや、これはヴァーダントを責めるべきではないだろう。
自分の理解不足。
それにつきる。
情報を巧みに操る社長と、対等に渡り合うには、「彼」の言葉を正確に理解することが必要なのだから。
だから。
「私は、おまえを利用するぞ」
その声は、睦言のように甘かった。
ああ
私を使ってくれ、玲二。
喜々とした、ヴァーダントの「声」も、甘い。
私は、ヒトに利用されるために作られたのだ。
返答が、より文章として完成度が高いのは、幾度も繰り返された問答だから。
しかし。
私は、玲二により巧く使ってもらえたら、嬉しい。
初めて聞く長いセンテンスに、玲二は一度、口をつぐみ。
「なら、もっと巧く情報を寄越せ」
そう呟くと、喜々として、ヴァーダントは直接、情報を流し込んできた。
流し込まれる情報の羅列は、おそらく、ヴァーダントにとっては順序立っているのだろうが、玲二にとってはひとつひとつの情報の、意味すら狂わせるほどに滅茶苦茶で。
はっきり言って、意味不明だ。
「巧く、と、言っている」
そう答えれば、戸惑うように情報の奔流は止まった。
それでも、最後に掴んだ断片を吟味し、先へと頭を巡らせる。
どちらにしろ、自分は「彼」を武器に戦うしかない。
ならば、彼の言うとおり、もっと巧く、彼を利用してやらなくては。
彼の言うことを、もっと理解してやらなくては。
玲二の中で、ヴァーダントがまた、うごめき始めた。
思考は、甘い吐息に溶けて。
とりあえず、玲二は彼を、気晴らしのために利用する行為に没頭した。