理想の恋人
「お前さ、源氏物語って読んだことあるか？」
情事の後の体を、せっせと拭いてやっている最中に、ぐいと髪（というか先端近いからもうall炭素繊維だが）を引っ張られ、真木は呆れながらも真面目に答えた。
「きちんと読んだことはありませんね。だいたいのあらすじは知っていますが」
拾われてからこっち、葉の面倒やら兵部の面倒やら組織の運営やら、十数年怒濤の日々だったのだ。
兵部のように、のんびり読書をしている暇などない。
しかし兵部は、ぐいぐいと指に絡めた繊維を引いて。
「僕も途中で飽きちゃったから、全部は読んでないんだけどさ。でも最低限の教養くらい、身につけといた方がいいぜ？」
そんな勝手なことを言う。
「俺に読書をさせたいんだったら、その分仕事をしてください」
「えー」
なんだよそれ、と呟いて、兵部は真木の炭素繊維を放し、そのままころりと横になった。
後始末がしやすくて助かる。
「そんなつもりはなかったんだけどなぁ」
「どんなつもりですか」
腹の上の、兵部が自分で放ったものを拭うと、たちまちタオルがどろどろになった。
洗面器に用意した湯も、そろそろ換える頃合いだ。
真木は、兵部の返事を聞かずに、タオルと洗面器を持って換えに立った。
兵部も不満を唱えずに、寝転がったまま真木を待ち。
そうして戻ってきたところで、また、口を開いた。
「源氏物語つったら、決まってんだろ。子供育てて理想の恋人を作る、ってね」
ニヤリ、とわざと品なく笑うのはこの人の癖だが、ベッドでそれをやられると、ひどくそそると言うことを、兵部は自分でわかっていない。
「あんたに育てられた覚えは、あんまりないんですが」
そんな真木の様子も知らぬげに、兵部はだだっ子のような声を上げる。
「なんだよー、拾ってやったじゃん」
「拾われはしましたけどね」
彼に拾ってもらったからこそ、今、自分は生きているのだし、まるでハリネズミのようだった自分にも、この飽きっぽい人にしては、よく付き合ってくれたものだと思う。
それでも・・・どちらかと言えば、既にあの頃から、真木の方が、兵部の面倒を見ていた節がある。
「だいたい、そうするつもりだったらこうはなっていないでしょう」
兵部の理想が、自分のような口うるさい堅物だとは思えない。
なら、どんなものが理想なのかというのも、真木にはよくわからないのだけれど。
「何だよ、失敗しただけかも知れないだろ」
山ほどの失敗を経験し、しかしそれに決して学ぼうとはしないこの人は、ひどく軽くそう言った。
「俺は失敗作ですか」
「まさか」
即座にそう返されて、とたんに心が浮き立ったのは仕方がないだろう。
この人の言葉は、本人の作意が薄いものほど、人の心に届く。
「そうじゃなくってさあ、こう」
言いながらじたじたと暴れた脚を、ぐいと掴んで持ち上げた。
そうして、その間の一番汚してしまった場所を拭う。
中も綺麗にするために指二本揃えてを差し込むと、うんっ、と艶めいた声が上がり、散々に蹂躙したその場所が、また、熱く絡みついてきて。
真木は、こみ上げたものを一瞬の後に飲み込んだ。
もう、慣れた作業だ。
そのまま奥まで差し込んで、中を開くようにしながら、自分の放ったものを丁寧にかき出す。
ゴムを付けさせてくれればこんなに汚すこともないのに、彼はいつも嫌がって、用意してもどこかへ飛ばしてしまうのだ。
奥の奥までは指が届かないので、仕方なしに届く限りは襞の隅々まで触れて綺麗にする。
そうすれば、緩く腰を揺すって更に甘い声を出すのだから、始末に負えない。
「ば、か、あんま擦んな」
「中で出したんだから仕方がないでしょう」
「しかたなくない・・・」
なくない訳がない。
ただでさえ、弱った体に負担をかけているのだ。
後始末くらいはきちんとさせて欲しい。
「っ、はあ」
引き抜かれる感触に小さく喘ぎ、それから濡れた瞳で真木を睨んだ兵部に、宥めるようにキスをする。
いつもならそれを受け止めて、だいたいは機嫌を直してくれるはずのその人は、しかし、きゅう、と真木の舌に吸い付いてきて。
まずいと思った真木は、すぐにそのキスを解いた。
不満げな兵部は、尖らせた口で文句を言いながら、真木の髪の先を、またぐいぐいと引いた。
「だから、そういうつもりはなかったんだってば」
「やめてください」
言いながらも真木は、それが兵部の甘えの仕草だと知っているから、強引にやめさせることはしない。
「拭きづらいですから・・・それとも、風呂入りたいんですか？」
「入りたいけどいい。めんどくさい」
「なら、大人しくしていてください」
軽くあしらわれたのが不満だったのか、それともさっきのキスで、もう決めてしまっていたのか。
「ていうか」
兵部は、猫のような目でニイッと笑って。
「さっきので、もっかいしたくなった」
「少佐・・・」
呆れたような真木の声。
聞き慣れたそれに、安堵しながらも煽られる。
真木が、兵部の望みを叶えないなどありえない。
それを知っているから、後はただ、与えられる愛撫を待てばいい。
「なー、真木」
今日幾度目かの胸へのキスを受けながら、兵部は真木の髪をかき回した。
炭素繊維混じりの、この堅い感触が大好きだ。
「僕のこと好きかい？」
「はい」
即座に返った答えに、笑みが深くなる。
「どこが？」
「そうですね・・・」
真木は、考えながら白い体をベッドへ投げ出し、しどけなく横たわる人を見下ろした。
未来を見据えて皆を率い、そのすべてを守ろうとする力強さも。
この幼い体ですべてを背負い、そのまま消えて行こうとする儚さも。
それから、適当で気まぐれでで、いつも何かやらかすところも。
「すべて、でしょうか」
「・・・ばーか」
そう、可愛らしく言った唇に、真木はまた、キスをして、
そうしてその人の望を叶えるために、その体の奥へ侵入っていく。
「あ、あ、ああ・・・っ」
その気持ちよさに喘ぎながら。
大好きな子供の体をかき抱きながら。
兵部は胸中ひとりごちた。
だから、そういうつもりはなかったんだ。
父親の愛情が欲しくて、必死に超能力者である自分を殺していた頃があった。
自分を認めてくれた人に応えたくて、すべてが言いなりになっていた頃も。
それらを全部放り出し、好きに生きると決めてから拾った子供たちは、しかし、何故だかみんな僕を愛してくれて。
特に、後を任せようと目をかけたこの男は。
そういうつもりじゃなくて、本当に、自分のいなくなった後、未来を任せるために、育てたつもりだったのに。
「中・・・出して・・・」
腰を揺すってそうねだれば、呆れを隠さない声が降ってくる。
「また、始末するのが大変ですよ」
「や、だ・・・」
抜かせるものかとしがみつくと、諦めのため息が、雄の欲の熱さを伴って耳元に落ちた。
「まったく、あなたは」
その声に笑って応え、キスを与えれば望むままに蹂躙される。
こうして、いい加減なところも好き勝手なところも淫らなところも全部見せても。
ずっと変わらず、愛してくれる男。
ずっと欲しかったものを与えてくれた。
僕の、理想の恋人。