また、あした(ちょっと子わんこレイバージョン) レイ 初出 2006/04/01

シンは子わんこです。 シンのお友達のレイはやっぱり子わんこですけど、シンよりちょっとお兄ちゃんです。 アフガンハウンドというわんこで、うっすらと金色がかった白い毛並はふっさりと柔らかく長く、立ち姿もすっきりと。 世界でも1.2位の大型犬で、綺麗なわんこ。 かしこくて従順なレイは、デュランダル議長に飼われていました。 レイは、とても綺麗でかしこくて、素晴らしいわんこでしたけど でもレイの命は、他のコーディネイタードッグより短いのです。 苦いお薬を毎日飲まないと、苦しかったり辛かったりするんです。 レイはとある実験の、経過結果として生まれました。 同じようして生まれたたくさんの実験体。その一匹として生まれました。 毎日毎日、レイは「明日」が怖かったのです。 眠ることが、怖かったのです。 だって眠ってしまったら、もう自分はそのまま目が覚めないかもしれないと もう、「明日」は来ないかもしれないと レイは、そう思っていたんです。 そんなレイに、デュランダル議長は言いました。 私と共に、戦ってくれないかと。 命が、優しい時代を生きられるように。 争いの無い、不安の無い、自分が持って生まれた可能性を信じて生きられる。そんなそんな「未来」のために。 レイには「未来」がどんなものか分かりませんでした。 だってレイは、「明日」だって分からなかったから。 だけど だけど だけど、自分にも、生まれ持った可能性があるのなら… 「君は、力を持って生まれたのだよ、レイ」 この人に、優しく笑いかけてもらって、いい子だねって褒めてもらえるんなら… レイは目を覚ましました。 体も頭も、なんだかボゥっとしています。 視界に入る色は白。 でも端っこに、ちまちま動く黒い頭と薄茶色の毛玉みたいなのが見えます。 …ああ、シンだなって、レイはすぐ思いました。思い出しました。 自分は、シンと、それから元隊長に助けられたんだって。 レイが目を覚ましたので、シンが「よかったよう・・・・っ」って、ぴすぴす嬉し泣きしてしがみついてきます。 麻酔で痛くはなかったけど、ちょっと重いです。 レイは、ちょっと迷惑です。 …迷惑だけれど、…でも… …お父さんとお母さんは、レイに生きて欲しいから置いて行ったんだってシンは言いました。 レイには、明日があるんだから。 レイのちいちゃいお友達は、かなり困ったところもあるけれど、いつだって一生懸命。 泣きながら、傷つきながら、一生懸命走っていたんだなとレイは思いました。 明日へ、走っていたんだなって。 病室のドアが開いて、元隊長が様子を見に来てくれました。レイは、小さく、元隊長に「ありがとうございました」と言いました。 …彼は驚いた顔で、 「無事で良かったよ」 なんて、ね。 それでも、頭を撫でてくれる手は温かくて優しくて。 シンの大好きな人は、こんなに優しい、綺麗な人だったのだと、レイは初めて知ったのでした。 宝石みたいなその人の目を、こんな風にしっかり見たのは、初めてでした。 この人も、そう。 きっとそう。 泣きながら傷つきながら。一生懸命なのだと。レイは。 きっとみんなみんな、一生懸命生きているんだって。レイは。 「明日」へ。 「ジュール隊が、遭難者の引き取りに来るそうだ。レイはもう動かせるんだろう？一緒に行くといい」 元隊長のそんな言葉に、 「アスランさんはーーー？」 シンは彼の足にぎゅうっとしがみついてそう聞いています。 困ったような元隊長の声。 綺麗な人は、似合わない白い制服。 シンは、こんな姿の彼がきっとイヤなんだろうなとレイには分かりました。 そしてまた、シンが駄々をこねてるんだな…と、ぼんやり聞こえる会話からレイは考えます。 そうしてぼんやり、これからの自分のことも考えました。 元隊長が言うには、メンデルの研究データの一部が、地球のエクステンデット研究所にあるらしく、可能性だけだけれど、レイのテロメアのことも、解決できるかもしれないって。 レイたちは『ヴォルテール』に収容されるらしいのですが…。 『ヴォルテール』の艦長は、イザーク・ジュールと言う人です。 レイは実際会ったことはありませんでしたけど、伝説のザフトレッドの一人であり、隊長職でありながら常に一線に身を置く『前線の白鬼』と言う異名を持っていることは知っていました。 『ヴォルテール』に乗せられれば、プラントへ強制送還されます。 だけど、それで生きられるようになったって、デュランダル議長は戦犯として扱われるはずなんです。 自分は、きっと審問会で立たされることでしょう。 何も、言いたくないのです。レイは。 議長はもう、議長じゃなくって、レイのお父さんなんです。 レイを抱きしめてくれて、がんばったわねって褒めてくれたタリア艦長は、もうレイのお母さんなのです。 だから。 だからこの2人を裏切るようなこと、レイはしたくないのです。絶対に。 そんなことの為になら、生きてたってしょうがないんだって思うくらい。 もう、明日なんか、来なくてもいいって。 そう思うくらい。 レイは、今でも、ご主人様が大好きなのです。 『ヴォルテール』の艦長、ジュール隊長に会ったのは、次の麻酔から目が覚めた時でした。 そこは前に起きた時に見た病室ではなくって、きっと『ヴォルテール』の病室なんだろうなとレイは思いました。 ちょっとだけ、顔をしたに向けてみたら、自分の脇にうつぶせに寝ているシンの姿がありました。 なんだか、無邪気な寝顔がおかしくって、レイは少し、笑ってしまいました。 笑って、まだ自分が笑えることがすごく不思議でした。 あんなに辛くて苦しくて、悲しいことがあったのに。 なんだか、とっても、不思議です。 不思議と思える自分も不思議だなって、レイは思うのです。 「…ああ、起きていたか」 その時ドアがなめらかに、音もなくスライドして、白い軍服姿の長身の人が入ってきました。 白くっても、オーブ軍の制服じゃありません。 ザフト軍の隊長が着るパーソナルカラーの制服。ここが『ヴォルテール』なら、それを着るのはただ一人だけです。 イザーク・ジュール隊長です。 レイはちょっと緊張しました。 やっぱり麻酔のせいでしょうか。頭はぼーっとしているようだけど、でもやっぱり緊張してしまいます。 初めて間近で見たジュール隊長は、『前線の白鬼』なんておっかない名前とは全然違います。綺麗な人です。 元隊長も綺麗な人だけど、ジュール隊長は、そういう綺麗じゃなくって…違う綺麗な人なのでした。 なんだか怖いのです。 ジュール隊長は部屋に入ってすぐ、寝ているシンに気がついてため息です。 「ここにいたか」 「あの…」 「アレが、コレが部屋にいないと騒ぐので、もしやと思ったのだがな」 アレ？ コレ？ それ？ 「少し落ち着いて考えれば、ここにいることくらいすぐ分かりそうなものだが…。…ハツカネズミ健在也か」 ハツカネズミ？ ジュール隊長はぐぅぐぅ寝ている子わんこの頭を、軽くポンポンって叩くとほんの少し、笑いました。 笑うと、少し、優しい顔になります。 それからレイの顔をのぞき込むようにして言いました。 「分かるか？」 俺の言うことが、ということでしょうか。レイはコクンって頷きます。 「お前の引き取り、正式な手続きが完了した。この艦は現在、地球に向かっている」 「地…球…」 レイはびっくりです。 そんなこと、考えもしなかったのです。 「地球で収容した負傷者を降ろした後、『エターナル』の護衛艦としてプラントに帰るが、お前はそのまま地球に残る。新しい飼い主のところでしっかり養生しろ」 新しい飼い主。 もう、議長はいないから、レイには新しい飼い主が必要なのです。それは、分かっていることだったけど…でも…。 「新しい…？」 ジュール隊長は頷きました。 「ムゥ・フラガを知っているか」 「…はい…」 それは、レイの細胞の基になった人の息子さんの名前です。 「彼がお前を引き取りたいと、な。…すまんが、お前たちコーディネイタードッグには、自らの意志で飼い主を選ぶ権利は与えられていない」 それも、レイはちゃんと知っています。 もともとコーディネイタードッグは戦争用に開発されたのです。 所属する軍が、彼らの本当の意味でのご主人様なのです。 だから戦争が終わっても、そのまま軍に引き取られてしまうことが多いのです。 でも元々からご主人様がちゃんと登録されている場合は、ちゃんとご主人様の所に帰れます。 そこで寝ているシンは、前のご主人様を戦争で亡くしてしまいました。レイと同じように。 だけどシンは自分の大好きな人を自分のご主人様に望んで、そうしてご主人様になってもらったのです。 …レイは思いました。 もう議長も艦長もいないのです。もう他に、レイがご主人様になってほしいと思う人なんて、きっといません。 それなら、誰がご主人様だっておんなじなんです。 レイは黙って、ジュール隊長に頷きました。 分かりましたって。 それから少し考えて、気になってたことを、どうしても、ジュール隊長に聞きたいって思いました。 「…あの…」 「なんだ」 レイはちょっと俯いて、 「…俺は…審問会に…」 「審問会？」 レイの言葉に驚いた様子の声でジュール隊長が繰り返します。 「…議長は…戦犯、なのでは…」 「戦犯？」 「………」 「ギルバード・デュランダル前議長のことを言っているのであれば、彼は戦犯ではないぞ」 「え？」 「今回の戦争勃発は旧ザラ派の残党による廃棄コロニー・ユニウスセブン落下計画が原因だ。テロリスに対する迎撃命令がプラント国で発令され、その後地球においても奴らのテロ活動が行われた。大西洋連邦はブルー・コスモスと結託。この機にプラントを壊滅せんとしたが、これは既に組織として解体され、重鎮は全員逮捕されている。今後はプラント・地球連邦合同の連邦裁判で各々の罪状を裁かれるだろう。ギルバード・デュランダル前議長は議会を無視して独断で『ディスティニー計画』を実行に移した。これに対し、プラント議会のクラウン派はザフトを用いてこれを阻止。オーブの協力もあったが…これは、内戦だ。こと、大西洋連邦への迎撃とレクイエム発射阻止、同占拠に関して言うのなら、ギルバード・デュランダル前議長は救国の英雄と言える」 一気に、冷静な声で、ジュール隊長は言いました。 レイは、なんだかもう目がパチクリです。 「内戦…英…雄…？」 「プラントは、敗戦国ではない」 「………」 「オーブとの停戦調停でも、そういう方向で話は進むだろう。オーブだとて脛に傷持つ身、なのだしな」 「…ブルー…コスモス………の…」 「との、関連か？」 レイが言いたいことを、ジュール隊長はちゃんと分かっているようです。 「首謀者であったオーブ官僚の死亡は確認されている。プラントでも穏健派議員は総辞職し、デュランダル前議長の行動を制止できなかった責任を償うことになるだろう。主権移譲の受け皿となる暫定政権の人選などを詰めるためにもオーブとの早期停戦協定は必須だ」 「………」 「…政治的終戦の後始末、という訳だな。『エターナル』が押収した証拠、前議会に残されているデータは前議長所有の物も含め、全てこちらにリークした。今更、お前が審問会に立つ必要など無い」 『前線の白鬼』って、こういうことだったのか… なんとなく分かります。 この人はきっと…いろんなことに関わって携わって、そうして全部、整えてしまったんだって。 レイには、分かっちゃったんです。 だってそういう所、なんとなく、ご主人様と似ているから。 なんだか、急に眠くなりました。 でもでも 「…ジュール…隊長」 「なんだ」 最後にひとつ。ひとつ、だけ。 「…ギルは…。…間違って…まし…たか…？」 教えてください。 「いいや」 レイは眠くて閉じそうな目を一生懸命開いて、ジュール隊長を見つめました。 「『ディスティニー計画』を実行し、どのような未来となるのかは誰にも分からん。シミュレートは行われていたようだが、いろいろな要素が欠けた状態でのものだからな。…あるいは、人が望む本当の未来が、実現したかもしれない」 「………」 「だが、それを良しとしない者たちがいて、前議長はそれと戦い、敗れた。敗者は勝者の言い分を受け入れるしかないのだ」 「………」 「それによって己の名が後世どのように伝わるのか…それくらい、覚悟はあっただろう」 安定と穏和を望み、変化を嫌う者は、何故か、本気で夢を追う者に焦がれる 「明日を生きること。それさえも、本当はとても難しいことなのだと俺は思う」 いろんなものを失って喪ってうしなって…… 償い切れぬ罪を犯して 生きている 「未来という遠い明日をどう生きるのか、等というのは、人間には重すぎる課題でしかないのかもしれない」 そこでまた、ジュール隊長はため息をつきました。 「アレもな。本当は自分のことだけで精一杯の大馬鹿野郎の分際で、身の程も弁えず人の世話を焼く」 懲りず、ハツカネズミを繰り返すのだって、ジュール隊長が。 それで、レイには分かりました。アレって…ハツカネズミって…あの綺麗な人のことなんだって。 それで、ジュール隊長は、あの人のことが好きなんだって。 「…こいつも、弁えなかったな」 あの飼い主にしてこの犬ありか。ジュール隊長は、シンを起こさないように抱き上げながらそう言いました。 それからレイの頭を撫でると、シンを抱っこしたまま部屋を出て行きました。 レイは目を閉じました。 シンはこれからも、ご主人様と一緒にいられるんだろうなってレイは確信しています。 シンとあのご主人様なら、ちゃんと明日に行けるでしょう。 一緒に行けることでしょう。 レイは思いました。 がんばってみようかなって思いました。 このまま眠れば、そうして目が覚めれば、明日はレイにもやってきます。 シンが言っていたように、お父さんとお母さんはレイに明日を生きてほしくて、あの手を、離したんだとレイは今、そう思うのです。 まずはちゃんと、怪我を治して、 新しいご主人様にご挨拶して…… それから レイにはいっぱい、やらなければならないことも、やれることもあるんです。 ギル、俺、がんばってみます いつかまた、いい子だねって、褒めてもらえるように。 また、あした。 子わんこの部屋へ戻る