男は背中で語るモンだぜぃ！ 　ゴールデン街の子わんこ 初出 2006/06/20

ＺＡＦＴは軍隊だが割りとお上品だ。 コーディネイターはナチュラルとは違う。 選ばれた者だけが、天空に立って生き、戦うことが出来るのだという意思表示なのか。 表示するつもりはなくても、自然、そのように気を張っているのかもしれない。 ともかくお上品だ。 だがそれは上層部や高官クラスのお話で、常に千変万化し、死地に赴くことも強いられる現場はそういうわけには行かない。 お偉いさん方の都合で、要求された配給物が微妙に違っちゃってる、なんてなことはよくあることで。 そうなると戦線ではこんな声が良く聞かれる様になるのだ。 「上は俺達のことなんか、何も考えちゃいないんだ！」 これはまずい。 上への信頼を無くし、戦線に絶望し、自棄になって上官命令を無視して突っ込む者。売買可能な情報や物資を持って敵に願える者。脱走。 縦の関係が崩れるということは、土台骨が崩れるのと同じことなのだ。 二度の大戦で、この極限状態もはや限界。 が、最高司令官である国防総監が代替わりしてからのＺＡＦＴは変った。 昼間のパパはちょっと違う。 夜のパパはもっと違う！ と言う具合。 何は置いてもまず最前線至上主義の総監の指揮下、参戦経験の無い名前と学歴ばかりの上官はいなくなり、叩き上げの、所謂『現場一本主義』が隊を率いるようになる。 「勝つ為の作戦よりも生き残る為の作戦」をスローガンに盛り上がる活気と闘志と愛国心。 そうしてあらゆる面で改善がなされ、戦いやすく働きやすいをモットーに、新生ＺＡＦＴはできあがった！ その一環として、現場の男達のため、ＺＡＦＴ軍本部内地下に生まれた店がある。 その名も『体臭食堂』。 名に恥じぬ名店である。 まずメニューがにおい立つ！ 大盛り＜てんこ盛り＜マンモス盛り　　以外は、無い。 そして量がにおい立つ！ どのくらい凄いかと言うと、ギョーザ一個が現場の男の拳分くらいあるのだ。 そして何よりにおい立つのが、この名店を一人で切り盛りする『ヨーゼフのおやっさん』。 セントバーナードを原種に持つコーディネイタードッグである彼は、昔は地球に住んでいた。 地球の、アルムという村で、彼は、幸せに暮らしていた。じいさんと女の子と仲良く平和に。ヤギの番なんかしながら。 戦争が起こって、連合の白い悪魔が3人の住む小屋の上を過ぎるまで。 何もかも失って、おやっさんは地球を離れた。 想い出はたっぷりあったが、その分、おやっさんには悲しみもたっぷりあったから。 そうして天の砂時計で、おやっさんはレスキュー隊員になった。 戦時中も、あちこちで懸命に救命任務に就いていた。 そこにはたくさんの男達が、おやっさんと一緒に戦っていた。一つでも多くの命を救おうと。泥だらけになって血に汚れて。 時に、命の危険に晒されながら。 そうしてがんばるおやっさんたちの上を、鋼の戦士達が駆け抜けてゆく。 容赦なくビーム砲を放って、街を、人を、焼いてゆく。 おやっさんはその光景を悲しく見てた。 じっと見てた。 懐かしいアルムの山脈は白く雄大で、おやっさんは大好きだったけど。今目の前にあるのは炎が作る赤い山並み。 それはゴウゴウ音を立てて燃え盛り、渦を巻いて全部全部飲み込んでしまう。 青い空を焦がしてしまう。 たった一つの命を救うのに、何人もの男達が必死になってがんばるんだ。 何時間も何時間もがんばるんだ。 だけどたった一発の砲弾は、何千何万の命を奪うんだ。 やっと救った命も。 その命を救った男達も。 小さい男の子に覆いかぶさるようにして、おやっさんの戦友、パトラッシュは死んだ。 おやっさんは泣いた。 そんなことしてる場合じゃないって分かっているのに、泣けて泣けて仕方が無かった。 泣いてる場合じゃないんだ。 今だって、あっちの瓦礫の下、こっちの火の中、助けを求める人、救いを待つ人がいっぱいいっぱいいるんだ。 泣いてる場合じゃない。 泣いてる場合じゃない。 おやっさんは、親友の死に顔に最後の挨拶をして、救助作業を再開する。 歯を食いしばって汗に濡れ泥にまみれ、炎に焼かれ、傷つきながら。 汗と一緒に涙を拭って、おやっさんはがんばった。 命を救うために。 そこには、敵も味方も無いからだ。 親友が、二階級特進すると上官から聞かされて おやっさんは、泣いた。 大声で泣いた。 くやしくてくやしくて、おやっさんは泣いたんだ。 馬鹿野郎って、泣いたんだ。 救助活動中に負った傷で、おやっさんは現場に出られなくなった。 現場で今もがんばってる仲間の事を考えたら、おやっさん、たまらなかった。 それで、そんながんばる現場の男達のために食堂を始めることにしたんだ。 上に申請したら呆気ないくらいすんなり許可が下りた。 仕入れも何も、全部おやっさんに一任された。 元々、料理が好きで、現場でもよく炊き出ししていたおやっさん。 おやっさんの店は開店当日から繁盛した。 力が出るように。疲れが飛ぶように。そんなメニューをいっぱい揃えた。 食事中でもスクランブルがかかれば男達は飛び出して行く。 おやっさんは大きな声で、行って来いって男達を送り出す。 ここに来る男達は大抵、一線で働いてるので、つまり名に恥じないで客もにおい立つ。 男臭さが。 そんな名店『体臭食堂』。 そこに珍客がやってきたのはつい2週間ほど前だ。 珍客は、二匹。 一匹は、綺麗な高級犬の子わんこで、とてもじゃないけど食堂に出入りするようなタイプには見えない。 高官、それもかなりの地位にいる人間に飼われているのだろう雰囲気。 綺麗な毛並と似合う容姿は、掃き溜めに鶴って感じだ。 どうやらもう一匹とはお友達らしく、そっちに引っ張られての来店らしい。 そのもう一匹。 こちらは小さい小さい柴犬の子わんこだ。 丸っこい体型。いかにも子わんこらしい元気な様子。臆することなくやってきて、さっさと椅子に腰掛ける。 興味津々、周囲を見回し、ふんふん鼻を効かせる。 どうやら調理中のギョーザの匂いに誘われてきたらしい。 注文はラーメン＆ギョーザ定食（大盛り）だったので、おやっさんは最初どうしようかと思った。 とてもじゃないが、子わんこが食べきれる量じゃない。 もう一匹の綺麗な方はそこ等を理解できるくらい賢いらしく、 「ニンニクラーメン。チャーシューヌキ。半人前で」 と静かにオーダー。 考えて、おやっさん、そのまま出した。 柴犬の子わんこはびっくりしたようだったが、果敢に挑戦を始める。 小さいけれど、かなりのチャレンジャーのようだ。 目立つ二匹は男達にしてみたら可愛い珍客。 気さくに声をかける者もいる。答えるのは殆どが、元気な柴犬の方。 「坊や達、どっから来たんだ？」 「上！あのね、今日は本部でお仕事なんだよ」 「そうか。（飼い主が）お仕事なのか」 「おじちゃん、秋田犬？」 「俺か？　俺は、シェパードだ」 ふぅん、と言う子わんこは、殆どの男に「秋田犬？」と問いかけている。 どうやら秋田犬が余程お好きなようだ。 本部の上でお仕事しているんだったら、やっぱり飼い主は高官なのだろう。 柴犬とアフガンハウンドとは珍しい取り合わせだが、どっちも貴重種には違いない。 こんなトコに来て、飼い主は心配しているんじゃないかなとおやっさんは思ったが。 その後も子わんこたちはちょくちょくやって来た。 いや、柴犬の子わんこの方が。 そうしてテイクアウトメニューの肉まんが気に入ったらしく、毎回、一個買って帰る。 一個って言っても、何しろギョーザが拳分の店の肉まん。 子わんこには相当大きい。 そのまま持ったら、子わんこの柔らかい肉球が火傷してしまうから、おやっさんは紙袋に入れて渡してやる。 それで、冷めた頃に食べろよって注意する。 うんって子わんこは頷いて、揚々帰って行く。 おやっさんは、このちいちゃい珍客が気に入った。 いつでも何かに挑戦する気持ちがあるってのは、なかなかの男っぷりじゃないかと思ったんだ。 『体臭食堂』に、また珍客が訪れた。 今度は、コーディネイタードッグじゃなかった。 おやっさんは、顔には出さなかったけど、その人を見てびっくりした。 コーディネイターの中でも銀髪は珍しい。ラフな服装ではあるけれど、おやっさんはその人を何度もテレビで見たことあるんだ。 スラリとした長身で、若いのに威風堂々としていて。 彼は昼の混雑が過ぎておやっさんがちょっと休憩に入った頃に店にやってきた。 「繁盛しているようだな」 そう言って。 ここには彼に出せるような気の利いたお茶もない。おやっさん、どうしようかと迷った。大体、なんで彼みたいな人がここに来たのかさっぱりだ。 そしたら彼はおやっさんに、 「実は、頼みたいことがある」 そして 「ここに、豆柴の子犬が来るだろう」 おやっさんはそれが誰のことかすぐ分かった。 そうか。どうも小さい小さいと思っていたら、あの坊主は豆柴だったのか。 しかしそれを言い出すって事は…あの坊主の飼い主は彼なのだろうか？ 「申し訳ないのだが、あれに餌をやらんでほしい」 ドンピシャ。 上でお仕事も納得できる話だ。しかしかた随分と高い所でお仕事してる人に飼われていたんだなと、おやっさんはちょっと感心してしまう。 「ここの食事が相当気に入ったらしい。確かに、評判はいいようだな。…だが、あれは今、ダイエット中なのだ。あれ以上丸くなられると困ったことになる」 確かにここの料理は戦場の男達の血肉になるようなメニューばかり。 育ち盛りの子わんこだと、お肉になってしまうのだろう。 おやっさんは「承知しました」と男らしくきっぱりしっかり約束した。 「低カロリーの杏仁豆腐でもこさえときましょう」 肉まんも、小さい子わんこサイズを用意しておこう。 彼は、「すまない」とおやっさんに頭を下げた。 これにはおやっさんべっくらだ。雲の上の人に頭を下げられるなんて！ それから彼は小腹が空いた、とラーメンを注文した。 さぞやお上品な食べ方だろうと思いきや、彼は実に豪快に小気味良く麺をすする。 惚れ惚れするくらい、堂の入った食いっぷり！ 「…む…このスープ…。これは・・・ダシは何を使っている？鶏ガラだけではないだろう」 しかもこの食通っぷり！　おやっさんは嬉しくなった！ 「よくわかるな、兄ちゃん。昆布ダシが入ってるのさ」 「なるほど…」 おやっさんは、彼が誰なのか知っている。本当なら、自分なんか口を効く所か傍にだって寄れないような御仁だって。だけどおやっさんはそんなこと気にしない。ここに来て、ここの飯を食ったら、それはもう現場の男だって証拠なのだ。 そうしておやっさんと彼がスープ談義に花を咲かせている所へ、特務部隊の男達が数人入って来た。 「おやっさん、すぐ出来るもん頼む！　これから貫徹なんだ！」 おやっさんは威勢良く返事をして厨房に入った。 「特務のＳ部隊か。Ｌ１のＭＳ残骸撤去作業だな？」 その声に、席に着いていた男達は彼に気が付いた。全員が一瞬、らしくないポカンとした顔をした後、慌てて立ち上がって直立最敬礼。 彼はふふんと尊大に笑って、言った。 「充分、気を引き締めて行け。二階級特進など、俺は認めんぞ」 はい！　と一斉に、男達が応える。 ヨーゼフのおやっさんは嬉しかった。 なんだか久々に、泣けてきた。 『体臭食堂』はＺＡＦＴ本部の地下にある。 そこは前線で戦う現場の男達の店だ。 時々、最前線から白鬼も来る。彼はおやっさんに料理のコツを聞いたりして、おやっさんは真剣に教える。 おやっさんは皆を迎え入れ、威勢良く、送り出す。 そんな食堂にはやっぱり時々、豆柴の子わんこもやって来る。 子わんこはいつの間にかちいちゃくなっちゃった肉まんを買う。ちいちゃくなって、子わんこは最初大きいのを欲しがったけど、食べやすいようにしたんだっておやっさんが言ったら納得したようだ。 レイの、ルニャの、ヨーワンとヴィーニャの分もと、幾つか買っていくようになった。 ヨーゼフのおやっさんは今日も食堂にいる。 そして、待ってる。 みんながお腹を空かせて帰ってくるのを……。 子わんこの部屋へ戻る