男の性（さが） １
「・・・・・」
「・・・・・・・」
男二人が、メイド服を挟んで向かい合っていた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
片方は、鉄色の髪の男だった。
この無限城では特に大男というわけではないが、それでもしっかりとした体と、揺ぎ無い瞳を持った、「もののふ」の気配を持つ男
もう片方は、金髪の男だった。
無限城では、むしろ細身に見えるだろう。しかしその雰囲気は、他を寄せ付けない鋭さを持っている。
その金髪の男が、口を、開いた。
「筧、ひとつ聞くがな」
「聞くな」
「聞くがな、それはどうした」
十兵衛の言葉を聞かず、俊樹は強引にその疑問を口にした。
十兵衛の性格を見越してのことだ。
問われれば、答えずには居られない律義者。
それが、筧十兵衛なので。
「笑師に頼んで、譲ってもらった」
彼はそう、真っ正直に答えたのだった。
しかし、その答えは俊樹の予想の範囲内だ。いや、むしろド真ん中だ。
この男が、自らメイド服を購入するなどありえない。
ありえない、と、思う。
・・・・いや、どうだろうな。
俊樹は目の前の、フリルのやたらとついたメイド服を手に、少し困った様子の男をじと見した。
こいつは、妙なところで常識がないからな。
雨流俊樹。一応、元会社員。意外に常識のある男。
十兵衛と気が合うのは、想い人くらいの話だ。
その二人の、想い人。
風鳥院花月は。
「似合うだろうな」
「ああ、似合うだろう」
間違いなく、このメイド服が似合うはずだ。
普段は結構女王様だから、ギャップが素晴らしいだろうなぁと俊樹は思い。
十兵衛は単純に、裾のレースが、花月の脚を覆うのが見たかった。
「しかし、花月は嫌がっていただろう」
だが、俊樹はそう言って、十兵衛の手にした服の袖を取った。
思ったよりも滑らかな手触り。どうやら随分と良い生地を使っているらしい。
「あれは、嫌がっていたというよりもな」
あの時の、花月の殺気は本物だった。
十兵衛も俊樹も、十分に強い男だが、風鳥院花月はもっと強い。
「殺られるな」
「当たり前だ」
しかし、二人ともそれを離さないのは、本当に本当に、花月がそれを着た姿を見たいと思うからだ。
だから。
「しかし、それで悔いはないかも知れん・・・・」
そんなことを言い出した十兵衛に、俊樹が突っ込まなかったのは、別に呆れたわけではなくて。
思わず頷きそうになった自分を、抑えるのが精いっぱいだったから。
そんな馬鹿な、男二人。
そこから動くことも出来ず、じっと見合っている。
そこに。
「そこにいたのか、二人とも。・・・・・？、どうしたんだい？」
その思い人が現れて。
二人、そのまま固まった。
服を隠す間などない。スピードは、花月の方が上だ。隠そうとする動きだけで、彼は二人を力づくで止めるだろう。
花月は、二人に隠し事をされるのが大嫌いなのだ。
挙動不審な二人に首を傾げ、それから二人の手にしているものに気がついて。
聡い花月は、一瞬にしてすべてを理解してしまった。
（・・・・・・あれ、笑師たちのだ）
もちろんそこまで、一瞬に。
それから、二人の顔を見比べて。
珍しく表情の動いた十兵衛と、わかりやすく動揺した俊樹の様子に、感じたのは。
何やってるんだという呆れと。
自分にこれを着せようというのかという、怒り。
それから。
それから、ふうわりとした、愛おしさ。
バカだなぁ、二人とも。
それから。
そう思ってしまう、僕も。
「それ、どうしたんだい？」
「笑師に頼んで譲ってもらった」
十兵衛の、真っ正直さが、腹立たしいけど、愛おしい。
「それで、どうするの、これ」
「花月、その、頼みがあるんだが・・・・・」
俊樹の、無謀な勇気が、むかつくけれど、愛らしい。
この僕に、メイド服着せようなんて。
二人とも、絃で括って吊るしてやろうかとも思うけど、さ。
「・・・・・いいよ」
十兵衛が、大きく目を見開いた。
しばらく見ることができなかった彼の瞳。大好きだ。
俊樹が、何度か瞳を瞬かせた。
こういう時に彼が見せる、子供っぽい表情が大好きだ。
だから。
「着て欲しいんだろう？それ」
貸して、と、その細い手を差し出すと、二人は急に、わたわたとしだして。
「いや、しかしな。貴様、あんなに嫌がっていただろう」
「いいのか・・・・？」
かえって腰の引けてしまったらしい二人に、花月はにこやかに笑った。
「大丈夫だよ。後で吊るすようなことはしないから」
「いや、そうじゃなくてな」
「花月、貴様俺たちを何だと」
クス
そんな二人を黙らせたのは、花月の、嫣然とした、笑み。
「君たちこそ、僕を何だと思ってるのさ」
何を着てたって、僕が僕であることに、何の変わりもないのに、さ。
そう言われてしまえば、二人に否やなどあるはずもなく。
二人は謹んで、そのメイド服を花月の手に渡したのだった。