お仕置きと、ご褒美
夜中にカタストロフィ号に戻ってきた兵部は、真木の部屋にまだ明かりがついていることを確認すると、すかさずそこへ跳んでいた。
もちろん仕事中だった真木は、突然現れた主に、ひとつ、大きなため息をついた。
「何をやって来たんですか・・・」
「えー、気晴らし？」
小首を傾げた兵部は、学生服を着てはいるが、それはよれよれのぐしゃぐしゃで。
その上、側に立っただけでもわかる、雄の体液の臭いがした。
「それにしては早いですね」
言って、まずは上着を脱がせようとすると、そのままひゅぱっと兵部の部屋まで一緒にテレポートさせられた。
それもいつものことなので、真木はそのまま上着を脱がせ、ベルトをしていなかったズボンも下ろす。
「ガタイ良いの選んだのに、どいつもこいつもフニャチンでさあ」
わざと品のない物言いをして、足の間から精液を垂らして兵部は笑う。
「すぐ飽きちまったから、マッパのまんま交番放り込んで来た」
それはそれは、お巡りさんも迷惑だったろう。
犯罪者の立場ながら、交番勤務の警察官に大いに同情した真木は、そのまま兵部を抱き上げて、バスルームへ向かった。
シャツと下着も剥いでしまい、シャワーでざっと体を洗う。
「ほら」
突き出された腰の奥に指を差し込んで、ぬるぬるとしたそれをかき出す手慣れた作業を続ける真木に、兵部は笑って更に腰を押しつけた。
「なあ、おまえ以外の男に媚びた体に、お仕置きくらいしてくれんだろ？」
つまり、足りなかったから相手をしろと。
ついでに、お仕置きプレイを思いついたから付き合えと。
そこまでがたやすく読めてしまって、真木はまた、盛大にため息をつく。
外で複数人を引っかけて来たということは、酷くされたかったのだろう。
正直、こういう時の兵部は、おざなりに済ますと機嫌を損ねて暴れたりするから始末が悪い。
「・・・ご褒美の間違いでしょう」
「えー」
不満げな声を上げながら、それでも期待に満ちた目で自分を見上げたままの主は、たぶん聞き分けたりはしないだろう。
すぐ飽きたと言うだけあって、体調にも問題はないらしい。
真木は諦めて、掻き出したそれをシャワーで流した。
「どんなお仕置きが、いいですか」
「それ聞いちゃダメじゃん」
ニヤニヤ笑う彼をタオルで包み、水気を取る。
自分の思いつきが通って機嫌が直って来たのか、兵部は真木の首に両手を巻いて、楽しそうに笑った。
「・・・そうだなぁ」
そのまま、ベッドに運ばれ体を拭かれ、ちゅ、ちゅっと甘えるようなキスをしながら、兵部は気まぐれのままに頭を巡らせた。
「立ったまんま、めちゃくちゃにされたい、かな」
震える膝を、男の楔でもって無理矢理に立たされ続けるのを想像しただけで、兵部のものは、固く形を変えてしまう。
しかし。
「へっ？」
真木は、深々とため息をつくと、兵部の体を抱き上げて。
それからふと振り返り、ベッドの側にあるサイドテーブルの引き出しを、炭素繊維の先で開けて漁りだした。
「何、する気だよ？」
ゾクゾクと、背筋を期待が這い上がる。
「あなたがして欲しがることをしても、お仕置きにはならないでしょう？」
「真木のくせに、考えたじゃないか・・・」
思わず声が上擦って、すりりと膝をすり合わせる。
その動きに反応し、真木はそこに手を突っ込んだ。
「何を想像して、こんなに？」
もう、すっかり勃起してしまったものを大きな手のひらで握られて。
急所を支配される感覚に、それをより固くしながら。
「当てて、みろよ」
そう、高慢に返すのは、男の欲を煽る手管だ。
嫣然と笑う兵部のそれを、柔らかく握りながら真木は答えた。
「立ったまま・・・膝が崩れても、入れられたもので無理矢理立たされることでも？」
「・・・ほんっと、おまえって・・・・」
自分のことを、どこまでも理解している右腕に、半分呆れ、半分悦び。
キスをねだった兵部に応えたところで、真木は目的のものを引き出しの中から引きずり出した。
「これの後に、して差し上げますよ」
それは、大きなバイブレーターだった。
形は勃起した男性器を忠実に再現したものだが、大きさが違う。
でかいでかいと兵部に言われる真木のものよりも、さらにふた回りほどの太さがあり、長さに至っては、ラバーに覆われた電源部分も考えれば、確実に入りきるものではない。
兵部も、２、３度しか使ったことがないものだった。
・・・つまり、使ったことはあるので、あれを入れた後どうなるかは、だいたいわかっているから。
「ばか・・・それじゃ、立てない・・・」
あれを入れた後は、腰が砕けて立てないことは、もうわかっている。
しかし、真木はさらりと言った。
「大丈夫です。立たせて差し上げますから」
それは、さっき言ったように立たせてくれる、ということだ。
それも込みでの選択か。
期待に、兵部の腰が揺れる。
しかも。
真木は、兵部を寝室にしつらえられた大きな窓まで連れて行くと、炭素繊維を使ってカラリとそれを開けた。
ぬるい風が舞い込んで、兵部の髪を舞い上げた。
兵部が自室にしているスイートルームの窓の外は、そこそこに広いバルコニーになっている。
真木は、自分の上着を脱いでバルコニーに敷くと、その上に、兵部の肢体を仰向けに転がせた。
ここで、アレを入れるんだ。
南国のあたたかく湿った海風が、火照った体を心地よく撫でていく。
甲板の、どこからも見えない位置だから、今のように完全な外洋、しかもたいていの航路からは外れた場所をを航海しているときには、見られる危険はほぼゼロに近い。
それでも、外でされるっていうのは・・・やっぱ、クルな。
そう胸を高鳴らせる兵部の足首を、真木はくいと掴み上げた。
そうして、転落防止の柵の一本に、真木は兵部の片足を押し当てて。
「え、ちょっ・・・」
真木の予想外の行動に、焦る兵部にかまわずに、そのまま少し考えて、床面から５０センチほどの高さに、炭素単結晶繊維で足首をくくりつけてしまった。
そうして、もう片足も。
しかも、１メートルほど離れた別の柵に。
ちょうど、大きく脚を開くように、だ。
「ああ、入れてから括れば良かったですね」
次からはそうしましょう、と付け加えたのは、たぶん兵部を感じさせるための、真木なりの技術のひとつだ。
そうして、恥ずかしい場所を外洋に晒し、身を震わせる兵部のそこに、ご丁寧にコンドームを被せた玩具を押し当てて。
「言っておきますが・・・声には、気をつけてくださいね」
ここであまり大きな声を出せば、甲板まで聞こえてしまうというのは、兵部だって心得ている。
この船を手に入れてすぐ、『夜中に幽霊の泣き声が聞こえる』と、怪談を作ってしまったのは、もうすでに笑い話だ。
しかし、子供が多くなった今、それはまずい。
本気でまずい。
兵部は、慌てて両手で口を押さえた。
それを待って、真木は手にしたものを、兵部の中に押し込んだ。
「ーーーーーっ！」
今夜、既に幾度も荒らされて、緩みきっていると思っていたそこも、その大きさには敵わなかった。
めりめりと肉を割られ、ずるずると襞を押しつぶされていく感覚に、ほろほろと涙がこぼれてしまう。
あまりの大きさに、息が詰まる。
苦しい。
でも。
きもちいい・・・・
ほとんど反射で暴れた脚が、ギイギイと柵を軋ませた。
跳ねた背中がバルコニーを叩き、吐き出された精が兵部の腹を叩く。
「入れただけで、イってしまったんですね」
そう揶揄されて、押し広げられた肉がいっそう震えた。
たぶん、また軽くイっている。
「ん、ふ・・・ぅ」
手の下から、くぐもった呻きを漏らして悶える兵部の体に、真木は更に『お仕置き』をくれる。
「もっと、気持ちよくして差し上げますよ」
「んゃっ！」
入れられたのは、ただの張り型ではない。バイブレーターだ。
わかってはいても、スイッチを入れられたとたん、それを飲んだ体は背中が浮くほど跳ね上がった。
「んっ、んんっ、んんーーーーっ！」
ぶるぶると震えているのが、体の中のモノなのか、それとも体自体なのか、わからない。
ばたつかせたい足は柵にくくられて、ギイギイと無情な音を立てた。
しかも。
「しばらく、そうしていて下さいね」
「んっ、んっ」
頷いているのか、抗議しているのか。
わからない呻きを上げる兵部の汗の浮いた額に口付けて。
真木は、部屋へと入ってしまう。
このまま、放置かよ・・・っ。
嬉し過ぎて涙が出そうだ。
いや、もうボロボロに出ているのだが。
それはほとんど、下肢を突き上げる快楽から来る涙だった。
真木の炭素結晶繊維は、持ち主がその場を離れたとしても、その形状を維持し続ける。
兵部の体を傷つけないように、直接脚に巻き付けられたのは柔らかなカーボンフェルトだが、その上から炭素繊維を固く結ばれてしまえば、物理的に解くことは困難だ。
もちろん、兵部は真木の炭素繊維も、バルコニーの柵も、どちらも好きに切断する能力があるのだが。
そんな無粋なこと、この場でするはずもない。
今の自分は、不貞を責められているところなのだから、当然だ。
まあ、そういうプレイなのだが。
「は、ふ・・・ぅ・・・・」
片手は口を押さえ込んでいるが、もう片方の手は背中に敷かれた真木の上着の袖を掴んでいることに気がついて、兵部はそれを、口に持っていって噛みついた。
口いっぱいに、慣れた男の匂いがして、こんな状況だというのに安心してしまう。
「ん、ん、ん・・・・んん・・・っ！」
もちろん、そんなことで中の動きを散らし切れる訳ではない。
閉じられない脚の間を海原に晒し、そこに淫らな玩具を咥え込んで。
蠢くそれに感じて果てて。しかし身の内を荒らすものは、止まることはなく、無情な快楽を与え続けられて。
自分の放ったものが、腹の上を垂れ落ちながら、冷えていくさまにさえ、また感じて。
「っ、あ・・・・っ」
もう、声を堪える余裕さえなく、ただただ感じてのたうち回る。
括られた足首が、ギイギイと軋む柵に引かれて。
むき出しの尻がそれに当たると、中のものの角度が変わった。
「いんっ！」
口元の上着を噛んだつもりが、それごと指を咬んでしまった。
しかしもう、その痛みさえも気持ちが良くて。
真木の匂いと、自分の血の味と。
口いっぱいのそれと、下肢いっぱいの快楽に、頭がおかしくなりそうだ。
「くっ、ふぐぅ、んんっ、ん、ふぁ・・・あ」
なのに、口の中のものをいきなり奪い取られ、兵部はだらしなく口を開けながら、いつの間にか戻ってきた男を見上げていた。
自分の放った体液の上で、悶え、のたうつ肢体はどうしようもなくいやらしかった。
「んっ・・・ま、ぎぃ・・・・・」
「はい」
そのいやらしい体をそっと抱き、ひきつる脚を自由にして。
とたん、床を蹴り、柵にぶつかりそうになったそれを押さえ込み、真木はやさしく、やさしく聞いた。
「反省、しましたね？」
「んっ、うんっ」
こんな返事は、今、この場限りのことだ。
むしろ、このプレイが気に入れば、こうされるためにわざわざ男をくわえ込んで来かねない。
それでも。
「では、許して差し上げます」
言われて、ほっとしたのもつかの間。
「やっ、あっ、あああああっ！」
ぶぅぅん、と、下肢のモーター音が大きくなった。
もちろん、押し開かれたそこに与えられる振動も。
その上それを、より深く押し込まれて。
もう無理と思っていたのに、体は勝手に上り詰めた。
「っ、はン・・・・・」
一瞬、気を失っていたらしい。
振動をやめたそれを、ずるりと引き抜かれる感覚に身震いして。
兵部は、ゆるりと頭を巡らせて、自分の体を大事そうに抱えた男の、いとおしそうな視線を見返した。
「つぎ、は」
そうして、できるだけ悪そうに笑う。
「うつ伏せが、いいかも・・・」
腰を突き出したスタイルですれば、きっと、余計に感じるだろう。
しかし、兵部の思う以上に、真木は兵部を知っていた。
「立ったまま、手足を括るのもいいかも知れませんね」
「ーーーっ」
うわそれ、したい。
今すぐにでもしてみたい。
でも、楽しみを取って置くのも悪くはないので。
「うん、次ぎ、な」
「はい」
次がある。
そう思うだけで、期待と幸福感でいっぱいになってしまうのに。
「さて」
そのまま、部屋に兵部を運び込んだ真木は、自分で噛んで傷ついた兵部の指に、癒すように口付けてから。
「あれを我慢したんですから、ご褒美を差し上げます」
そう、やさしく囁いた。
「えっ、あ」
頭がうまく回らない。
ご褒美？もっと、これ以上？？
「立てない状態で、立ったまま後ろから、でしたね」
あ・・・
そんなこと、言ったかも。
ぞくん、と、もう十分と思っていたはずの体に疼きが点る。
それを、窓際の壁に押しつけられる。
からり、と耳に響いたのはたぶん、防音のガラス戸を締める音。
「ひゃあっ！」
だから兵部は好きなだけ、突き上げられた快楽を声に出した。
慣れ親しんだ肉の楔に、快楽に疲れきった襞も、悦んで絡み付き、しゃぶるように蠢きだす。
「ん、ん、ん、あ、あぅん・・・っ」
やっぱり、やっぱり。
真木のものは、気持ちいい。
あのオモチャも悦かったけど、それは、彼にされているという前提あってこそだ。
「い、あ、あンっ」
膝はもとより立ってはいない。
壁に縋ることは許されたが、壁紙に頬を擦り付けて、後ろからの突き上げに堪えることは、兵部の被虐心をいっそう満足させるものだった。
「あ・・・あ・・・あ・・・壊れ、っちまう・・・」
かりかりと壁に爪を立てると、その手を取られて大きな手のひらに包み込まれた。
「壊れたりはしませんよ」
そのまま後ろ手に回されて、自分の尻を掴まされた。
「そんな体じゃ、ないでしょう？」
あんなに大きなものを飲んでいたんですから、と。
そう言われれば、ぞくぞくと背筋を快感が走った。
「んふ・・・・ン」
自分でそこを押し広げれば、真木のものがより深く突き刺さる。
頬や胸を押しつけた壁は、上がり過ぎた体温を吸い、生ぬるくて気持ちいい。
「っあ・・・っ」
激しく動いていた真木のものが、不意にぐうっと深くなって。
そこで、そのまま留まって。
体の奥までを、深く、深く満たされて。
うまく息ができなくなり、兵部は、はくはくと口を開けて無理に空気を吸い込もうとした。
その口に指を差し込み、蹂躙を加えると、ただでさえ狭いそこがきゅう、と締まり、真木の荒い息が兵部の耳朶を熱くくすぐる。
「あなたが望むならお付き合いしますし、あなたの性癖も、理解しているつもりですが」
そうだ。
真木は、いつだって僕の好きなようにしてくれる。
僕が育てた。
僕の、真木。
「俺が、外で他の男の好きにさせて来るあなたを、こうして懲らしめてやりたいと思っていることを」
「ふぁっ」
そうされている最中の襞が、たまらなく熱く震える。
「あなたは、わかっていますか？」
その言葉は。
今夜味わった、どんな行為よりも、気持ち良くて。
「あっ、あっ、あ、ああ・・・っ」
真木の言葉には答えず、ただ快楽に喘ぎ泣く兵部の姿が、しかし真木には何よりの答えに思えた。
わかっていて、そうしているのだと。
そんな自分に惚れた、お前が悪いのだと。
まったくもってその通りなので、真木はただ、その体に自分自身を刻み込んだ。
このひとときだけは、兵部は、真木のものだったから。