何故、こんなことになったのかわからない。

無限城へ行く用があって、ついでに幼馴染の部屋へ寄って。

話し込んでいたら遅くなってしまったので、泊めてもらうことにして。

先にシャワーを使わせてもらって部屋へ戻ると、ベッドに座る十兵衛の背中が何故だかとても嬉しくて。

「十兵衛！」

ちょっと子供っぽいかな、と思いつつも、少しはしゃいでいた花月は、思い切り十兵衛の背中に飛びついた。

そうしたら、長くてたくましい腕で肩をつかまれ、はずみで反転した体を抱きしめられて、花月は驚いた。

「どうしたんだい？じゅう・・・」

自分を包む腕の持ち主を見上げ、その名を紡ごうとしたところで、唇をふさがれた。

十兵衛の、唇で。

「ん、んっ・・・」

逃れようとしても、大きな手のひらで後頭部を押さえ込まれていっそう深く口づけられ、ぬめる舌に唇を割られて花月は背筋を震わせた。

鈴も予備の絃も、シャワーを浴びる前に外してしまった。

力いっぱい肩を叩いても、花月を縛める腕はびくともしない。

それどころか、ベッドへ倒され、のしかかられて、空いた手が体中を弄ってくる。

「んっ・・・んんっ・・・・・」

舌を吸われて思わず浮いた背を、熱い手のひらが大きく撫でる。やがて下へと下りてきたそれに、双丘をきつく揉みしだかれて、その痛みに身をよじった。

しかしその手はそれ以上の無体はせずに、こんどは胸へと這い上がって赤く浮いた場所を重点的に、優しくなでさすり出した。

まるで、体を確かめるかのような動きに、息継ぎをほとんど許されないキスもあいまって、花月は次第にぽうっとしてくる。

ただ、圧倒的な力に押さえ込まれて、十兵衛に、いいようにされて。

それで・・・

「じゅう、べえ・・・」

ほんの少し、離された唇が、息を継ぐと共に、その名を呼んだ。

とたんに。

熱のこもった互いの間に、勢い良く、冷えた空気がなだれ込んだ。

楽になった呼吸と、どこか頼りない体に戸惑う花月が呆然と見上げていると、先ほど身を離したのと同じ、すごい勢いで、十兵衛は風呂場へと駆け込んで行った。

シャワーの音が聞こえる。

十兵衛、シャワー浴びてなかったし。

いやそうじゃなくて。

僕。

十兵衛に、

何されてたの・・・？

のろのろと身を起こしてみると、胸の上までたくし上げられていた、パジャマ代わりに借りた十兵衛のシャツがぱさりと落ちる。

長く口づけられていた唇はじんじんして、自分のものじゃないみたいだ。

なんだって、十兵衛はこんなこと・・・

そんなことを思っていると、またすごい勢いで十兵衛が風呂場から戻ってきた。

戻ってきて、ベッドに座り込んだままの花月の前で、がばりと土下座したのだった。

「すまん！花月！！」

「・・・・・」

いや、そこでそんなふうに謝られても。

「貴様にこんな不埒な真似をしてしまうとは・・・腹掻っ捌いて侘びを・・・」

いやそれはやめて。

「飛針で切腹は無理だよ十兵衛・・・」

花月はがっくりと肩を落とす。

十兵衛はどうやら、風呂場で冷水を浴びてきたらしい。

髪や服の裾からぼとぼとと水が落ちて、コンクリートの床の上、十兵衛を中心に、大きな水溜りができつつあった。

「とりあえず着替えないか？床が水びたしだ」

ベッドの下にまで這って来た水に爪先をつけると、花月はそれを軽く跳ね上げる。

しかし十兵衛は、いっそう強く床に額を押し付け、ごり、という嫌な音がした。

「十兵衛・・・・もういいから、おでこ見せて」

水に何か赤いものが混じってるんだけど。

それでも十兵衛は頭を上げない。

焦れた花月は、床へ下りると、その頭を抱えて強引に上げさせようとして・・・十兵衛の腹筋に負けて、落っことした。

ごん。

「わあ、十兵衛！」

ちょっと意識を失いかけた十兵衛の頭を、やっとのことで抱え上げ、花月はだらだらと血を流す十兵衛の額をぺろりと舐める。

「かっ・・・かづ・・・・」

「じっとしいてよ。砂が入ってる」

無限城内だから、傷自体は心配ないけれど、感染症は少し怖い。

「消毒液はどこだい？十兵衛でも、それくらい持ってるだろう？」

「いや・・・ない。針で、十分だから・・・・花月、頼む、少し、離れて、くれ・・・」

「どうして」

「・・・・・」

ええと。

十兵衛の膝に乗って、頭を抱え込んでいる、自分の姿勢を自覚する。

ああ、ええと。

あの流れからこういうことする僕って、もしかして極悪？

その辺の欲求が、人一倍希薄な花月である。

もしかして極悪が、どのくらい悪なのかも、実はよくわかっていない。

これが美堂蛮あたりなら、『ほんとに男かよテメー』くらいは言ったかも知れないが、なにせ相手は十兵衛である。

「頼む」

そう言って、ひたすら耐える男、筧十兵衛。

・・・・かわいいなぁ。

不意に、花月は思った。

大きな体をびっしょり濡らして、平謝りの幼馴染。

きゅっ、と、歯を食いしばりたくなるような、そんな愛おしさ。

「そうだ、十兵衛、じっとしてて。そうしたら、許してあげるよ」

「あ、ああ・・・・ぐっ」

頭を抱えなおすと、十兵衛が息を詰めるのがわかった。

あー、やっぱりかなりヒドイことなんだ。

血の止まった額にもう一度唇をつけて、砂やゴミの取り残しがないかを確かめる。

そうしながら、逞しい背中に腕をまわす。鍛え上げられた筋肉のつくる凹凸が、手のひらに心地よい。

息をしないままの顎を肩に乗せるようにして、思い切り、抱きしめてみる。

自分を守ってくれる、大きな体。

身長はそんなに違うわけでもないのに、まったく大きさが違う。

「十兵衛、息しないと死んでしまうよ？」

意地悪く言いながら、顎から首の辺りを撫で上げる。

すごいな、こんなトコまで、僕と全然つくりが違うじゃないか。

ふうん。

「ふーっ」

「か・・・っ」

ぜいぜい。

「かづき！」

耳の中に息を吹き込むと、やっと十兵衛が息をした。というか、声を上げた。

「許して欲しいんだろう？十兵衛」

すっかり悪役が気に入った花月は、そう言ってまた十兵衛の呼吸を止めさせる。

そうして、今度は十兵衛の腕に取り付いて、ひととおりかたちを確かめた後、きゅうっと手首を握った。

「うわ、すごく脈が早いね。これで息してないと、苦しくないかい？」

苦しくないわけがない。

十兵衛の顔は、真っ赤になっている。

さすがにかわいそうになって体を離すと、また、ぜいぜいと息を吐く十兵衛。

「か・・・かづき・・・・・・」

「ごめん」

同じ水溜りの中に膝を付いて、花月は十兵衛を見上げた。

伸ばした髪の先も、濡れてしまっているけど、特に気にはならない。

目にはいつもの包帯が巻かれているから、表情が伺い辛い、十兵衛の顔。

「でも、さっき十兵衛がしたかったこと、なんとなくわかったよ」

「花月・・・？」

方法は随分違うけれど、花月も十兵衛に触れてみて。

それで、鈍いけれども賢い花月は、だいたいのことがわかってしまった。

「十兵衛、僕のコト好きなんだろう？」

「・・・・・・・ああ」

「セックスしたいくらい」

「・・・ああ」

「いいよ、しよう」

にこりと笑った花月は、本当に、可愛らしかった。

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