Only me ２
シンの、赤い瞳がキョトンと見上げた。
体は男になりつつあるのに、その目は、まるで会ったばかりの頃のよう。
アスランの惹かれた。
無垢で傲慢な、少年の瞳。
「え、ナニ？」
それが、２、３度瞬いて。
「アンタ、妬いてんの・・・？」
え？
呆然としたアスランの、緑の瞳が見開かれる。
「え、あ…・」
喉から洩れる意味不明な声は、ハツカネズミ回路が回る音だ。
予想外の反応に、シンの方もつられてびっくりしてから。
少年は、顔一杯に喜色を浮かべて、がばりと恋人に飛びついた。
「うっわマジですか！？妬いてくれたんだ！すっげー！」
「は？あ、え？」
そこでやっとアスランは、シンの言っている意味を理解した。
俺、が。
あの女の人に、妬いていた？
ぶわっ、と、凄い勢いで、アスランの頬が紅く染まった。
今やっとわかったのか、と、シンはシンはニヤニヤしながらその頬にキスをする。
「いや、だって、そんな…」
「だってそうでしょう、アンタ、俺と先輩が何かするような関係だと嫌なんでしょ？」
「いや、だから嫌とは…」
まだ何かもごもごと抵抗しようとするアスランに、シンは少し苦労して真面目な声を作り、耳元にキスをしながら問いかけた。
「嫌じゃ、ないんだ？」
俺がさ、他の誰かと。
例えば、こんなことしても。
アンタ、嫌じゃないんだ？
そんな意味を込めて、シンの指が、アスランの首を一周して、その唇をなぞる。
すると、ふるふると震えていたそれが、小さく開いて。
緑の瞳が、近すぎる紅い瞳をちらりと見てから逸らされて。
紅かった頬が、もっと、もっと紅くなって。
それで。
「…嫌、だ」
アスランはやっと、それを認めた。
それを認めてしまうと。
自分が今まで思い悩んでいたアレやコレやソレが、確かに、シンの言うものに、当てはまるような気が…してしまって。
でも。
「でも普通、嫌だろう？その、恋人が、他の人間と、その…」
やっとのことでそれだけ言うと、シンはそれに、素直に頷いた。
「俺だって嫌ですよ。当たり前じゃないですか」
そうして、アスランの唇にキスをして。
まだ固まっている肩を掴み、ベッドに引き倒して。
いつの間にか会得した、大人びた笑みを浮かべて、恋人の顔を見下ろした。
大好きなダイスキな、アスランの綺麗な顔を。
「俺が言ってた『何か』って、前に俺の腹に油性マジックで落書きされたことあったでしょ。あれのことですよ。そういやアンタ、あの時するたんびに大笑いしやがって」
「だって…可笑しかったんだ」
どんなに頑張って鍛えても割れない、と、気にしていた彼の腹に、六つに割れた筋肉の落書き。
あれは本当に可笑しかった。
緩い安堵がアスランの体の力を抜いて、それでもすぐに、緑の瞳が不安そうに揺らめいた。
「でも、その、それくらい…親しいんだろう？」
服を脱がせて、落書きする程度には。
「あん時は二人じゃなかったんだって！剥いたの男の上司だから！ああもう、同じ上司でもアンタ剥かれてくれたのに！」
「そういう問題じゃないだろう」
初めてシた時を思い出したのか、アスランは赤い頬を歪めて、シンの頭を強く小突いた。
その、恥らう表情は、シンのダイスキな、シンしか知らない、シンだけのもの。
確かに。
これ、他の奴が見たら凄く嫌だ。
アスランもきっと、そう思ってくれたんだ。
そう思うと、少年の胸は熱くなった。
胸だけじゃなくて、他にも、いろいろと。
だから、まだ何か意味不明な言葉を呟いている唇を、たっぷりのキスで塞いで。
それから、シンは『言い訳』を開始する。
「あの人、俺のこと弟みたいだって言ってくれてるんですよ。昔…あのブレイクザワールドで、弟が、津波にさらわれたまんま帰って来なかったって。みっつ違いで、俺と同じ年で、あのままでかくなったらこんなかなって」
「それ、は…」
アスランは言葉を失った。
ユニウスセブンの破壊に、最後まで関わったアスランだ。
ほんの少しのタイミング、時間差、メテオブレイカーの設置位置。
はるか上空の、そんな些細な違いから、多くの人の運命は分かたれた。
たとえば、もう少し早く、アスランたちが破砕作業に加わることが出来たなら。
テロリストの言葉に惑わされることなく、手早く作業を終えていたならば。
彼女の弟は、今、生きていたのではないだろうか…
「俺のせいかなって、思った」
同じく、あのユニウスセブンにいたシンも、同じことを思ったのだろう。
「でもそれ言ったら、思い上がんなって言われました。…そんな、何でもいろいろ責任取れるほど、お前はたいしたもんなのかって」
ほろ苦く笑ったシンは、またひとつ、今度は赤みの引いてきた頬にキスをして。
それから、半分わざと、半分本気の、情けない声を、出した。
「なんかこう、テッテー的に下に見られてるカンジなんですよね。確かに俺、仕事まだまだだし、酒弱いしそのくせかっとなるとデカイ口叩いちゃうんだけどさぁ。今日だって、飲みに連れてってくれたと思ったら、上へのあの態度何なんだって説教されてさー！」
自分の胸に突っ伏してしまった、シンの髪の跳ねを見下ろして。
アスランは、小さく、柔らかな笑みを洩らしていた。
それは、安堵と。
それから、可愛い恋人の、可愛いかわいい愚痴への笑み。
「向いてないんじゃないのか、お前、修理屋」
「人がやっと見つけた仕事、全否定しないでください」
がばりと顔を上げたシンは、しかしむっつりした顔をすぐにへらりとだらしなく綻ばせた。
「でも、いいや」
「何が？」と思ったアスランの唇は、それを言う前に、シンによって塞がれた。
「アンタが妬いてくれて、嬉しいから、なんかもう何でもいいや」
「なんだよ、それは…」
アスランの呟きは、再びのキスで封じられる。
そうしてまた開かれたとき、吐き出されるのはもう、甘い吐息。
「んっ…シ、ン…・・」
「シましょうよ、いいでしょ？仲直り」
こく、と頷くと、嬉しそうな笑いが耳元に落ちた。
するり、と、胸に乗ってきた手のひらと共に、降りてきたシンの言葉。
「アスランさん、ダイスキ」
それは、アスランを、幸せにする言葉。
アスランの。
アスランだけの。
シンの、言葉。
アスランは、跳ねて、湿って、埃っぽくて。少しアルコールと香料の匂いのするシンの髪を引き寄せて。
そうして、その耳元で。
「シン…スキ、だ」
囁いたとたん、がばりと上げられたシンの顔。
そこに浮かべられたいっぱいの笑みと。
「アンタ…ホントに大好き！」
シンの言葉が、アスランをもっと、もっと、幸せにしてくれた。