贈り物
「誕生日、おめでとうございます」
自分の上にのし掛かっていた男に、不意にそう言われ。
兵部は快楽の涙に濡れた瞳を瞬かせた。
それから、部屋の隅にある時計にちらりと目を向け、しかし視界の大半を占める男の体に阻まれ、諦めて。
しかしその言葉を疑わずに、熱のこもったため息を、深く、深く吐き出した。
「・・・突っ込まれながら誕生日迎えたのって、たぶん初めてだ・・・・・」
長く生きてるといろいろあるな、と、そうぼやいた唇にキスをして。
吸い付いてくる小さな舌を柔らかく噛んでやりながら、真木はまた、兵部を満足させるために動きだす。
「ん、ん、んっ、んふ・・・っ」
熟れた肉を、単調に擦り上げられてイくのが大好きな人に、望み通りの快楽を与えてやるのは、いつも通りの、真木の大事な役目だ。
それでも今日は、特に心を込めて。
自分の生まれるはるか前、この、愛しい人が生まれてきてくれたことに感謝をしながら。
「ふっ、あっ、真木、も・・・っ」
熱い中がうごめいて、しなやかな脚が腰に絡みつく。
思わず深い息をつくと、快楽にとろけた闇色の瞳が、それでも無理矢理、ニイ、と笑った。
「・・・はやく」
「はい」
好き勝手する脚を掴み上げ、深く穿ってはすぐに引く。
それを幾度か繰り返せば、限界の近かった体は、すぐに絶頂を迎えた。
「あっ、ああ・・・・っ」
それと同時に、真木もその淫らな体に、滾ったものを注ぎ込む。
「・・・っ、はあ」
余韻にびくびくと痙攣する中に搾り取られ、深く息をつく男に、しかし兵部は、すぐに甘い声でねだった。
「もっと」
「はい」
それは、十分に想定の内で。
真木は、銀色の髪を緩く掻き、額の傷跡の側にキスをすると、彼の望みを叶えるために、その中でゆるゆると動きだす。
蠢く中に、すぐにそれは力を取り戻し。
白い体をのたうたせて、兵部は快楽をむさぼった。
それは、いつも以上に気持ちよくて。
それだけでも、誕生日っていいなぁ、と。
立て続けにイきながら、兵部は思った。
「で？『プレゼントは俺ｖ』とか、お前の柄じゃないよな？」
後始末をしたばかりの体をころころとベッドに転がして、プレゼントー！と、年甲斐もなくねだる人に、真木は口を開けたペットボトルを差し出した。
「夜のパーティーまでお預けですよ」
「ちぇー、また読みもしない本じゃないだろうな」
ころりと起きあがって水のボトルを受け取り、こくこくと飲む仕草は小動物のようだ。
それに目を細めながら、真木は自分のシャツを拾う。
「読まなかったんですか」
「うん。でも枕には丁度いいんだあれ」
どうりで、たまに床やソファに落ちているはずだ。
活字好きではあっても、方法論に興味のないこの人が、あれを読むか読まないかは半々くらいだと思っていた。
だからまあ、読まなくても、役立ててくれているならまだいい方だろう。
そんな真木の諦めも知らぬげに、兵部は何かを思い立ったように目を輝かせた。
「でもさ、誰より早くおめでとうって言ってくれたんだから、プレゼントだって先でいいだろ？ってことで」
いたずらっ子の顔で笑うと、この人は、本当にただの十代の少年にしか見えない。
「『プレゼントは俺ｖ』で決定な」
はっずかしー、似合わねー、と、勝手に決めて笑うその人は、しかしひどく満足げだった。
何かを欲しがったと思ったら、その欲さえすぐに放り出す。
そうして、いつもその手の中に、何かを残すことがない。
そんな人へ贈るプレゼントに、毎年皆、頭を悩ませるのだけれど。
「仕方ありませんね」
真木はその人の裸の肩に、ベッドの隅でぐしゃぐしゃになっていたタオルケットを掛けた。
エアコンをかけているとはいえ、このままでは風邪をひく。
「ちょっと待っていてください」
そうして一言、言い置くと、兵部の部屋から出て行ってしまった。
行為の後に一人にすると、兵部の機嫌は急降下する。
すぐ隣の自分の部屋から、目的の物を持ってくるわずかの間にも、蓋をしないペットボトルを投げつける程度には、腹を立てていたのだが。
しかし、真木がミニキッチンで湯を沸かし、良い香りが漂い始めると、たちまちその機嫌も直ってしまった。
「いい匂いだ」
それが、自分のねだった『プレゼント』だと気が付いたのなら、なおさらだった。
「あなたの好みそうなブレンドが手に入ったので」
紅葉が数年前にプレゼントしたティーカップに、きっちりと時間を計って煎れた紅茶を注ぎ、温めたミルクを合わせる。
それをソーサーごと兵部に渡すと、彼は「ありがとう」と
笑って受け取った。
兵部の仕込みのせいか、それとも元々なのか、真木の味覚は確かだ。
彼の煎れた紅茶は、強めのコクと、ほんのり甘めでスパイシーな香りが、ミルクによく合っていた。
「うん、おいしい」
作意なく相好を崩した兵部に、真木は言いようのない満足を覚えた。
サイコメトラーが味わうのは、実際の味や香りだけではない。
それを知っているから、真木は、紅茶の一杯にも手を抜かない。
ましてや、これは誕生日プレゼントなのだ。
最高の、感謝と敬意と祝福と。
それから、ありったけの愛情を込められたそれがおいしくないと言われたら、真木にはもう、彼に贈れるものがない。
かたちに残る物を、すべて放り出してしまうこの人に贈れるものは、結局、かたちに残らない気持ちだけ。
ここで、一緒に過ごしたこと。
おいしい紅茶を贈られたこと。
そんな、ささやかな記憶だけなのだから。
「真木は、僕のことよくわかってるなぁ」
カップのすぐ側でつぶやかれた言葉に、兵部がそのすべてを承知しているとわかる。
それでも。
「あんたのことですからね」
そう答えると、兵部は嬉しそうに笑った。
またひとつ。
彼に贈り物ができたことを、真木は、誇りに思った。