熱
ごうん、ごうん、と、くぐもった音が、どこからともなく響く通路を、真木はいつものように兵部の後をついて歩いていた。
カタストロフィ号を失って、拠点代わりになった潜水艦は、当然あの豪華客船ほど広くはなく、艦長用の個室でも、大人が二人も入ればいっぱいになってしまう。
だから真木は、収納式のベッドをセッティングして、兵部が大人しくその上に座ったところで部屋を出ようとしたのだが。
「真木、腕を見せろ」
ぐい、と怪我をしたのとは逆の腕を掴んで引かれ、慌ててそれを引き戻そうとして失敗した。
肘に食い込んだ指は、強すぎて外れない。
「たいしたことはありません」
そうたしなめて見るも、兵部の指は外れずに。
「見せろ」
そう、闇色の瞳に睨まれて、固まった。
「僕の言うことが聞けないのか？」
いつもは過剰に感情豊かな声は硬く強ばり、それは、腕を掴む指の強さとともに真木の胸を痛くした。
「・・・本当に、たいしたことはないんですよ」
あなたの方がよほど酷い、と返しても、兵部の指は緩まない。
ただ、何も言わずに睨まれるのは、堪えた。
仕方がないので体を返し、室内に入るとやっと力が緩む。
そういえば、能力を使わなかったな、と、彼の不調を感じながら、真木は後ろ手にドアを閉じた。
兵部のベッドに押し倒されて、服を剥がれるのは別段珍しいことではない。
しかし、そういうときの兵部は、いつも楽しげに笑っているものだ。
こんなふうに、表情もなくこうされるのは初めてで、真木はもう意味もなく、「大丈夫です」を連呼する羽目になった。
「そんなの見ないとわかんないだろ。・・・っ、全然大丈夫じゃない」
現れた二の腕にはまだ包帯が巻かれており、乱暴にそれを外すと、ガーゼの下から二つの弾丸の跡が露わになった。
治りきらないそれは、まだ、透明な体液を滲ませている。
弾傷の痛みを、兵部はよく知っていた。
色を失ったかたち良い唇が、その醜い傷に触れるのは、冒涜めいた光景だった。
「やめてください、少佐」
銀色の小さな頭を引き剥がそうとするも、兵部は聞かず、うっとうしそうに白い指で、真木の手を振り払う。
しかし、得意の念動力さえ使うのを控えている状態で、自分のために力を使わせるわけにはいかない。
「少佐」
懇願を込めて自分の上に乗り上げた人を見上げたが、しかし彼は、自分のしようと思ったことを、他人にどうこう言われてやめる人間ではない。
傷の上に唇が触れ、そこがかっと熱くなる。細胞の増殖速度が上がっているのだ。
弾丸の抜けた側にはつめたい指先が触れ、その冷たさを痛いと感じるほどの熱が、そちら側も覆っていた。
その熱が、腕の芯まで来る頃には、腕全体がむず痒いようになり。
やがて、その熱の引く頃には、痛みはすっかりなくなっていた。
「いっぺんにやると、かえってよくないからな。今日はこのくらいにしといてやるよ」
ぺろり、とまだ少し盛り上がった傷跡を、少し乾いた舌が舐める。
「明日、また来いよ」
そう言った兵部の表情は先ほどよりも穏やかで、しかし、顔色は確実に悪くなっていた。
その頬に、治してもらったばかりの腕を伸ばし、手ひらを当てれば、驚くほどに冷たくて。
頬を覆った大きな手のひらの、その上から冷たい手を当てて、兵部はうっとりと目を閉じた。
「あったけー」
その冷たい頬を親指を使って愛撫しながら、真木は苦いものを飲み下したような顔をした。
「・・・・ありがとうございます。しかし」
「治してもらって文句言うな」
何を言う前にそう返され、言葉を失う。
あんたが勝手にやったことだ、と、そう言うことは簡単だが、真木はそれを言いたくはなかった。
「しかし、あなたの方が具合が悪そうだ」
そう言い直すと、兵部はふわりと瞳を開いた。
表情を取り戻したそれは、いつも真木の上に乗り上げている時のそれで。
「じゃあお前、あっためろよ」
そう、小悪魔の顔をして言うのだからたまらない。
「だから、具合悪いでしょう」
慌てて手を引こうとするも、その手はまた、がっちりと捕まえられて、離れない。
「冷えてるからだよ。あっためろ」
そう言って。
乗り上げた体の位置を変え、真木の股間に跨り治すと、ニヤリと色のない瞳が嗤った。
「なんだ、もう硬いじゃないか」
ぐり、と、尻をそこにすり付けて、行為をなぞるようにゆるゆると揺する。
「・・・やめてください」
「嫌だね」
ボロボロの学ランをばっさり脱いで、兵部は先ほどの無表情が嘘のように楽しそうに言った。
「自分にも生体コントロール使ってるから、滾っちまってしょうがないんだよ」
真木はそんなことよりも、シャツに付いた血が気になって仕方がない。
「なのに、なんでこんなに冷たいんですか」
傷を確かめようとシャツをめくれば、してやったりと兵部が笑った。
「いったんやめたら一気に下がった。気持ち悪いから熱くしろ」
違う、そういうつもりじゃない、と、言えないままにキスで口を塞がれて。
しばらく葛藤していた真木は、それでもすぐに諦めて、口の中を舐め回す、小さな舌に応えはじめた。
彼は、自分のしようと思ったことを、他人にどうこう言われて。
それで、やめる人間ではないのだ。
傷だらけの体を慎重に狭いベッドへ横たえれば、早く、と言うように、白い手が伸びて真木の服を剥いでいく。
兵部の好きにさせながら、真木も、その白い体を暴いていった。
シャツにべったりと血が付いていた割に、新しい傷は少なかったが、大きな傷は、かえって生体コントロールで無理矢理に塞いでしまった可能性が高い。
確かめるように肌に指を這わせれば、兵部はくすぐったがって身をよじった。
「ふ、は・・・っ」
肌に血の色の残るところはより丁寧に。
乾いた血が邪魔で舌を使って舐め取れば、髪を掴まれて脚の間へ引っ張り込まれた。
「そこより、こっち」
そこは確かに兆し始めていて、とりあえずイかせて宥めてしまおうとその先にキスをすると、それをふるりと震わせて、兵部はふるふると首を振った。
「ぅん、ちが、こっちだって」
そうして大きく脚を開き、真木にそこを見せつける。
慎ましく閉じたそこの醸す快楽を、よく知っている真木はしかし、まだ下着とズボンを引っかけたままだった脚を捕まえて、その検分に入った。
「先に、傷を見せてください」
「だから、ないって」
言ったそばから、浅かったため放置されたと思しき擦過傷を、膝に見つけてぺろりと舐める。
ひくん、と跳ねた足先から、邪魔な衣類を取り去って、踝までをするりと撫でれば、敷き込んだ体の息が上がるのがわかった。
「ほんとに、怪我とかは・・・」
「背中を、かばってますね」
いつもベッドで乱れるさまと、何が違うのか気が付いて、真木はのたうつ体をひっくり返した。
背を覆うシャツを腕から引き抜けば、背中には、見慣れた銃痕のほかに、一筋大きく切り裂かれた跡が刻まれていて。
思わずそこに唇をつければ、冷たい肌がふるりと震えた。
「治ってる・・・って」
確かにそれは、既に傷跡と言っていいものだったけれど。
これが付いたと思しき事件から経った時間を思えば、随分生体コントロールに頼ったことになる。
「ちょっとだけバベルにいたんだよ。ヤブ医者がやりやがったんだ」
真木の思考を読んだのか、読まずともだいたいわかるのか、兵部が言い訳じみた言葉を吐いた。
「それより・・・しろって、早く」
体をよじってキスをねだる。
傷跡が歪むのに耐えきれず、思わす手を離した真木の下で体を返し。
その首に腕を投げて、兵部から合わせられた唇は、まだ冷たくて。
傷以上に、体調自体が悪いのだと容易に想像がついたけれど。
「・・・治っているのに、何故庇うんですか」
「クセがついちまったんだ。ほっとけ」
一糸まとわない姿になったその体は、本来心配なはずの傷跡さえも、真木をひどく欲情させた。
「それより、早く」
その、痛々しいほどの誘惑に、真木は一度顔を歪めて。
それを、仕方なさそうに眺めるその人に、恭しくキスをした。
うっとりとそれを受け止めながら、つめたい体を絡みつけてくるその人が、愛おしくていとおしくて仕方がなくて。
保とうとした自制を振り切って、白い体のあちこちに口づける。
「ぅん、ばか、じれってえ・・・」
甘い声でなじりながら、自ら脚を抱え上げ、また、そこを晒してくる姿を、ひどく哀れだと思ってしまうのだが。真木はそれを押し隠し、宙に揺れる脚を取って、いっそう大きく割り広げた。
確かにそこは、ひくひくと期待を露わにしていて、誘われるままに舌で触れると、ぬるり、とそれを飲み込んだ。
「こ、ら、舐めんなって」
緩く腰を揺すりながら、そんなことを言われても説得力がない。
真木は、べちゃべちゃと音を立てながら、そこを舌で押し開いていく。
きつい肉の輪は、それが慣れた男だとわかれば、すぐに緩んで口を開く。
「ぅん・・・なあ、もう・・・・ン」
兵部の声も甘く蕩け、頃合いかと白い体をそっと返せば、ばたばたと思わぬ抵抗を受けた。
「今日は前がいい」
兵部はべつに、後ろからが嫌いな訳ではない。
なのに、何故かこういう時に限ってそういうわがままを言いだす。
「背中、庇っているでしょう」
「だから、もうなんともないって」
目の前で揺れる傷跡は、とてもそうだとは思えない。
「それに、こっちの方が楽なはずです」
もともと体調が悪いところに、体を無理に折り曲げるような体位は良くないだろう。
しかし。
「やだ」
ぐい、と真木の腕を掴んで支点にし、兵部は無理矢理、体を返した。
黒々とした瞳と、視線が合う。
「今日は、こっちだ」
彼は、自分のしようと思ったことを、他人にどうこう言われてやめる人間ではない。
真木は諦めて、胸を蹴ってきた脚を取った。
そうして両足を大きく開かせれば、まだ青白い顔がニヤリと笑う。
しかしそれも、緩めたそこへ真木のものを押し付ければ、もう雄を受け入れる雌の顔で、耐えるように目を細め。
入り切ってしまえば、閉じた瞼を切なそうに震わせた。
「大丈夫・・・ですか？」
無駄とわかっていても聞かずにはいられないのは、それが、自制の手段でもあるからだ。
焦れていたというのは本当だろう。兵部のそこは、ひどく淫らに蠢いて、真木のものを包み込んでいる。
この中を、好き放題に犯したいと。
そうして、この人を自らの手で快楽に喘がせたいと。
その欲望を押し留めるのは、容易なことではない。
しかし、だ。
「・・・ばーか」
兵部はそう、笑って真木の首にしなやかな腕を巻き付けた。
それは、まだあえかではあったけれど。欲情の熱を点し始めていて。
引き寄せられるままに抱きしめた体もまた、先ほどにはなかった柔らかな熱を持っていた。
「ええ、馬鹿ですよ」
真木はひとつ深呼吸してから、兵部を気持ちよくさせるために、ゆっくりと腰を動かしだした。
「ふ、あ・・・」
気持ちよさそうにそれを受け止めていた兵部を、真木はゆっくりと、ゆっくりと追いつめて泣かせていく。
「やっ、はっ、ああ・・・っ」
体の下で、もうすっかり熱くなった体が、過ぎた快楽に淫らにのたうつ。
その、逃れようとしているのか、それとももっととねだっているのか、もう本人にも判然としていないさまに限界を感じて、真木は互いに極めるために、動きを激しくして。
「や、あっ！ぐ・・・っ」
高く声を上げた兵部は、真木の左腕、丁度、今さっき治した傷のあたりの噛みついた。
それは、たまたま目の前にあったための無意識の行動だったのだろうけれど。
まるで、この体に傷を付けるのは自分だけだと主張されているようで。
真木は、その可愛い人を、一番気持ちよくイかせてやるために、その体いっぱいに、自分のものを突き入れた。
腹の中を、真木のもので満たされて、兵部も悲鳴を傷跡の上にこぼしながらびくびくと達する。
その体は、もう冷たくはなくて。
その愛おしい熱が、何よりも真木を悦ばせた。