夏
夏に休みを取ってオーブに行くのは、もうジュール家では定番です。
でも、今年渡された定期便のチケットを見て、アスランさんはへこりと首を傾げました。
「カオシュン？」
「ああ、東アジア共和国で一泊して、それからオーブだ」
さらりと言った旦那様に、奥様は眉をつり上げます。
「何だよ、フラガさんたち、お前の誕生祝いしてくれるって言ってたんだぞ。ギリギリ休みが間に合ったなって喜んでたのに」
お休み８月８日からです。１泊したら、お誕生日におめでとうを言ってもらうのは間に合いません。
「直行便取れなかったのか？間抜けだなぁ。当日の乗り継ぎ便、なかったのか？」
「うるさいわ！」
いつものケンカに突入しかけ、それでもちょうど、パスタが茹で上がった時間だよ、とキッチンタイマーが鳴ったので。
「行けばわかる！」
イザークはそう怒鳴ると、大鍋を掴んで笊にあけました。
アスランは、オーブの友人たちに、１日遅れる連絡をしに、受話器を取って、電話をかけました。
カオシュンから飛行機に乗り換えて、それからイザークの運転するエアカーでちょっと。
行き着いたその公園には、鈍ニブのアスランさんにも読める、ある種の特殊な空気がありました。
２月の、プラントの墓地と同じだ。
そう思ったアスランさんは、ハトを追いかけるシンを抱き上げました。
「あんまり騒いだらダメだぞ」
「でも、ハトがいるよ！」
「後で餌を買ってやるから」
「うん！」
アスランさんは、きょときょととあたりを見回します。
すぐに、ハトの餌を売るワゴンを発見しました。
その向こうには、大きな石のモニュメント。
ここも、戦争被害に遭ったのでしょう。
壊れた石碑をさらにいくつか積み上げたようなような、大きな大きなモニュメント。
でも、その周りには、綺麗な飾りがいっぱいです。
ああ、あれ、折り鶴だ。
キラに教えてもらったっけ。
その鶴の前で、粛々と。
幾人もの人が、手を合わせています。
この辺は仏教だっけかなぁ。
とっても目のいいアスランは、そこまでざっくり見て取って。
それから、旦那様に聞きました。
「ここ、何だ？」
「わからんのか」
何だよその言いぐさ。
むうっとしたアスランさん、空港の看板を思い出して言いました。
「サンヨーだろ？」
「・・・東アジア統一時に、えらく地名が変わったからな・・・・」
旦那様、おおきなため息、ひとつついて。
「ここは、【ヒロシマ】だ」
・・・ええっと。
アスランさん、脳内検索です。
どっかで聞いた単語です。
ええっと、ええっと。
確か、アカデミーの歴史の授業で・・・・
「世界で初めて、核を撃たれた場所だ」
旦那様の言葉の前に、正解にたどり着いたアスランさん。
思わず、上を見上げます。
夏の空が、青々です。
上空、約６００メートル。
なかなか思い出せなかったくせに、そんな数字は、すぐに出て来ました。
「今日なのか？」
「いや、一昨日だ。・・・十年中断していた式典が再開したと、新聞で読んだもので、なんとなくな」
「・・・そうか」
旦那様、昨日までお仕事でしたからね。
「ナガサキってどっちだ？」
「西の方だな。行くと明日の便には間に合わんぞ」
「そうか」
アスランさんは、また、きょときょとと、辺りを見回します。
オーブより緯度が高いのに、夏の日差しは高々です。
緑の木立の向こうから、真っ白い雲がむくむくです。
公園の石畳は、あちこち歪んで禿げています。これは、最近の戦争のせいでしょう。
向こうにも廃墟っぽいのが見えるし。ユニウスの破片と爆撃、どっちだろう。
それでも木々が、ぬるい風に揺れて。
廃墟の向こうで、クレーンが建材をつり上げて。
シンくらいの子が、ハトに餌を買っていて。
わあっと、鳥が集まって。
「地球って、凄いな」
子わんこ抱いたアスランさん、ぽつりぽつりとつぶやきました。
「ユニウスセブンは、あんななのに、な」
子わんこのアンヨがちたちたします。
旦那様は、モニュメントへ足を向けます。
「・・・そうだな」
「うん」
郷に入らずんば、郷に従え。
ここの流儀に従って、シンもちゃんと、肉球を合わせて。
「きれいだね！」
ちいちゃなちいちゃな子わんこには、随分高いところから下げられているように見える折り鶴の滝を見上げました。
「そうだ、シン」
アスランさんは、ひょいとシンを抱き上げて。
「これの作り方、教えてやろうか」
「うん！」
綺麗だなって思ってたシンは、にっこりこっくり頷いて。
「ハトさんだね！」
「うーん。ちょっと違うんだ」
「ハトさん、ごはん！」
「わかったよ」
そのまま、ふたりでゆっくりと。
餌売りのワゴンへ向かいます。
「アスラン」
「いいだろ、餌くらい」
後ろからかかった旦那様の声に、てっきり怒られると思ったアスランさん、振り向かないで、むっつり言うと。
「俺にも教えろ」
そのあと、小さく言われたセリフに、思わずシンごと振り返って。
プラント生まれのくせをして、高い高い、夏の日差しがやたらと似合う、夏生まれの旦那様を、じっと見て。
「・・・折り紙買ってくれ」
思わず、奥様おねだりです。
「わかった」
重々しく頷いたイザークに、うんうんうんって頷いて。
それからシンは、ハトの餌を買いました。
同じワゴンで売っていた、キレイなきれいな折り紙を、旦那様は、買いました。
夏の日差しは高々です。
真っ白い雲がむくむくです。
「平和、か」
ハトと戯れる二人を眺め、呟いた旦那様の言葉が、夏の風に吹き上げられて高く、高く舞い上がりました。