なにか
兵部はどうやら、ムカついているときにしたくなる、というタチらしかった。
だから、皆本が兵部に押し掛けられるときには、たいていぷりぷりと怒っている。
あんまりそれ、いい傾向じゃあないんだろうな、と。
エスパー研究のため、心理学も多少かじった皆本は思うのだが、８０を過ぎたジジイの性癖を、今更どうにかできる訳もなく。
そうして、高超度エスパーの来襲を、周りの被害（例えば、寝ている子供たちを起こすとか）なしには撃退できない自分を知っている皆本は、わりと大人しくベッドにひっくり返された。
本当に怒り狂っているときには、原因に向かって一直線にカチ込んでいる彼だ。
まあ、その怒りは、探しているブラックファントムの拠点が見つからなくて、イライラするだとか。
それから、家族とケンカしたとか、仕事でやらかしたとか、そういったたわいもないものが多かった。
が。
「何で松風の奴は尻尾を出さないんだ！」
今日はまた、たわいもないを通り越して、えらくくだらない理由だった。
「尻尾も何も、おまえが勝手に疑ってるだけだろうが・・・」
予想以上に優秀な後継者候補を見つけて、皆本は複雑ながらも割と満足なのだ。
特にあの、見事な表裏のなさ・・・というか裏が裏になっていない性格は、得難いものだと思っている。
「うるせえ、あれぜってえ裏があるに決まってんだろ、お前もちったあ危機感持て！」
「おまえ、その人を疑い過ぎる性格どうにかした方がいいぞ」
「ノーマルなんか信用できるか！」
そのノーマルの服を剥ぎながら、何言ってんだこの耄碌ジジイ。
やられっぱなしも癪なので、こんな時にもきっちりと着込まれた学ランの襟を外し、ボタンを外してて白い首にかぶりつく。
仇敵に急所をかじられて、甘い吐息を吐いた兵部は、今度は自分のベルトを外しながら、少し湿ってきた声でぶつぶつと呟いた。
「だいたい、あいつが知らないうちに何か仕込まれてるってことも、十分ありえるだろ」
それはまあ、皆本も考えないでもなかったが。
「そう言ってもな、お前が試して何も出てこなかったんだろ？」
そんなこんなを言い合いながら、兵部が自分で白い脚やピンク色の性器を晒していく様を眺めるのは、皆本のささやかな愉しみのひとつだ。
「んだよ、僕のせいか？」
「いや、せいとかじゃなくて」
なんでそうなる。
「疑い深いお前が、あんな罠まで張って試して何も出てこなかったんだ。尻尾なんかないって、それ以上の証明ないだろ」
「〜〜〜〜〜！」
兵部の白い頬に、朱が上がった。
白い体も薄桃色に染まって、いつも以上に美味しそうになった。
なんかなー、と、皆本は思う。
ここは、それでも信用できないとか、そっちに話持って行けよ。
可愛いとか思っちまうだろう。
興奮のためか、それよりもさっきのやりとりのせいか。
少し体温が上がった腕を掴んで引き倒し、体の位置を入れ替える。
大人しくその体勢を受け入れた兵部は、それでもぐいと腹筋だけで体を起こし。
「だーかーらー！」
ごつ、と、額を皆本にぶつけた。
「あいつをクイーンたちの側に置いとくのが、ムカつくんだっつってんだろ！」
結構痛いが、本気の頭突きじゃあない。
その証拠に、兵部の腕は、すぐに皆本の背中に回って。
むしろ、一瞬額に感じた、傷跡の感触の方が痛かった。
あと、眼鏡当たって痛い。
皆本は、眼鏡を外してサイドテーブルに置いた。
どうせ、そのうち兵部が引っこ抜いてその辺に放り出すのだ。自分で取って定位置に置いた方が、探す手間が省ける。
「お前それだだこねてるだけじゃねえかよ・・・」
呆れた声は、本物だ。
ああもうほんとに、この子供ジジイは。
「子供じゃねえんだ」
子供じゃねえかよ。
「警戒して、何が悪い」
「悪くはないけど、な」
ただこうやって、フーフー唸る猫のように周り全部を拒絶しても、いいことなんかないと思うだけだ。
まあ。
シャツの前を開けてその中に滑り込み、傷跡を撫で回す皆本の手は、拒絶されたことがあんまりないのだけれど。
「お前も少しは、信用するってことを覚えろよ」
それだって、信用とはまた違うだろう。
かぷ、と、また喉元を噛む。
柔らかな皮膚の下、気道を通る呼気と、血の通る脈動が心地良い。
てめえそこ好きだな、と呟きながら、兵部は皆本の髪をかき回した。
悪意のない、愛撫のような手つきだった。
「真木たちのことは信用してる」
しかしすぐにその髪を掴み、痛いのか痛くないのか微妙なところで引っ張り始め。
「いや、まあ信用できないとこはあるけどな。特に最近紅葉とか・・・」
ぶつぶつ呟く兵部に、皆本は、『土下座土下座』と騒ぐ電話を、笑顔でぶっつり切った女幹部を思いだした。
うん、まあ。
「家族って、そういうもんだろ」
家事全般を、結局自分に押しつけた母を思い出す。
まあ、おかげで子供たちを預かっても、家事には困らなかったので結果オーライだが。
そう思いながら、するすると手触りの良い足を撫で回す。
今日のムカつきはくだらないことだからか、ちゃんとシャワーを浴びて来たらしい。
汗と埃の匂いのする肌も興奮するが、清潔で甘い肌も、もちろん良い。
「どこで、育て方間違えたかなぁ」
ため息のような兵部の声も、随分と甘くなっていた。
いや、こいつに育てられたにしては、随分まっとうなんじゃないかとは思うけど。
なんだかあのフリーダムっぷりとメンタルの強さは、将来の薫たちを見るようだな、と皆本は思う。
あれは、寄って立つものを持つからこその強さだ。
それはきっと、自分の能力だけではない。
それを、自分は与えてやれているだろうかと、たまに不安にもなるのだけれど。
そうして腕の下を見下ろせば、その寄って立つものを与えた男は、どろりと濁った闇色の目に、自棄の色を浮かべて遠くを見ていた。
やっぱり、女の人のほうが強いな、と皆本は思う。
薫だったらきっと将来、こんなバカなことはしない。
「してやるから、もちょっと黙れ」
「してやるって、ナニサマだてめえ！」
唸った唇に口付けると、すぐに舌が入り込み、皆本のそれを誘い込んで、あぐあぐと噛みつき始めた。
子猫の甘え噛みのようなそれを心地よく受け入れながら、腰に絡みつこうとしていた脚を掴み上げる。
わりとしっかりと筋肉の付いたそれは、しかし子供の体の柔らかさで、簡単に折り曲がり。
名残惜しく唇を離すと、すぐにそれは胸に付くまでになっていた。
「こっち、してやるから」
「気持ちよくなかったらタダじゃおかねえ」
唾液でぐちゃぐちゃにした唇をだらしなく開き、とろんととろけた目でそんなこと言われても、もう、怖くもなんともない。
「わかったわかった」
もの凄くいい加減な返事と共に、サイドテーブルの引き出しから引っ張りだしたローションを片手で開けようとしていると、それがぶちゅ、と鈍く濡れた音を立てて爆発した。
粘度の高い液体が、皆本の手元から、そこらじゅうに飛び散る。
「兵部・・・」
「んだよ、手伝ってやったんじゃねえか」
こんな手伝いはいらない。
しかし見下ろせば、ひくひくと蠢くそこを惜しげもなく晒し、飛び散ったローションで、そこどころか下肢のあちこちを斑に濡らした兵部の姿。
シーツもだいぶぐちゃぐちゃだが、それも込みでいい眺めだ。
開ける手間も、確かに省けた。
「まあ、いいけどな」
自分の顔にかかったローションをぐいと拭い、早々に眼鏡を外して良かったと思いながら、その拭ったローションを、兵部のそこに足してやり。
「ん・・・っ」
ゆっくりと指を押し込めば、鼻にかかった声が上がった。
中は既に蠢いて、ぬめりを得た皆本の指を、たっぷりと包み締め付ける。
皆本のよく知る、兵部の中だ。
「・・・ゃく、しろよ」
その中のあたたかさ柔らかさを堪能していると、焦れた兵部が腰を揺らし。
掴まれた足を胸に付くほど持ち上げて、晒したそこをうねるように揺らす。
男の生理を刺激する、あざとい仕草に煽られる。
指をくわえたそこは熱くぬめり、入り口がきゅう、と皆本の指を食んだ。
もともと気の短い兵部が、ムカつくだの何だのと言いながら来るのだ。
皆本は、あまりゆっくり兵部の体を味わったことはない。
もったいないな、と思うけれど、それが自分たちなのだから仕方がない。
皆本は、兵部のそこから指を抜き、両手を使って彼の両足を押し開いた。
この瞬間の背徳感は、何度味わっても気持ちがいい。
見た目だけは子供の、この犯罪者の脚を押し開いて。
これから、この体を蹂躙するのだと思うと、興奮する。
熱い体内から引き抜かれた指がすう、と冷えて、しかし膝裏の体温にあたためられ、力を入れてもローションで滑る。
頬を紅潮させて自分を見上げる兵部の瞳には、暗い熾火の熱があった。
薄く開いた唇から、ちらり、と舌が覗いて濡れた唇を舐める。
煽るばかりの兵部の仕草は、早く早くと皆本を急かす。
「ん、あ、あ・・・っ」
前を緩めるのもそこそこに、深くそこへと押し込めば、待ちかねていた場所は、ぬるりと皆本を飲み込んで。
甘く高い声と共に、きゅうきゅうと食んで味わった。
「あ、あ、あ、ふあぅ・・・・」
柔い指先が背中を這い、ぎゅう、としがみ付いてくる。
「ああンっ！」
ずるり、ずるりと中を抉る大きさに、恥も外聞もない声が上がる。
兵部が、皆本相手にそんなもんいらないと言っていたのはいつだったか。
ムカついたからと押し掛ける兵部と。
仕方なしにそれを受け入れる自分と。
その関係を、崩すつもりはないけれど。
こうやって、遠慮会釈なく喘いで泣いて、しがみ付いてくる体を。
可愛い、と思ってしまうのは男の生理なのだ。
だから皆本は、兵部を拒まないし。
兵部は、皆本の元を訪れる。
それは、信用とか、そういうものではなくて。
もっと。・・・そう、兵部が皆本のところに押し掛ける理由のような。
わりと、くだらない、なにか。
「ん、あ、ああ・・・っ」
兵部の声が、高くなった。
整えられた爪が背中を掻いて、むず痒いような痛みにぞくぞくする。
その中も、もうひくひくと痙攣して、もの凄く気持ちのいい具合になっている。
だから皆本は、ただそのその体を、十分に堪能した。
他に、何かを思う必要などないと、知っていた。