なまえでよんで
自室に戻るなり、いきなり中空に現れた学ランに、皆本は思わず声を上げた。
「あれ京介？」
「兵部少佐どのって呼べっつってんだろ！」
そうして、いきなり壁にめり込まされた。
「いや、わ・・・悪かったって！」
最近、薫もコレやらないのに、壁に跡付けられたらティムやバレットにバレるから！
そう喚くと、子供大事の兵部は、むっとしつつも皆本を壁に押しつけていた力を解いてくれた。
「・・・で、何しに来たんだよ」
「コレを返しに来ただけさ」
ぽいと放られた物体を慌てて受け取ると、それはずしりと重くて危うく取り落としそうになった。
「ああなんだ、返してくれるのか」
それは、オフラーンスで兵部に持って行かれたブラスターだった。
絶対戻ってこないと思っていたので、どう取り繕うかと思っていたのだ。
「解析させたら、綺麗に組み直した奴がいたんだ」
「解析はしたのか・・・」
がっくりとうなだれてから、それでも「ありがとう」と答えてそれを机の上に置く。
それを、なんだかもの凄く嫌そうに見ながら、それでも兵部は帰らずに、ぼふんとベッドの上に着地した。
「それに」
そのままごろりと寝転がり、天井を・・というよりも、ここにはない何かを見上げながら。
「それが、クイーンを撃つ未来は白紙になったからな。別にお前が持っててもかまわないだろう」
「ああ・・・そうだな」
思わず相好を崩した皆本は、兵部に睨まれて苦笑いする。
そうすると、兵部はさらに膨れて、振り上げた片足をぼふんとベッドに叩きつけた。
「ニヤニヤするな、変態」
「変態じゃねえよ。てか、きょ・・・兵部」
さっき以上にもの凄い勢いで睨まれて、慌てて名前を呼び直す。
「部屋上がるなら靴脱げよ」
ベッドに寝転がる兵部の足は、しっかりと革靴を履いたままだ。
いつもふよふよと浮いているせいか、泥などが付いていたことはないのだが、それでも下足で部屋の中、しかもベッドに上がられるのは、あんまりいい気分はしない。
「脱がせろよ」
しかし兵部はニヤリと笑うと、つい、と足先を跳ね上げて見せた。
「ったく」
こうなったら、絶対に兵部は自分では脱がない。
仕方がないのでその足を捕まえると、皆本はがぱりと靴を脱がせ。
もう片方を脱がせようと、手を離したその足先を、股間にすり付けられてぎょっとした。
「それで仕舞いか？つっまんねー男だな、おい」
徒っぽく見上げる暗闇の瞳は、その気がなくても釘付けになる色気に満ちていた。
ましてや、幾度かベッドを共にした皆本なのだ。
彼が何を言っているのか、わかり過ぎるほどわかってしまう。
もとより、彼がただ届け物のために、ここを訪れるというのも不自然だ。
初めからそのつもりだったのだろう。
ならば、自分がどう足掻こうと、結果は目に見えている。
それに、乗られて一方的に貪られるのは、皆本の矜持の問題以上に・・・なんだかとっても、嫌だった。
兵部に、そんなセックスをさせたくないというのは、身勝手な男の言い訳だろうか。
そんなことを思いながら、皆本は的確に刺激してくる足を邪険に除けると、もう片方の足を取った。
「どっちにしろ、こっちも脱がなきゃダメだろうが」
言いながら靴を脱がせると、少し目を見張った兵部は、すぐにニイ、とお決まりの笑みを浮かべて見せた。
こちらの足は、靴下も脱がせる。
現れたつま先は、シャワーでも浴びて来たのか、いい匂いがした。
そのつま先に口を付け、親指の先を含むと腹の方に舌を這わせる。
いつも浮いているせいか、堅いところのないそれは、舌に心地よく。
指の又まで舐めしゃぶり、隣の指を含み直すと、ほんの少し上擦った、してやったりという声がふふんと笑った。
「変態め」
「させてるお前が言うんじゃない」
言ってから、かりりと含んだ指先をかじると。ひくりと震えたそれは、器用にその先で、皆本の咥内を愛撫して見せた。
それを軽くいなしながら、つま先からくるぶしへと唇を滑らせ、そのままズボンの裾をたくし上げてアキレス腱に歯を立てる。
兵部にとって、急所はそのまま感じる場所だ。
びく、と震えた踵をぺろりと舐めてから、皆本は白い足首をやっと離してベッドへ戻した。
兵部は、舌なめずりしそうな顔をして、皆本を見ている。
皆本とて、ここまで煽られて終わりにできるはずもない。
無防備に投げ出された両の手を捕まえると、そのまま覆い被さって、いつもよりも色づいて見える唇にキスをした。
とたん、絡み付いてくる舌の熱さと滑らかさに陶然となる。
兵部は、キスが巧い。
甘い舌で、口腔を余さず舐め尽くされれば、たいていの男は落ちるだろう。
皆本が、そうだったように。
唇を離すと、にちゅ、と濡れた音が際だった。
こぼれた唾液を、ぺろりと舐め取る仕草がなまめかしい。
捕まえていたはずの手が逆に掴み返され、指先が怪しく肌を滑る。
黒いズボンに包まれた膝頭が上がって、皆本の腰に不埒な動きをしようとするから、名残惜しい指を解いてそれを止めた。
「いい年してがっつくな」
「お前がまどろっこしいからだろ」
さっさとしろ、と腰を上げて来るから、皆本はため息をついて兵部のベルトを外し、ジッパーを下げてズボンを引きずり下ろした。
「下からかよ」
からかう声が、嬉しげに笑っている。
「お前が指図したんだろ」
言いながら、下着も下ろしてしまう。
淡い茂みの中のそれが、頭を持ち上げかけているのが卑猥だった。
「してないね。君が勝手にやっただけだ」
ああもう。この頑固ジジイめ。
「じゃあ、上も脱がせればいいんだな」
言って学ランのボタンを外し始めれば、兵部は気まぐれに口を尖らせた。
「えー、下だけのがエロくていいのに」
「どっちなんだよ」
もう何を言っても無駄だと悟り、皆本は学ランのボタンも、その下のシャツのボタンも外し切ってしまった。
そうすれば、いい加減見慣れた胸の傷のほかに、まだ淡いピンク色をした、治りかけの傷が目に入った。
胸の真ん中を鉄棒で串刺しにした姿は衝撃的だったが、それももう、こんなに癒えている。
それにわずかに安堵して、ちゅ、とそこに口づけると、兵部は更に機嫌を損ねたようだった。
「そっちじゃねえだろ」
そう言って、むき出しの腰を浮かせる仕草がとても卑猥だ。
「そっちは後だろ」
皆本もムキになって、あえてそこには触れてやらず、胸の傷を、新しいものから古いものまで舐め回し、胸の先を舌先で転がし、鎖骨を辿って首筋を噛んだ。
「っ、の、変態」
毒づく兵部の息が上がっている。
むき出しの足が皆本の腰を挟み込んで、その気にさせようと健気に蠢く。
そんなことをしなくても、皆本もとうに煽られているのだ。
ちっ、とひとつ舌打ちをすると、ベッドサイドの棚の更に奥。薫や葵は気が付かず、紫穂ならあえて見ない場所に突っ込んであった、ローションのボトルを引っ張り出す。
コンドームはない。
用意したものは、兵部が使わせてくれないまま、使用期限が過ぎて捨ててしまった。
それほどの時間を、こいつと過ごしているのだ。
たぷんと揺れたボトルを見て、兵部が目を輝かせた。
それが、いろいろなものに目を輝かせていた少年と重なって、皆本はなんだか安心した。
結局、あれもこれも、京介なのだ。
好奇心旺盛で、寂しがり屋で。
人一倍誰かを思いやれるのに、それを上手に表現できない不器用者。
「・・・何考えてやがる」
不意に、兵部が嬉げにしていた目を剣呑に眇めた。
「透視むなよ」
彼が皆本に遠慮も会釈もないのはわかっているが、それにしたってそれはできればやめて欲しい。
しかし、兵部は表情一つ変えず・・・つまり、皆本を睨んだまま。
「誰がてめえの頭ん中なんか透視むか」
「・・・ああそうかよ」
つまり、さっきのも今までも、皆本の様子だけでいろいろ察していたらしい。
その彼は、皆本の声がなんだか嬉しげになっていることにも気づき、小首を傾げたが。
「冷っ、めてえぞこら！」
傾けたローションを、直接そこに垂らしてやると、びくんと体を跳ね上げさせてわめいた。
「あー、悪い」
わざとなので、皆本の返事もおざなりだ。
「ぜんぜん思ってねえだろ！」
「うん、まあ」
「てめ・・・っ！」
膝を掴んで引き上げて、濡れたそこをなぞってやると、とたんに兵部は息を詰めた。
少し意地悪をして焦らしてやろうかとも思ったが、暴れられても面倒なので、そのままローションを足しながら、そこに指を差し込んでやる。
「ぁ・・・・ンっ」
あえかな声をかみ殺した兵部の中は、まだきゅうきゅうと食い締めるようにきつい。
しかし、ゆっくりと奥まで含ませてやれば、待ち望んでいたように絡み付いてくるのだから、たまらない。
「も、少し、丁寧に扱えよ・・・っ」
両手でシーツを掴みながら、既に涙声で兵部が言う。
「丁寧に扱ってるだろ、ほら」
いっそう足を開かせる、淫らな姿勢を取らせながら、奥を探って皆本が応える。
「っ・・・ンふ・・・ぅ・・・・」
感じやすい兵部は、それだけで気持ちよくなってしまったのか、喘ぎを殺して身をよじった。
もとより、皆本にこの体を乱暴に扱うつもりはない。
いつの間に、こんなに大切になってしまったのかわからない。
それはたぶん、あの少年と、ここで暮らすよりずっと前。
でもたぶん、初めてこの体を抱いたときよりは、随分と、後。
「なあ、京介」
「今度そう呼んだら殺すって・・・」
そんな声も、大きく脚を開き、秘所を差し出した格好ではまったく様になっていない。
「入れていいか？」
「いちいち聞くな。バカメガネ」
黒髪の少年よりも、よほど子供じみた悪態をなんだか微笑ましく思いながら、皆本はゆっくりと、その体の中へ侵入っていく。
「ん・・・・っや・・・あ・・・・」
きゅう、と締め付ける襞の、きつさと柔さ。
掴んだ足腰の滑らかさ。
これが年古りた変態ジジイだと頭ではわかっていても、どうしても拭えない、少年を犯す背徳感。
何よりも、触れれば触れるほど、募ってしまう大切にしたいという想い。
これに捕まったら。
たぶん、二度と逃れられない。
「っあ」
腰を深くしてやりながら、新しく傷の増えた胸を撫でると、ひくん、とナカが震えてちいさな声が上がった。
快楽の涙を湛えた瞳が皆本を映し、瞬いて滴を落とすと勝ち気に笑う。
「ばーか。そんな、の、すぐ治る」
心配性め、お前は真木か。
そう云われ、そうか、とちいさく笑うと。
皆本はその、消えかかった新しい傷に口づけを落として。
それから、ゆっくりと、兵部の中の自分を深くした。
「んん・・・っ」
行為に夢中になるまで、兵部は声を抑えようと躍起になる。
だからこそ、イイ声を上げさせた時に愉悦はたまらないものがあるのだが。
その、噛みしめられた唇に口づけて。
頬をなぞり、耳朶を食み。
その間も、ゆるゆるとした突き上げは止めず、兵部を感じさせながら。
皆本は、その唾液に濡れた耳元で、低い声で囁いた。
「京介」
「だから、兵部少佐どのって呼・・・・っ！」
『だから』のあたりでもの凄い締め付けに遭って冷や汗をかいた皆本は、お返しとばかりにその身を深く穿ち。
声にならない悲鳴で台詞を途切れさせた兵部は、再び囁かれてぶるりと背筋を震わせた。
「京介」
その声は、兵部の中の深いところを柔らかくかき混ぜて。
官能と、もっと深い快楽を掴み出す。
「・・・・っ」
今、この声を心地良いと感じているのは、あのガキだ。
僕じゃあない。
そう、思い込もうとしてみても。
「京介」
欲にかすれた、しかし低くてやさしい声が。
もう、誰かの声に重なることもなく。
「京介」
そう呼ばれると、ゆるゆるとかき混ぜられている体の奥から頭の先まで。
自分が全部、溶け出してしまいそうで。
「京介」
それはまるで、『自分』の芯を、大きな手のひらでやさしく掴み上げられるような感覚。
「・・・な、んかいも呼ぶなこの馬鹿あっ！」
大声を出せばその分締め付けてしまうのに、叫ばずにいられないのは性分だ。
ぎゅう、と締められて皆本は低く呻いたが、締め付けた兵部の方は、入れられてそうも経っていないのに、感じすぎて泣きながらイってしまっていた。
更に。
「呼んでくれって言ってるようにしか聞こえないぞ、お前」
へらりと笑ったそのメガネ面が、ムカついてムカついてムカついて。
べちんとその緩んだ頬をひっぱたくと、痛えよと呟いた皆本に、その手を取られ、シーツに縫い留められて。
「京介、もちょっと大丈夫か？」
ぐり、と、感じるところを抉られて、ひゅうっと息を詰める。
イったばかりで敏感な襞は雄弁だ。皆本に絡みついて離さない。
「ぼ、くを誰だと・・・」
「わかってるよ」
それでも強がる声を遮り、皆本はまた、締まりのない間抜け面で笑った。
「兵部、京介だ」
「・・・・・」
ぐうっとこみ上げた何かを必死に飲み込み、兵部は皆本の首にしがみついた。
今、自分がどんな顔をしているのか考えると、もう絶対に見せられないと思ったからだ。
しかしそれは、皆本の存在を、よりいっそう感じる結果になってしまって。
怒りに似た何かがぐるぐると頭の中をかき混ぜて、濃い汗の匂いにくらくらする。
もう一度名前を呼ばれたら。
死んでしまうと、本気で思った。
その背中をぽんと抱いて、皆本はもう一度、彼の名前を呼んだ。
「きょうすけ」
それは、一緒に暮らした黒髪の少年の名前でもあり。
自分の腕の中で淫らにのたうつ、このへそ曲がりの名前でもある。
とても、大切な名前だった。
その大切な彼の中を、自分でいっぱいにしてやるために。
皆本は、深く深く、その体に律動を刻んだ。
大切な、その名前を呼びながら。