もう、十分
自分と一騎は、恋人ではない。
好きだとも愛しているとも言ったことはないし、一騎からそんな言葉を聞いたこともない。
一騎の中を蹂躙し、途切れ途切れの泣き声を上げさせながら、総士は思った。
「っ、あ、そう、し・・・・」
彼を同化してしまいたいという欲求が、今はもうないと言ったら嘘になる。
それでも。
ふるふると震える頬に触れると、泣き濡れた茶色の瞳が露わになった。
両目が同じように見えていた記憶は遠い。
それでも、その頃。
こんなにきれいなものは、総士の世界には、存在していなかった。
「きついか？」
そう問えば、ふるふるとかぶりが振られた。
そうして、総士の背に縋っていた腕が、よりいっそうきつくしがみついてきた。
「へい、き、だ」
だから、もっと、と。
そう応えられて、自分が、いっそう高ぶるのがわかった。
総士がきれいだと言ってから、伸ばし始めた髪に指を絡め、そこに頬を埋めるようにして、よりいっそう深く、一騎を犯す。
「は、あっ・・・」
一騎は体を震わせて、きつく締め付けることで、奥深くの総士を悦ばせた。
そう。
一騎は、総士には逆らわない。
総士の指示のままファフナーに乗り、総士に請われるまま、こうして、体さえ開く。
それが、総士への贖罪が元にある感情だとしても。
今、こうして一騎が側にいてくれること。
一騎に触れて。
触れられて。
熱を、分け合えるということ。
それだけでもう、十分。
「そうし、そう・・・」
一騎が、譫言のように総士の名を呼んでいる。
熱を持った脚が総士の腰にすり寄せられて、突き入れるたびにびくびくと跳ねた。
「かず、き・・・」
それに応えた声は、自分のものとは思えないほどに、興奮で上擦っていた。
絶頂が近い。
それは、組み敷いた一騎も同じ。
ひくひくと震えていた襞が、きつい痙攣を繰り返すようになった。
茶色の瞳が焦点を失い、ただ唇だけが、総士を呼ぶ形を作ろうと震えた。
震えて。
そうして、呼びきれずに。
「そ・・・ぅ、あ、あっ！」
きゅう、と、しがみつく腕に、いっそうの力がこもる。
中がびくびくと痙攣して、薄い背中が弓なりに反った。
「あ・・・ぁ・・・・・」
下腹に、熱く濡れた感触。
総士に抱かれて、達する一騎。
その体の奥深く、総士を食んで震えるそこへ、たっぷりと自身を注ぎ込む幸福。
そう。
同化など、しなくても。
一騎は、総士のものなのだ。
この左目で彼を縛り付け、思うままにできるなら。
片側の視界など、たいした代償ではない。
ただ。
総士の狭い視界の中で、きれいな一騎が達したばかりの体を投げ出し、余韻に体を震わせている。
その、白い腿や肩に残る、ファフナーとの接続痕。
ただ、この左目のために、ファフナーに乗れないこと。
一騎たちばかりを、死地へと追いやること。
それだけが、辛いのだけれど。
一騎の呼吸が落ち着くのを見計らい、総士はその体の上に毛布を掛けた。
今夜は少し酷くしてしまったから、起こしてシャワーを浴びさせるのも酷だろう。
とりあえず拭いてやって・・・いや、一度起こして水を飲ませないと、脱水症状を起こすかもしれない。
そんなことを考えながらそこを離れようとすると、きゅう、と、手を掴まれて、驚いた。
見れば。
眠っているとばかり思っていた一騎が、怯えた目をして、総士の手をきつく掴んでいた。
総士の胸が、きゅう、と痛む。
「・・・水とタオルを取ってくるだけだ。すぐに戻る」
その手を握り返して答えると、一騎はぱっと頬を染めて指の力を緩めた。
「ごめん・・・」
「いや」
一騎が手を離しても、総士はまだ、離していない。
快楽の熱の残ったままの指先を、一本一本愛撫して。
未だに、総士に置いていかれることに怯える一騎を安心させて。
そうして、離す。
「僕が悪かった」
それが何時のことなのか、定かにはさせずに、総士はそれだけを言って、その場を離れた。
自分と一騎は、恋人ではない。
好きだとも愛しているとも言ったことはないし、一騎からそんな言葉を聞いたこともない。
それでも。
総士が戻ると、一騎は安心したように微笑んだ。
その笑顔が、あんまり綺麗で。
総士はまず、その頬に指を伸ばして、口付けずにはいられなかった。
後始末をしている間、一騎は恥ずかしそうに身を縮め、一本のボトルの水を分けあう間は、子供のようにじゃれ合った。
眠るときは、ぴったりとくっつき合って、おやすみなさいのキスをした。
それだけで。
それだけで、もう、十分だった。