満ちる
「真木、セックス」
『真木、ミルク』
そう言うのと同じ軽さでねだられて、真木は思わずため息をついた。
長い不在からやっと帰って来て、部屋に落ち着いたかと思ったとたんに、これだ。
「元気ですねあんた」
「ああ、割とな」
けろりと言い放つその人は、今さっきまで、風呂場でばりばりに乾いた自分の血を、真木に洗い流されていたのだ。
大きな傷は塞いだらしいが、擦過傷の残る頬は青白く、見上げる闇色の瞳は、焦点が甘い。
どう考えても、元気なはずがないのだ。
「それより手当が先でしょう」
「見ただろ？手当するほどの傷なんかもうないさ」
確かに、表面上の傷はほぼかすり傷だが。
あの出血に、あの服の破れ方。
おそらく、兵部でなければ致命傷だったのではないのだろうか。
しかし、そんな怪我をしたばかりのはずのその人は、自分をベッドに下ろした腕にすりりと懐き、わざとらしいが非常に的確な上目遣いで真木を誘う。
「しかし少佐、お体が・・・」
無駄を悟りながらも往生際悪く抵抗する真木に、兵部はからりと笑って見せた。
「ばーか、僕はエスパーだぜ？」
「そんなことは、わかってます」
兵部ほど、エスパーらしいエスパーは他にいない。
「だったらわかれよ」
腕の中、そのほのかなぬくもりだけで、真木を幸せにするその人は。
少し潤んだ闇色の瞳を、ニイ、と笑ませて彼を誘った。
「そりゃあ体調だって影響するけどさ、精神の方が、僕らには大事だろ」
精神状態が、能力にどれほど影響するかを、真木は兵部によくよく教え込まれた。
そして同時に、体調もひどく影響すると、教えてくれたのもあんただろう。
「だから」
しかし、彼の教師であり親であり恋人でもある人は。
自身を、亡霊だと言って見せる人は。
「僕を満たせ、真木」
その甘い体温をすり寄せて、そう、とろけるような声で命じた。
「・・・はい」
その人の言葉に。
真木は結局、逆らうことができないのだ。
体の快楽を追うよりも、精神を満たすことに重きを置くのだから、愛撫は自然と丁寧なものになる。
もともと、真木は兵部の体をいつも丁寧すぎるほど丁寧にに扱っているのだ。
「ま・・・ぎ。こら、じらすな、ぁ・・・っ」
散々内腿に吸い付かれ、期待の高まったところでまた胸の先をかじられて、とうとう兵部が悲鳴を上げた。
唇はあちこち行き来しているけれど、右手の指はもう三本も、中に入ったままなのだ。
この状況はもう、意地悪をされているのと変わらない。
しかし。
「満たせと言ったのは、あなたですよ」
そう言いながら、真木はべつに能力を使わなくても、愛情に溢れ返ったことなど丸わかりのキスを、胸の傷の上に落とすから。
「・・・・ふぅ、・・・っ」
中の指を締め付けながら、兵部はその胸を反らして喘いだ。
「もう、じゅうぶん・・・」
愛されていることは、わかっているから。
だから。
「十分、ですか？」
耳朶を食みながら聞いてきた声は、何故だかひどく残念そうだった。
こんな愛撫に溺れさせて、まだ足りねえのかよと可笑しくなる。
「んな訳、ねえだろ」
固い炭素単結晶繊維の中に指を差し込み、それを愛おしげにくしゃくしゃと乱しながら。
兵部は、自分への想いと欲望とに溢れ返った瞳をのぞき込み、誘うように笑った。
「はやく、しろ」
早く、僕の中を、熱いお前で満たして欲しい。
時間も空間も、なんにもない虚数空間は、実はちょっとキツかった。
自分も他人も、なんにもないヤツの相手したのも、なんだかんだでキツかった。
あの坊やには、こうして満たしてくれる相手などいなかった。
それを初めから知らないのは、ある意味、幸せなのかも知れないけれど。
兵部はもう、知ってしまっているから。
これのために、死ぬことはできるけれど。
これなしでは、生きて行けない。
・・・絶対、言わないけれど。
そして認めたくはないけれど、言わなくてもわかってしまっていそうなその男は、大きな手のひらで兵部の体をやさしくひっくり返してしまって。
四つん這いになった兵部は、ばったばったと暴れ出した。
「おい、これやだ」
この姿勢は凄く深く繋がれるけれど、密着感が全然足りない。
がつがつ犯されたい時はこれがいいけど、今の兵部の気分には、もの凄く合わない。
そんなことっくらいわかってるだろ！と後ろ蹴りを入れた脚を捕まえられて、そのまま腰を引き寄せられる。
そうすれば、熱く固いものが尻に触れて、とたんにへちゃん、と力が抜けてしまった。
「入れるときだけですよ。あんたこっちのが楽でしょう」
男らしい低い声にもゾクゾクする。
早く、はやく。
僕への欲望でいっぱいに膨れたそれで、僕の中をいっぱいにして欲しい。
「・・・しょうがない、な」
真木が、兵部の望みを叶えないことなどない。
それを知っているから、兵部はきゅう、とシーツを掴み、腰だけを差し出す、いやらしい姿で真木を待つ。
白い尻を割り開くと、太い指で十分に準備されていたそこは、期待に赤く染まってひくひくと蠢いていた。
そこに、自分の赤黒くたぎったものを飲ませていく光景は、何度見ても目眩がしそうなほどに、卑猥だった。
「ああ・・・・っ」
甘い悲鳴が耳を打ち、そこに、きゅう、と締め上げられる。
大き過ぎるものを飲まされて、軋むそこを割り開いていく興奮に、うっかりこちらが飲まれてしまわないよう、気をつけながら侵入っていけば。
その奥に潜んだ襞は、ねっとりと絡み付いてその凶器を歓待した。
まるで、男を喜ばせるためにあるかのようなこの肢体は、しかしそれ以上に、自らが受け取る快楽に貪欲だ。
シーツに頬を擦り付けて、真木を見上げる蕩けた瞳は、与えられる快楽を貪りながらも、もっと、と先をねだっている。
それをわかっている真木は、いやらしく揺れる腰を、両手でしっかりと捕まえた。
「あっ・・・」
奥の奥まで含まされ、身に過ぎた充足感にわななく腰を、そのまま、大きな手で抱き上げられて。
一瞬の浮遊感に酔う間もなく、固い膝の上に、下ろされる。
「んんっ・・・・っ」
自重のぶんだけ深く繋がるこの体位は、その深さ以上に、すっぽりと抱き込まれる充足感が、兵部を満足させていた。
「あんっ」
そのままぐりぐりと奥をかき回されて、ひくりと反った顎先を、強い指先がくいと取った。
濡れて光った視線とかち合う。
欲しいものはわかっている。
薄く開いて喘ぐ唇に、己のそれを重ねると、兵部の小さく熱い舌が、ちゅく、と真木のそれに吸い付いてきた。
「ん、ふ・・・・っ」
くちゅくちゅと、唾液をかき混ぜる音が淫らに響く。
頭の芯まで犯し合うようなキスは、下肢の快楽もいや増させた。
体中を、真木の熱に満たされて。
きもちいい、きもちいい、きもちいい。
もう、それだけでいっぱいに。
いっぱいに、なる。
「あ、あ、あ、あぁ・・・・・」
深い深いキスを解けば、だらしなく開いた唇からは、飲み込むことを放棄した、唾液と喘ぎが節操なくこぼれ落ちた。
それを啜ってやりながら、真木は兵部の腰の奥を、彼の好きなように突いてやった。
「あんっ、んんっ・・・ふ」
真木の腕の中で身を跳ねさせて、白い肢体が好きなように快楽を貪る。
端から見れば、年端もいかない少年を、大の男が犯しているようにしか見えないだろう。
しかし、この場を支配しているのは、この幼げな少年なのだ。
男は、少年を悦ばせるために存在するにすぎない。
そうして真木も、それを望んでいるのだ。
ただ、彼が悦いように、と。
深く抱き込んだ腕の中、愛する人を悦び悶えさせる快楽は、濡れそぼったその襞に、締め上げられるそれに勝る。
こうしてずっと、この腕の中。
閉じこめていたいと、そう願う。
それでも、その人の体は気持ちよすぎて。
真木にも限界が訪れる。
ただ、一人でイってしまわないようにと、ひくつく襞の様子を見ながら。
「愛しています、少佐」
耳元で囁やき、精神ごと満たされたい欲張りな体に、たっぷりとその証を注ぎ込んでやる。
「あ・・・っ」
こういうとき、兵部は中で出してやらないと収まりがつかない。
体調を考えれば外で出してやりたいが、それでは主の望みを叶えたことにはならないから。
最後の一滴までを、その中に絞り出して。
まだ引き留める襞に逆らうように、ずるりと自身を引き抜けば、赤く染まった秘所からは、どろりと白濁がこぼれ落ちた。
それを掻き出してやろうと白い尻に手を伸ばせば、兵部はそこを守るようにして、腰をよじってそれを避けた。
「やだ、出すなよ」
「何言ってんですか」
これも、幾度も繰り返したやりとりだ。
後で腹を壊すとわかっていて、この人は精をそこに留め置きたがる。
「また入れて差し上げますから」
そう宥めながら腰を取るも、げしげしと蹴られて阻まれた。
「いやだ」
まるで、子供のように。
「お前のせーえきで、腹いっぱいにしたい」
そんな艶めいたわがままを言わないで欲しい。
「そんなには、出ませんよ」
少し上擦ってしまった声を感じ取ったのか、兵部は自ら脚を開いて真木にそこを見せつけた。
「出せ」
その上、自らそこに指を添えて押し開き、誘う姿はたまらなく扇情的だったが。
そんなことをすれば、真木の注ぎ込んだものが、だらりとそこからこぼれ落ちてしまって。
「っあ・・・・」
それを留め置こうとするように、体液で汚れた腿を擦り寄せる仕草は、どうしようもなく可愛らしく。
「わかりました」
完全に失神するまで抱いてやれば、後始末に文句を付けられることもないだろう。
そう算段しながら、真木は大人しく了承した。
そう。
この人を満たすのは、真木の望みでもあるのだから。
「腹いっぱいに、ですね」
「ん」
その一瞬、かいま見えたその笑顔は。
まるで、お気に入りの膝の上、やさしい手に微睡む猫のような。
そんな、満たされきったものだった。