ミルクの匂い
アスランさんは、ＭＳパイロットです。
ミネルバっていう戦艦で、隊長をしています。
ミネルバには、子わんこ、子にゃんこなパイロットたちがいて、隊長はタイヘン。
今日もね、子わんこのシンに、がぶって噛まれちゃいました。
だって、シンは放っとくと、いっぱいいっぱい戦っちゃうんです。
いっぱいいっぱい、殺しちゃうんです。
「はあ・・・・」
アスランさんは、部屋で大きなため息をつきました。
アスランさんはね。
シンたちが、少しでも。
少しでも、危ない目に逢わないですむように。
少しでも、早く帰ってこられるように。
少しでも、戦わなくっていいように。
少しでも、殺さなくっていいように。
いつも、いっぱいいっぱい考えて、作戦を立ててるのに。
言うこと聞けよって言ってるのに。
シンは、ぜんぜん聞かないんです。
「なんでだようっ！」
キャンキャンキャンって吠えるシンに、アスランさんは、一生懸命説明します。
いっぱい戦っちゃダメなんだ。
いっぱい殺しちゃ、ダメなんだ。
「なんでだようっ！」
でも、シンにはわかりません。
「なんで、悪いやつやっつけちゃダメなんだよう！」
違うんだよ、と、アスランさんは言います。
悪い奴なんかいないんだよ。
「いるもん！」
シンから、お父さんとお母さんを取っちゃったやつは、悪いやつです。
ちいちゃいマユを取っちゃったのは、悪いやつです。
そーゆーのはね、みんなやっつけなくちゃ！
「シン・・・・」
違うんだよ、と、それでも言うアスランさんを、シンはかぶって噛みました。
力いっぱい、噛みました。
シンの歯は、ちいちゃくて、でもとっても丈夫なんです。
血は止まったけど、アスランさんの手には、ちいちゃい穴があいちゃって。
痛くて。
シンがつけたちいちゃい穴よりも。
ココロが、痛くて。
アスランさんは、そっと、シンがつけた穴を、見つめました。
じっと、じっと、目の前に持って来て、見つめました。
そしたら。
「ミルク臭い・・・・・」
シンが噛んだ後は、なんだかミルクの匂いがしました。
アスランさん、笑って。
ちょっと失敗したみたいになって、お顔を下に向けました。
シンが噛んだ後は、甘い甘い、ミルクの匂い。
甘い甘い、子わんこの匂い。
こんな、噛んだ後までミルクの匂いのちいちゃな子。
なんであの子、こんな危ないところにいるんだろうな。
なんで、俺。
あんな子に、人殺しなんか、させてるんだろうな・・・・
てちてちてち
お部屋の外で、ちいちゃな音。
アスランさんは、お顔を上げました。
『開いてるぞ』って言おうとして。
でも、シンはドアを開けるスイッチに、手が届かないことを思い出して。
仕方がないから、自分でドアを開けに行きました。
「どうした？シン」
子わんこは、真っ赤なお目目で、隊長を見上げていました。
お耳が、きゅうっと前に伏せています。
「たいちょー、痛かった？」
そう言って、ちょっと難しいお顔で、首を傾げるちいちゃな子わんこ。
「・・・・・痛くは、ないよ」
アスランさんがそう言うと、むーっ、っと、もっと難しいお顔して。
「じゃ、いい」
そう言って、くるりと向こうを向きました。
いつもくるん！と丸まったしっぽがちょっとほどけて。
床に、付いちゃいそうになってました。
その先っぽを、見送りそうになって。
アスランさんは、やっと、気が付きました。
シン、謝りに来てくれたんだ。
でも俺が痛くないって言っちゃったから、謝りにくくなっちゃったんだ。
「シン」
「いいんだもん！」
ててーっ！と駆け出した子わんこの後を、アスランさんは大股で追っかけます。
たったの５歩で、追いつきます。
「せっかく来たんだ、お菓子でも食べていかないか？」
「お菓子？」
子わんこ、ぴたりと立ち止まって。
くるりとアスランさんを振り向きました。
あ、お耳もしっぽも立ってる。
「アイスはないけど、チョコならあるんだ。それから、ミルクケーキと、ビスケットと・・・・」
「食べるー！」
たちまち御機嫌の子わんこを、アスランさんはひょいと抱き上げました。
噛んだ後までミルクの匂いの子わんこの、毛皮はもちろんミルクの匂い。
ミルクの匂いの、このちいちゃな子が。
少しでも、危ない目に逢わないですむように。
少しでも、早く帰ってこられるように。
少しでも、戦わなくっていいように。
少しでも、殺さなくっていいように。
言うこときいて、くれるように。
「艦長には、ないしょだぞ」
「うん！男同士のひみつだね！」
「ああ、ひみつだ」
とりあえず、今日は。
いっしょにおやつで、仲直り。
「と、こいつを餌付けして、これだけ太らせたということか？」
「だからなんで全部俺のせいなんだ！？」
「貴様のせいだろうが！」
こっちも喧嘩で、でも、仲直り。