未来
休日には、朝から地下ドックへ行く。
それが、森次玲二の習慣だった。
本当ならば、学校など行かずに毎日そうしても良いのだが、石神に、にっこり笑って「だーめ」と却下された。
それなら、それで、良いのだけれど。
地下へ続く長いエレベーターを下って、開かれたドアから足を踏み出す。
今日は確か、中距離支援仕様のマッチング試験・・・・
そこまでで、玲二の思考は止まった。
「おめでとー！森次君」
両手を広げた恩人の姿。
それから、少し遅れて、ぱん、ぱんと乾いた音がして、へろへろと紙吹雪が降りかかってきた。
「遅いよ、遠藤君」
「いや、結構力要りますねコレ・・・」
助けを求めるように、目に痛い赤色に彩色された、小さな円錐を持つ遠藤主任を見上げる。
社長は、時々話が通じない。
彼の方が確実だった。
しかし、彼はにこりと笑うと、「おめでとう」の一言。
それから、後ろを振り返り。
「イズナ、シズナ」
そう、幼い子供たちを呼んだ。
主任の子供たちはまだ小学校にも入らない年齢だが、東京に来ているときには、普通にこのドックに出入りしている。
その小さな子供たちは、小さな体に不似合いな、大きな色とりどりの花束と、大きな赤い箱を持って現れた。
「「おたんじょうびおめでとう、もりつぐくん」」
言われて。
はじめて。
玲二は、社長と遠藤の「おめでとう」の意味に思い至った。
ああ、そうか。
今日は。
「森次君」
呆然としているところに、遠藤の声がかかる。
「早く受け取ってくれないと、イズナがへばりそうだよ？」
シズナはにこにこ笑っているが、確かにイズナは辛そうだった。
慌ててそのふたつを受け取る。
確かに、花束の方が重かった。
それから、一拍、遅れて。
「・・・ありがとう」
やっとのことでそう言うと、二人の満面の笑みが帰ってきて。
なぜだか、息が詰まった。
「何をもらって嬉しいか、よくわからなくてねぇ。とりあえず文房具なんだけど」
社長の言葉に、こくこくと頷く。
「・・・嬉しいです」
その様子ににこりと笑い、石神は高らかに声を上げた。
「よーし、じゃあお祝いだ！」
おお！と、技術部の面子が調子を合わせる。
皆、なかなかにインテリなはずなのだが、やっているコトがコトなので、ノリはどちらかといえば体育会系に近い。
しかしそこで、玲二はあることに気づいてしまった。
「でも皆さん、勤務中では？」
少年の意外な突っ込みに、しん、とあたりが静まった。
まさかそう来るとは、誰も予想だにしていなかったのだ。
しかし、社長は偉かった。
「僕は社長だからね！かまわないさ！！」
その脳天気な返答に、誰かが「ひでー」と呟いている。
「僕は違うよ。今日は非番だ」
続いて社長の後ろで、牧が声を上げた。
更に後ろで、誰かが「裏切り者！」と叫んでいる。
「・・・休憩中だ」
遠藤が、重々しく頷いて言った。
「ああ、休憩中」
皆がそう言って、シズナの小さな手が、玲二の背中を力いっぱい押した。
「そうや、きゅーけーちゅーや！」
「・・・うん」
社長のいつものちらし寿司が、今日は、いつもより美味しかった。
２時間ほど皆で飲み食いした後、「休憩終了」とばかりに、皆、それぞれ仕事に戻っていく。
非番なのに来てしまった牧もそれに当たり前のように紛れていて、玲二も苦笑してヴァーダントへ向かった。
「今日は休みなよ」
その後ろから、遠藤が声をかけた。
「そうそう」
後片づけを指示しながら、社長も頷いている。
「・・・いえ」
しかし玲二は首を振って、抱えていたプレゼントと花束を、側のコンソールへ置いた。
「ここまで来て、相手をしなければヴァーダントが機嫌を悪くしますから」
「そうかい」
しょーがないなぁ、と青い機体を見上げると、じゃあがんばって、と、社長も遠藤も、自分の場所へと戻っていく。
じゃーね！と手を振る遠藤兄弟に、困惑しつつもなんとか返事を返し、森次は、慣れたヴァーダントのコックピットへ上がっていった。
【玲二】
声なき声が、玲二を呼ぶ。
【ヴァーダント】
それにやはり、声でなく、答えて。
玲二はコックピットに腰を落ち着ける。
【誕生日？】
【うん】
【いくつに？】
【１６】
【１６・・・年？】
【うん】
【たったの？】
ヴァーダントの驚きに、玲二は苦笑した。
ロボットのくせにに驚いたヴァーダントを笑ったのか、まだ子供だと、実感させられた自分を笑ったのかはわからない。
【２０５２年には６０近い。・・・生きていれば、だけど】
社長は何も話さない。
敵は、加藤機関としか聞いていない。
それでも、玲二がヴァーダントから情報を得ていることは、知っているはずだった。
曖昧な情報だけを与えられている。
その意味を、考える。
【ヴァーダント】
考える。
【俺は、何ができるのかな】
ヴァーダントのすぐ下、コンソールの上に置かれた、花束とプレゼントを見下ろしながら。
考える。
玲二に、「おめでとう」と言ってくれた人たちを。
その未来を守る方法を。
考える。
【お前の、したいようにすればいい】
ヴァーダントの答えは、いつも決まっていた。
だから、玲二は考える。
自分は、何がしたいかを。
自分は、何ができるのかを。
今度は、絶対に間違えない。
間違っては、いけない。
きつく閉じた瞼裏には、ただ、赤いイメージだけが、残っていた。