待て！
それは、ほんのちょっとした言い合いが原因だった。
ベッドへ着くなりもの凄い勢いで押し倒されてキスをされ、兵部は念動力で威力を追加した拳を、容赦なくヒノミヤの頭上へぶち落とした。
「待てくらいできないのか、この駄犬！」
「ってーな、待てってんなら先に行え！」
「じゃあ待て！！」
売り言葉に買い言葉で窮地に陥るのが得意なのは兵部の方なのだが、今日は逆にやられてしまい、ヒノミヤはとたんに情けない顔になった。
「う・・・」
それがあんまり面白かったから、兵部はくつくつと笑ってその跳ねた赤毛を撫でた。
「いいか、待て、だぞ」
「待てってんなら、ちゃんと後でよしがあるんだろうな？」
がるがると唸りそうな飼い犬を前に、ご主人様は艶っぽく笑う。
「ふ」
そうして、誰もが騙される甘い声でささやいた。
「僕は、そこまで極悪な飼い主じゃないよ」
「犬じゃねえっつの」
やっとそこに突っ込んだヒノミヤは、しかしそこで引いたことを、後で死ぬほど後悔することになる。
「僕がよしと言うまで、ちゃんと待てしてろよ」
そう言ってにんまりと笑った兵部に、もう、その予感は感じていたのだけれど。
学生服の前だけを開けて、しかし下肢はすべて晒して。
背中はベッドヘッドに押しつけた枕へすっかり預け、しなやかな脚を大きく開き。
そうして見事なＭ字開脚をして見せた兵部は、ベッドの端に正座をさせたヒノミヤに向け、惜しげもなくそこを晒して見せた。
いつもヒノミヤを丸ごと飲んでいるはずのそこは、しかし誰かが開いてやるまでは、まるで処女のように慎ましい顔をしているのだから始末が悪い。
「見えるか？駄犬」
「だから、犬じゃねえっつの」
図体ばかり大きな犬が、拗ねて見せるのはことのほか可愛い。
だから兵部はくつりと笑い、笑ったその唇に、自分の人指し指をはくりと含んだ。
「ん」
うっすらと開かれた唇の隙間から、赤い咥内がちらちら見える。
そのいやらしさに止めを刺すように、ぬぽりと指が抜かれると、濡れたその先から唇まで、透明な糸が跡を引いた。
その様子に、ヒノミヤが釘付けになっているのを楽しく眺め。
そうして、わざとゆっくりとその指を下ろし、これ見よがしに開かれていた脚の間にそれを持っていって、ゆるり、と、閉じられたそこに濡れた先を押しつけた。
ごく、とヒノミヤの喉が鳴る。
もしかして。
もしかしてこいつ、自分で弄って見せる気じゃ・・・
ヒノミヤの貧困な想像力に違わずに、兵部の指は、自分のそこを開きにかかる。
しかも、その指には迷いがない。
ゆるゆるとそこに触れ、唾液をなすりつけるようにした後に、くすりと笑った唇にもう一度持っていった指を再び濡らし。
そうして、見せつけるようにゆっくりと、閉じられたそこに指先を含ませて見せた。
「ん・・・っ」
慣れたそこは、さしたる抵抗もなくそれを飲み込んで。
その光景に見入ってしまったヒノミヤを楽しげに見やった兵部は、ぺろりと赤い唇を舐めて。
そうして、更に深く、指を埋めて見せた。
「ん、ふ・・・」
指一本くらいなら、そこはたやすく飲み込んでしまうのは、ヒノミヤだってよく知っている。
しかしだ。
自分でするかよ、フツー
しかも、ローションの類もなしでだ。
「は・・・ン」
侵入った指が少し抜かれ、角度を変えて押し込まれる。
とたん、開かれた膝がひくりと跳ねて、濡れた唇から甘い喘ぎがこぼれた。
そのまま幾度か抜き差しすれば、ぎこちない動きがだんだんと滑らかになっていき。
突き出すように晒された腰はゆるゆると揺れ、一度、閉じられかけた膝は、しかし意味深な流し目と共に、元の通りに開かれた。
その脚の間のものは、わずかにだが、頭を上げ初めている。
「自分で弄って、勃ってんのかよ」
揶揄した声は、しかしみっともなく上擦っていた。
返った兵部の声は、やはり少し上擦り、しかしひどく艶やかだった。
「ん・・・だって、キモチイ・・・」
ぬる、と指が抜き出される。
てらてらと濡れた指先が淫美だ。
くわえていたものを抜き出されたそこは、すぐにつぷんと閉じてしまったけれど、ふっくらと綻んでいるのは、ヒノミヤの目にも明らかだった。
しかも兵部はその手をまた口元へ持って行き、ヒノミヤによく見えるようにと唾液をたっぷりと乗せた赤い舌を出して。濡れた人差し指の隣、中指をぺろりと舐めて見せた。
そっちの指も、入れる気だ。
そう、十分に期待させてから、その通りに。
「ん・・・っ」
指を二本咥えさせられたそこはいびつに歪み、しかし、柔軟にそれを飲み込んでいく。
「ぁ・・・・」
小さな喘ぎに、ぬちゅ、とやはり小さな水音が絡む。
銀色の頭がふるりと振られ、綺麗な眉がきゅう、と寄る。
抜き差しされれば赤い肉がわずかに覗き、いやらしさに拍車をかけていた。
「ん・・・」
しかも、兵部のものはすっかり勃ち上がり、ヒノミヤにすっかり裏筋を晒している。
正直、どっちも弄り倒しているヒノミヤだ。
でも、これは全然別格だ。
「こっちも、弄ってんの、見たいかい？」
伏せられていた瞳をゆるりと上げて、そう聞いてくるご主人様に、駄犬はソワソワと落ち着かない腰を浮かせて呟いた。
「見・・・てえけど」
そりゃあそんなんもちろん見たい。
オナニーする兵部超見たい。
でも。
「まだ、かよ」
それ以上に、ヒノミヤは兵部に触れたかった。
その、熟れた肌に触れて、キスして、そうして。
「まだ、待てだ」
しかし、ご主人様は意地悪だった。
きゅーん、と耳としっぽを垂らす（錯覚だ）駄犬をくつりとわらい、兵部はそこから指を抜き出して。
そうしてその指先で、自分のものの先端をくるりと撫でてヒノミヤを十分に期待させてから。
「よっ、と」
不意に、兵部は体を返して背にしていた枕を抱え込み、白い尻をヒノミヤに向けて高々と上げて見せた。
「っ、兵部！？」
自分からこんな格好して見せることなんて・・・ああ、俺をからかうために結構するな。
がっくりとうなだれつつ、目はしっかりと釘付けなヒノミヤの前で、兵部は楽しそうに自らの下肢へと手を伸ばす。
右の手は、指を三本、自分の中へ。
左の手は、ぎこちなく、立ち上がった自分のものへ。
中を弄る手の方が滑らかなのは、利き手だからだと信じたい。
・・・でも、自分のより俺の弄ってる方が巧い気がする・・・・・
それくらい、自身を扱う兵部の手はへたくそだった。
じれったいのか、くふんと鼻を鳴らして腰を振り、そのたびに、見える角度が変わってヒノミヤの頬が紅潮していく。
「おまえさ、いっつもこんなオナニーしてんの」
飛びかかってしまいそうなのを、なんとか堪えようとして声を出すと、枕に埋もれていた銀色の頭が少しだけ上がり、黒く、艶やかに濡れた瞳が斜めにヒノミヤを映した。
その色っぽさにくらくらする。
完っ全に逆効果だった。
「ばーか。なんでこの僕が自分で慰めなくちゃなんないんだよ」
ああそうですか。
完全に性癖はノーマルだったはずのヒノミヤを、ここまでのめり込ませた兵部だ。
確かにコイツなら、相手には事欠かないかも知れない。
「・・・なあ」
そのあんまり情けない声に、兵部は喉でくつくつと笑う。
同じベッドに乗っているのだ、ヒノミヤがもじもじと動くたび、その振動が伝わって凄く楽しい。
「しょうがない、な」
呟くと、びん、とベッドのスプリングが跳ねた。
それでもまだ飛びかかって来ないあたりに躾の成果を感じて、兵部はまた、楽しく笑う。
だから、無理な姿勢で振り返ったヒノミヤを、とろりと見上げて。
わざと舐めて濡らした唇から、その舌先を見せてやりつつ。
「・・・ヨシ」
言ったとたんに、腰を掴まれた。
どんだけ素早いんだよ、と思う間に、中に入れていた指を、手首を掴まれ引き抜かれる。
「ん・・・っ」
爪の先が中に引っかかって思わず呻き、しかしそれはすぐに、甘い悲鳴に置き変わった。
「あーーーーっ！」
こじ込まれたものはもう十分に滾っていて、熟れた肉襞を一気に擦る。
奥の奥まで征服される感覚に、前を弄っていた手で必死になってシーツに縋る。
「ば・・・か、がっつき過ぎ・・・・っ」
やっと絞り出した声に、被せるように喚き返された。
「あんだけ待たされたんだ、しょうがねえだろ！」
「い、あ、はぁ・・・んっ」
深いところから思い切りよく引き出され、それからまた、深々と貫かれる。
いきなりの激しさに、慌てた兵部がじたじたと暴れた。
「ばか、ちょっ、ま・・・・」
待て、と言おうとしていた唇を、ヒノミヤは強引にキスをして塞いだ。
また、『待て』なんてされたらたまらない。
「んっ、んっ、んん・・・っ」
掴まえていた手首を離した手で、銀色の頭をしっかりとホールドしてのキスだから、兵部の体が捻れて、中のものが変なところに当たった。
「ん、ふ、・・・ぅ！」
びく、と兵部の体がひきつる。
きゅう、とヒノミヤをくわえた中が締まって、イきそうになるのを慌てて堪える。
「っ、ここ、イイのか？」
じゅる、と唾液をこぼしながらキスを解いて、今度はその口腔に、髪の間から引き抜いた指を突っ込みながら、ヒノミヤが囁いた。
答えなんか聞くつもりはない。
一言でも発させてしまったら、アウトだ。
「むぁ・・・っ」
「ああ、イイんだな」
兵部が何を言いたいか、わかった上でそう言ってやると、ヒノミヤはいっそう激しく、組み敷いたご馳走を貪りだした。
あれだけ『待て』をさせられたのだ。
その分のご褒美をもらうのは、飼い犬の当然の権利だった。
「だから！待てって言っただろうが！」
「だからヨシまで待っただろ！」
正気を取り戻すなり念動力で枕をぶつけられ、ヒノミヤはすぐに怒鳴り返した。
ていうか、枕には精液がべったりと付いていた。
それが兵部の出したものだとわかっていたから、拭ったそれをべろりと舐めて、彼にもの凄く嫌な顔をさせてから、追い打つように畳みかける。
「だいたいおまえ、嫌なら逃げりゃいいだろうが！」
ヒノミヤのリミッターはオンのままだ。
高超度の彼の能力は、使いたい放題のはずなのに、それをしなかったということは、がっつり同意のはずなのだ。
しかし、当然のごとく兵部の怒りは収まらない。
「僕が、君から逃げるだと？」
地の底を這うような声に、なんでそこが地雷だよと天を仰いで、ヒノミヤは少し小さくなった声で答えた。
「ええと・・・逃げなくたって、俺のこと吹っ飛ばすくらい簡単だろ？」
こっちなら怒らないだろうと言い換えてみるも、今度は床に脱ぎ落としたブーツが顔面を直撃した。
相当痛かったが、ブーツより近くにあったサイドテーブルじゃなかっただけマシだろう。
「してる間は加減が利かないんだ。うっかり殺したら寝覚めが悪いだろうが！」
「・・・へえ」
ヒノミヤの声のトーンが変わった。
兵部にもはっきりとわかる、調子に乗った時の声だった。
実際、へらりと笑ったヒノミヤの顔は、まるで最中のように締まりがなくて。
「何だ！その変な顔は！？」
「変な顔で悪かったな」
とりあえず落ちたブーツを除けて、ぷりぷりと怒っている兵部を抱き寄せ、キスをする。
「うっかり殺したら、寝覚めが悪いくらいには気に入ってくれてんだ、俺のこと」
「・・・っ、調子に乗るな！」
がつん、と、今度はげんこつを頭上に落とされて。
それでも、ヒノミヤはへらへらと笑っていた。
『待て』のご褒美にオマケが付いて、ご機嫌な駄犬だった。