お義母さんといっしょ
アスランだって仕事をしているのだから、イザークたちが帰ってきても留守だということは稀にある。
彼には彼の仕事があるのだから、それに関して、イザークは何を言う気もないのだし。
「ああ、帰ってたのか・・・おかえり」
「逆だろう貴様。それからドアくらい閉めていけ」
「玄関は閉めて行ったぞ」
帰ってきた奥方が側を通り過ぎたとき、ふわりと香水の匂いなぞした日には、旦那様は目を丸くして、むしろ感心したように言ったのだ。
「ほう、貴様に女と遊ぶ甲斐性があったとはな」
「はぁ？あるわけないだろ」
そこで全否定ですか元隊長。
内心突っ込んだレイの代わりに、ご主人様の足に懐いたシンが、自慢げに胸を張って言った。
「大人の女の人の匂いだね！」
アスハみたいな子人は、こういうのしないんだよ！
うんうんそうだな、と、頷くイザークに、アスランは焦ったように弁解する。
「エザリア様のところへ行ってきたんだよ！」
「俺も行きたかったー！」
だってあのおばちゃん、お菓子くれるんだもん！
前にもらった美味しいお菓子を思い出し、ぶーぶー言う子わんこのアタマをひとつ撫で、イザークはフフンと笑った。
「この匂いはもっと若い女が付ける香水だろうが」
「なんでそんなことがわかるんだ、さてはおまえどこかで・・・」
「あほう！わからんでどうする！」
「俺はわからない！」
「威張るな！」
居間で掴み合いを始めてしまった二人の側に、今まで大人しく見物していたレイが、つと立って言った。
「隊長、確かにエザリア・ジュール元議員の匂いがするのですが」
「しかしこれは母上の使う香りじゃないぞ」
「だからなんでそう言い切れるんだ・・・」
いえ、そのお生まれで、お育ちで。わからない貴方も問題です。
アスランからほのかに香るのは、若い女性の好む華やかな香り。
それはレイにもちゃんとわかったので、友人の飼い主を見る目は自然とジト目になった。
真面目がとりえだと思ってたんだけどな、この人。
「・・・・そういえば、しばらく母上にご機嫌伺いをしていなかったな」
イザークがそう言って踵を返したとたん、アスランの顔色が変わった。
「待て！」
「フン、やはり貴様、後ろ暗いところがあるな」
「お前と一緒にするな！」
「俺がいつ、何をしたぁ！？」
ぎゃーぎゃー言いながら、結局母の家へ通信を繋げてしまったイザークに、アスランは後ろから蹴りを入れ、殴り返され。
「この・・・」
殴り返そうとしたところで、画像付きで通信が繋がってしまったので、ぐっと我慢して拳を収めた。
「貴方から連絡をくれるなんて、珍しいわね。」
あらわれた美しい人に、イザークは丁寧に礼を取る。
「ご無沙汰して申しわけありません、母上」
「仕方がないわ、忙しいんでしょう」
そうして、妙に機嫌の良い母の様子に、つと眉をひそめた。
何だ？
しかしそれを問いただす前に、エザリア・ジュールはにこにこと、「ちょっと待っていて」と席を立った。
イザークの後ろでは、アスランが何か言っているが、ジュール親子は気にしない。
「丁度良かったわ、イザークにも見せたかったのよ。画像は後でちゃんと送るけれど・・・」
「送らないでください！」
後ろでアスランがまだ何か言っている。
しかし、イザークは母親が画面の前で広げて見せた、プリントアウトと思しき紙切れに釘付けだ。
「キレイでしょう？」
それには、美しい女性の写真が印刷されていた。
くるぶしまでの赤いドレスと、同色の髪飾り。
色は派手だが装飾は少ない。細い肢体をより美しく際立たせるデザインは、以前、母がパーティーで着ていたもの。
しかし、それを纏うのは、藍色の髪の若い美人。
アスランから香る香水が、よく似合いそうな。
というか。
「貴様・・・アレで女装癖でもできたか？」
「違う！」
後ろでアスランは半泣きだ。
「クライン議員の誕生会のとき、着せてあげたものがあまりにも似合ったものだから。もっと着せてあげたくなったのよ。本当、アスラン君は何を着せても似合うから、少し嫉妬してしまうわね」
ディスプレイの向こうで、にっこり笑顔の母の姿。
お気に入りのドレスを駄目にしたことは、アスランの着せ替えで、もうすっかり忘れてくれたらしい。
「ほら、これもいいでしょう？」
次は、墨色のスーツだった。若い頃に着ていたものか、丈は短い。すらりと伸びた脚が、実に美しく映えている。
「やめてください・・・」
アスラン、本泣き。
更に。
「それにこれ、見て」
次に見せられた写真に、アスランはその場から逃げ出そうとして・・・イザークにがっちりと捕まえられた。
「綺麗でしょう？」
「はい」
写っていたのは、純白のドレスを着た、イザークの奥方様。
膨らんだ裾は、ふわふわのレース。腰は細く、しかし胸元はレースでふっくりと。
藍色の髪が、白いベールのすき間から、見え隠れするのも美しい。
そうして手には、ブーケまで持って。
「ねえ、貴方たちは結婚式はしないの？」
「だから、しませんと何度も！」
「・・・・考えておきます」
「イザーク！」
二人目の息子と娘を、いっぺんに手に入れた気分で、エザリア・ジュールはにっこりと笑う。
そうして。
「ああ、そういえば何の用事だったのかしら」
「いえ、コイツが母上の家で何か粗相をしなかったか、心配になっただけです」
「なら、心配いらないわ」
「そのようですね。失礼します」
「ええ、またね。アスランも」
「・・・はい」
アスランは、イザークに掴まれた腕だけを上げたまま、がっくりと座り込んでいる。
後ろで2匹の子わんこが、ほけっとブラックアウトしてしまった画面を眺めていて。
「アスランさん、キレーだった！」
シンはすかさず褒めちぎり、余計にアスランを落ち込ませ。
無言のレイは、この人は本当に何を着ても似合うなぁと感心していたのだけれど、その無言はアスランにはむしろイタくて。
更に。
「流石に母上も、ウェディングドレスは一着しかお持ちではないな。おいアスラン、今度の休みに、他に似合うのがないか探しに行くぞ」
「誰が行くか！！」
「ちゃんと結婚式をして、母上を安心させて差し上げねば」
「だから・・・なんで俺がウェディングドレスなんだ！」
「似合うからに決まってるだろうが！」
その後、ジュールさんご夫妻が結婚式をしたかどうかは定かではないけれど。
でも、ジュール隊長の書斎に、この後奥様のウエディングドレス姿の写真が、でっかい額の中に飾られていたのは、確かな話なのだった。