レイの苦手なもの
シンは子わんこです。
レイも、子わんこです。
今日は、お仕事お休みです。
お休みなので、お家のお庭で遊びます。
シンと、レイと、シンのご主人様の三人で、かくれんぼですｖ
「ああ、レイ、いた」
鬼のご主人様は、お庭を駆けずり回って、まず木の上で本を読んでいるレイを見つけました。
「猫みたいだな、お前」
そう言いながら、ほら、と、両手を出します。
どう見ても、ここに飛び降りろのサインです。
レイは、シンのご主人様が、ちょっとだけ苦手です。
昔、いっぱい意地悪したのに、全然なんとも思っていないニブニブなところが、怒りたいような謝りたいようなでもそれも悔しいような。そんな感じがして苦手です。
でも、うっかり登ってしまった木から降りるのは、子わんこのレイはもっと苦手だったので。
ぴょん、と、枝から飛び降りました。
シンのご主人様は、ぽん、と簡単にレイを受け止めて。
「さて、後はシンだな」
そう言ってあたりを見回しました。
ジュールさん家のお庭は、無駄に広いのです。
そう簡単には見つかりません。
でも、元隊長の腕の中、ちょっと居心地悪そうにしていたレイは、つい、と、この間植えたあじさいの茂みを指差しました。
花の終わったあじさいは、もっこもっことすごい勢いで茂っています。
そろそろ植木屋さんに切ってもらわなくちゃいけません。
「あの下に、入っていったように思うのですが」
「うーん、あそこは厄介だなぁ」
あじさいの茂みの下は、子わんこはもぐって行けますが、ずっと大きい元隊長は、覗き込むのがせいいっぱいです。
子わんこなんか見つかりません。
仕方がないので、元隊長は葉っぱをめくって、大きい声で言いました。
「シーン、ずるいぞ。俺が入っていけないところに隠れるのは、男前じゃないぞー！」
俺に教えてもらってるあなたは男前ですか。
レイは思いましたが、黙って自分を抱いたままだった腕から飛び降りました。
元隊長が、レイの言ったことをすぐに信じちゃったことに、やっぱりこの人苦手だと思いました。
「男前だもん！」
がっさがっさと、茂みをかき分ける音が近づいてきます。
レイは、一歩下がりました。
なんだか、ちょっと嫌な予感がしたからです。
「ずるくないもん！」
「う、わ、お前っ！」
シンのご主人様は、もっと下がります。
「どうしたんだそれ！」
「降参なら、またアスランさんが鬼だよ！」
「その前にそれ・・・取れーーっ！」
レイ、ため息。
あじさいの茂みから出てきた子わんこの、可愛いお耳にほっぺにアンヨに肩にお手々に。
体中、あっちこっちにでんでんむしがくっついちゃってます。
あ、なめくじもいる。
「ステニャ！」
それに気がついた子わんこは、大事に大事に、なめくじとでんでんむしを肉球の上に乗っけます。
どうも、茂みをかき分けているうちに、葉っぱのでんでんがくっついちゃったみたいです。
「・・・・シン。それ取らないと、おやつはやらないぞ」
でも、ご主人様は低―い声で言いました。
「えー」
シンは、びっくりしてご主人様を見上げました。
「なんでー！」
シン、抗議！
「なんででもだ！」
怒鳴ったご主人様は、申し訳無さそうにレイを見下ろしました。
「レイ、頼みがあるんだが。・・・取ってやってくれないか？」
レイ、ため息。
でも、仕方がありません。
レイも、でんでんむしだらけのお友達と、一緒におやつを食べるのはちょっとイヤです。
「シン、そいつらの分のおやつはないだろう」
仕方がないのでそう言って、背中についたでんでんむしを取ってあげました。
「そっかー」
シン、納得。
そうして子わんこたちは、あっちこっちにくっついたでんでんむしを、ちょこちょこと取って、あじさいの茂みに返してあげました。
「なんでレイの言うことは聞くんだろうな・・・」
でんでんむしを触りたくないご主人様は、後ろでなんだかぶつぶつ言っています。
それは、あなたが駄目過ぎるんでしょう。
レイは思いましたが、黙ってでんでんむしを取っていました。
また落ち込まれたら、うっとうしくてかないません。
「取ったよ。おやつ！」
最後の一匹を、尻尾の先から取ってもらったシンは、その子をそうっと葉っぱに乗せて、それからぴこぴこときれいになった尻尾を振りました。
今日のおやつは、プリンだって知ってます。
旦那様が、「おやつの時間まで開けるなよ」ってゆって、冷蔵庫に仕舞ったの、知ってます。
「その前に、シャワーを浴びようか。お前、ぬめぬめだぞ」
シンの頭を撫でたご主人様が、ビミョーな笑顔で言いました。
嫌な顔をしなかったのは、ちょっと偉かったです。
結局、シンだけじゃなくて、ご主人様もレイも、三人でシャワーを浴びてから、旦那様も一緒におやつを食べました。
シャワーを浴びた後のご主人様は、とってもいい匂いがするので、シンはぴったりご主人様にくっついて、ふんふんしながらおやつを食べました。
やっぱりいい匂いがするのでしょう。シンの逆側では、旦那様がくっついて偉そうにしています。
「暑苦しい・・・」
プリンを持ったままのご主人様は、そう呟いて、シンと旦那様に、ぶーぶー抗議されています。
贅沢者だなぁ、この人。と、レイは思いました。
やっぱりこの人苦手です。
「レイ、カラメルが余ってるんだが、もう少しかけないか？」
「オトナの味なんだよ！」
「お前はかけ過ぎだ！」
ほろ苦いカラメルの、たっぷりかかった甘いプリン。
レイはちょっと、これも苦手。
なんだか、シアワセみたいな味がしちゃうから、苦手。
「ム、美味くないか。何がまずい」
「いえ・・・おいしいです」
でも、ちょっとづつしか食べなかったら、旦那様に覗き込まれてしまいました。
「お前の舌は確かだからな。気がついたなら何でも言え」
「食べないんならくれよ！」
「人の分にまで手を出すな！」
シンとぎゃーぎゃーやってたご主人様が、不意にレイに声をかけます。
「レイには少し甘いんじゃないか？」
「やはりそうか」
「もっと甘い方がいいよ！」
「黙ってろ小僧！」
確かにレイは、ちょっと甘すぎるプリンは苦手。
「そうだ。砂糖減らして、シンのだけアイス乗せればいいんじゃないか？」
「アイス！」
「これ以上肥えさせるなと、何度言えばわかる貴様ぁ！」
騒がしいのも、苦手。
苦手、だけど。
「いえ。丁度いいです。強いて言えば、バニラビーンズが多いような・・・味よりも、香りが甘いです」
「そうか。なるほど」
「バニラアイス！」
「そうだな。バニラがいいな」
「やめろと言ってるだろうが！」
レイの苦手なものは、シンのご主人様と、甘いプリンと、騒がしいこと。
でも、今のレイにはこれくらいが丁度いいのかも知れません。