幸福と、後悔と
後悔はしないと決めている。
そんなもの、いちいちしていたらキリがない。
自分が、いろいろとやらかすタチだと知っているからなおさらだ。
しかし。
兵部は今、少しだけ後悔していた。
何故、あのとき気まぐれに、この「子供」の相手をしてしまったのかと。
何故、伸ばされた手を、振り払うなり冗談で流してやるなりしなかったのかと。
何故。
大きな手のひらに頬を包まれ、たっぷりとしたキスを受ける。
大嫌いなはずの他人の唾液が、何故だか、こんなにも、甘い。
夢中になってそれをすすれば、肉厚な舌が口腔内を余すところなく舐め回し、擦れる粘膜に陶然となった。
キスだけで、こんなにも、気持ちがいい。
しかしその先を知っている体は、もっともっとと先を急かし。
スーツの背中を掴んでしがみつけば、くらり、と平衡感覚が狂う感覚があって、とさり、とベッドに倒されていた。
ちいさく笑って口を開く。
「あんまりがっつくなよ」
「すみません」
がっついているのがどちらなのか、知れているというのに謝ると。
真木は兵部にのし掛かり、また、深いキスを寄越した。
しっかりとした筋肉で覆われた、骨太の体をいっぱいに感じながら受けるキスは、期待に、快感が倍加する。
ああ、早く。
この体を味わいたい。
しかし、彼は至極丁寧に兵部の服を脱がせ、晒した肌を撫でさすり、感じると知っている場所に、執拗に口づけを落としていくのだ。
「んっ・・・」
胸は、感じるところが多い。
赤くしこった頂を吸い上げられ、舌先でこねられて。
嫌々と首を振ると、今度は傷跡に舌を這わされる。
「そこ、やだって・・・」
「すみません」
謝りながらも、男はやめない。
醜い傷跡の、盛り上がりやへこみのひとつひとつに丁寧に舌先を絡ませ、そう思えばべろりと全体を舐め、やがて傷跡と健康な肌の境をきゅう、と吸ってきた。
「ん、やだ、や・・・」
肌を重ね始めたばかりの頃は、ただ癒すように触れていたそれは、今はそれだけではなくて。
ここで感じるようになったのは、この男のせいだと、兵部だけが知っている。
悶えながら腰をよじると、大きな手のひらが押さえ付けるように尻に触れた。
そのまま揉みしだかれれば、その奥の疼きは、いっそう激しいものになる。
「まぎ・・・」
思わず漏れた声は、あからさまに男に媚びたもの。
その声さえ、自身の性感に響いて身震いした。
「まだ、ですよ」
ちゅ、と頬に児戯のような口づけをされ、文句を言う前に両膝を掴まれ、開かれる。
強い男の前に急所をすべてを晒すその姿は、生存本能に直接訴える危機感と、それに伴う倒錯的な快感をもたらした。
しかも。
「っや・・・っ」
ぺちゃり、と、直接そこを舐められて、白い胸がひくりと反った。
「やだ、そこ、舐めんなっ」
しかし、兵部のその言葉はいつものことだ。
真木はかまわず、慣れない振りをして口をつぐむそこを、ゆっくりと開いて舐めとろかしていく。
「い、やっ、あ、ふぁ・・・っ」
大きな舌は不思議と器用だ。先を細くしてこじ込まれれば、兵部のそこは仕方なさそうな顔をしてそれを受け入れ、中までを舐められてしまえば、だらしなく口を開いてもっと寄越せと蠢きだす。
「んっ、んっ、んやぁっ！」
浮いた腰を押さえつけられ、仕上げとばかりに中の襞をぐるりと舐められて。
ずるりと舌を引き抜かれた頃合いには、兵部は半泣きになっていた。
「・・・はやく」
思わず漏れた声に、欲情しきった吐息が返る。
散々舐めねぶられて濡れたそこに当たった熱い息に、ふるりと身を震わせるも、それでも真木はまだ愛撫し足りないのか、ふるふると震える内腿に、執拗に吸い付いてくるから。
兵部は、力の入らないその腿で、その頭をきゅう、と挟み込んだ。
こんなサービスは、他でしたことがない。
真木にだけだ。
やっとそこから顔を上げてくれる気配に、足の力を緩めれば、すぐに熾火を灯した黒炭の瞳が見下ろしてきた。
その熱さに、ゾクゾクする。
更に、熱く、堅くなったものを太腿に押しつけられ、これに犯されるのだと思うと、期待に体の芯がずくずくと疼いた。
「もう、入れても？」
それでもなお聞いてくる男を、睨み上げる。
しかし、その眼光に射られた真木は、兵部がくだらないイタズラをした時のように、眉をひそめた。
「・・・あまり、可愛い顔をなさらないでください」
押さえが効かなくなります、と。
そう言われて、兵部はキレた。
「そんなん、してんじゃねえよ」
じったじったと暴れる脚に、礼儀上、いちど蹴られてから。
「すみません」
そう謝った真木は、兵部の見えないところでかちゃかちゃと音を立ててベルトを外し、自身を取り出して。
その脚を掴んで、再び押し開いた。
ああ、まずい。
こんなに高められた状態で、コレに貫かれると、それだけでイってしまう。
そう思って思わず引いた腰を、今度は強引に引き寄せられた。
さっきまでの、神妙な態度は何だ。
さっきまでの自分の欲しがりようも忘れて沸き上がった憤りは、しかし、次の瞬間すべて吹き飛んだ。
「あ、ああ・・・んっ！」
声を抑えるつもりなどない。
気持ちいいものは、気持ちいい。
大きなものにきつい肉を割られ、柔らかな襞をすり潰される快感に、兵部はたちまち達してしまう。
一息に奥まで押し込んだ真木は、可愛らしく勃たせたそれから、兵部が全て出し尽くしてしまうまで、そのままそこで待った後。
「ぃん・・・っ、ふ、あっ！あっ！やぁっ！！」
細い腰を押さえ込み、ただただ激しい動きで兵部の中を蹂躙した。
それが、兵部の好みだと知っているからだ。
ぐちゃぐちゃと、卑猥な音が耳から犯す。
深く深く突かれれば、息が止まって。
その苦しささえ、快感で。
このくらい乱暴な方がいい。
壊れるくらいに、して欲しい。
「くっ・・・」
「ひっ、ああ・・・っ！」
立て続けには出せない体が、それでも、真木の熱いものを注がれると同時にドライでイった後。
はぁはぁと息を整えて、知らず瞑っていた目を開けた兵部は、まだ荒い息を思わず飲んだ。
「・・・少佐」
自分を見下ろす黒炭の瞳は、それに疎い兵部にもわかる、明らかに『愛するものを見る目』だった。
その事実は兵部の背筋を甘くとろかせ。
そうして次の瞬間、ゾッと恐怖を駆け抜けさせた。
どうして。
どうして、こうなった。
兵部は、自分の子供たちには、皆幸せになって欲しいのだ。
特にこの長男には、ひどく苦労をかけたから、その願いもひとしおだ。
できるだけいい奥さんをもらって欲しいし、こう見えて小さな子供の相手も好きだから、自分の子供ができたなら、きっと、とても可愛がるだろう。
子供のいる幸福は、兵部もよく知っている。
それが血の繋がった子供なら、きっと、もっと可愛いのだろう。
しかし、自分にはそれを与えてやれない。
できるのは、血なまぐさい道の上に、できるだけ生きやすい世界を築いてやるのがせいぜいだ。
それなのに。
もう、自分はこの男を手放せない。
孤独を忘れさせてくれるあたたかな手。
体の芯からとろけそうな眼差し。
過去にすべてを置いてきたはずの自分が、確かに感じられる、いま。
「どうされました？」
ほろりとこぼれた涙を、節の立った指が軽く擦り。
それから、熱のこもった厚みのある舌が、ぺろりとそれを舐め取った。
「・・・ん」
軽くいらえて首を振り、心地よい舌から逃れた兵部は、ひどい努力をして、口の端をつり上げた。
「中で、出しやがって」
イったばかりの自分の中が、イったばかりの真木の精を、悦びに打ち震えながら味わっているのがよくわかる。
そこにきゅう、と力を込めれば、まだ固いそれが力を増した。
「こういうのが、お好きでしょう？」
「ふっ・・・」
互いに、これでは終われない。
再び動き出した真木を感じ、兵部の性感もまた高まる。
今度は一緒にイけそうだと、安堵しながら逞しい首に腕を絡め。
とたんに降ってくる口づけを、体の奥の快感とともに、味わう。
後悔はしないと決めている。
それでも、兵部は今、後悔せずにはいられない。
どこよりも安心できる腕の中。
それを得てしまった悲しみに、ちいさく嗚咽をこぼしながら。
至上の幸福を、噛みしめる。