幸福
兵部は、真木とのセックスが大好きだ。
「んっ、あ・・・・」
大きな手のひらに、全身をくまなく撫でられて。
肉厚の舌で、感じやすい胸の先をたっぷり、じっくりと姦られると、何もかもがもう、どうでもよくなってしまうほどに気持ちがいい。
何よりも。
快楽に夢中になっている間には、能力のコントロールが疎かになるものだから、透視もうと思わなくても、真木の想いが流れ込んできて、それがとても気持ちいいのだ。
頬に触れた指から流れ込んでくる愛情。
唇から唇へ、流し込まれるかのような恋情。
すり寄せるように合わされた胸から伝わるのは・・・言葉にはならない、ただ、兵部の全身を浸して余りある、甘くあたたかな感情。
そうして。
「もう、大丈夫ですか？」
その言葉にこくこくと頷いてやっと与えられる、どうしようもない熱量の、欲望。
こんなにも欲しがられていると、そう感じることは、どうしようもなく気持ちよくて。
「っ、あ・・・・・・っ」
それが、肉体に与えられている快楽なのか、精神に与えられているそれなのか、兵部にはもうわからない。
真木の熱いものに擦りたてられているのは、本来の用途を忘れ、淫らに熟れた肉体の襞か、それとも普段は隠している、心の柔らかいところにある襞か。
たぶん、両方だから。
それを考えることにも、意味がない。
「ま、ぎ、真木・・・・っ」
そう呼びながら、いつの間にか、自分よりもずっと大きくなってしまった背中にしがみつけば、あの大きな手のひらが、しっかりと腰を抱き支え。空を蹴った脚を、もう片方の手がぎゅっと掴まえて引き寄せる。
ぴたりと合わされた胸からは、ゼロ距離で彼の鼓動が聞こえた。
すっぽりと、包まれる感覚。
たまらなかった。
「・・・少佐」
「ーーーーーー！」
さらに、とどめのように名を呼ばれ、兵部は声もなく達していた。
同時に、熱いものが腹の中に満ちて。
それと共に流し込まれた想いの奔流に、意識ごと持っていかれた。
満たされる、ということを、兵部は真木に抱かれるようになって、初めて知ったのだ。
でも。
兵部の中には大きな穴が開いていて、そういうあたたかいものは、みんなそこからこぼれ落ちていってしまうのだ。
残るのは、憎しみや怒りやそんなものばかりで。
兵部の中には、何も、残らない。
ふわ、と意識が浮上して、でも、まだ眠いから目は開けない。
体は力強い腕にしっかりとホールドされていて、それは、行為の後にいつも、兵部の望むかたちだった。
体はすっかり綺麗にされていて、強いて言えば、真木と密着しているところが、少し汗ばんでいるくらいだろうか。
だからそれは、全く不快ではない。
むしろ、気持ちがよくて。
ああ、このまま死んでしまいたいなぁと、兵部は思った。
実際に流し込まれたものは処理されてしまっても、まだ体の芯には、満たされた感覚は残っている。
ぴったりとくっついた、大きな胸と太い腕がそれが逃げるのを防いでくれているようで、とてもとても気持ちがいい。
どうせ、長くはない命なのだ。このまま、ここで死んで何が悪い。
最近、少し、焦りがある。
未来はたぶん、兵部の・・・そうして、彼の少女の、望むとおりの方向へ進んでいる。
しかし、そちらへの不安が薄れるにつれ。
自分の役目の終わりを感じるにつれ、別の不安が浮かび上がるのだ。
ちょっと、長く生きすぎちゃったんだよなぁ。
そう思って、兵部はうっすらと目を開けた。
後ろから抱き抱えられているのだから、顔を見ることはできないけれど。
白いシーツに広がった漆黒の炭素繊維は、夜目にもはっきりと波打って見えた。
今、自分が死んでも、真木はもう３０だ。
こいつはきっと凄く引きずるから、次の相手なんて、すぐには見つけられないに違いない。
男の方が婚期が遅くても大丈夫とはいえ、だからそろそろリミットだと思うんだけどなぁ。
兵部は真木が大好きだから、幸せになって欲しいのだ。
たった一人では幸せになれないことを、兵部はもう知っている。
他でもない、この、自分を包む腕に教えられたのだ。
だから、真木にはちゃんと伴侶を見つけて欲しい。
そうして、幸せになって欲しい。
それに。
真木の子供、見たいなぁ。
男の子でも女の子でも、きっととっても可愛いに違いない。
黒髪も癖毛も優性遺伝だというから、きっと後ろから見たらそっくりな親子になるだろう。
母親も同じような念動能力系なら、子供に遺伝する可能性も高い。
なんかもうどうでもよくなってきている今となっては、もうノーマルに生まれてしまっても可愛いんだろうなとさえ思えてしまう。
見たい。
あやしたい。
抱きしめたい。
君の父親に、自分がどれだけ救われたのか。
君が、どれだけ望まれて生まれてきたのか、それを全部伝えたい。
でも。
自分の生きている間は、兵部はどうしたって、真木のことを手放せないのだ。
手放せなければ、彼は伴侶を見つけることが出来ない訳で。
子供だけ作ることはそう難しくはないけれど、たくさんの親のない子供を育ててきた兵部は、それはなんかイヤだなぁと思うから。
だから。
でも。
見たいなぁ。
「・・・少佐？」
「ん？」
ぼんやりと考えごとをしていたせいだろう。
声をかけられるまで、真木が目を覚ましていたことに気がつかなかった。
頬を撫でた指から今も伝わってくる、自分の肌に触れるとこの出来る悦び。
相当量の切なさを含むそれの当てられて、自分は恐らく、とても変な顔をしていたのだろう。
「何を、考えて？」
囁かれた声に、浅ましく体の芯を疼かせながら、兵部は首を傾げて小さく唸った。
「んー」
言おうか、言うまいか。
寝起きに余計なことを考えた頭はぼんやりとして、なんだか巧くまとまらない。
だから兵部は、あまり考えずに口を開いた。
元々が、深く考えるタチではないのだ。
「真木の子供、見たいなぁって」
一拍置いて。
兵部を抱いた真木の腕から、すう、と体温が引いた。
そのことに気づいていながら、兵部はぼんやりと柔らかな声で続けた。
「でも、僕が生きてるうちは無理だろう？」
触れていた手のひらに頬ずりして。
そこから染み入る、あたたかくて優しい感触に、どこか硬くて冷たいものが混じっていることを哀しく思いながら。
「でも、見たいなぁって思ったから、なんだかじたじたしただけだ」
このじたじたと、あの硬くて冷たいものは、たぶん同じものだ。
それは、もうどうしようもないことで。
この世界には、どうしようもないことがたくさんあると知っている兵部は、それを深くは考えない。
ただ、気持ちの良い手のひらを感じることに、意識を全部持っていった。
その、柔らかな頬を撫でながら。
真木は、そっとその銀色の髪に唇を寄せた。
こんなにも切ないことを、こんなにも子供じみた言いようで言う人は、うっとりと、気持ち良さげに目を閉じている。
父であり、兄であり、母であり、手の掛かる子供のようでもあり、そうしてかけがえのない恋人でもある。
自分の全てとさえ言えるこの愛しい人の、幸いを、思う。
子供を作るだけならそう難しくはないだろう。
しかしそれを、この人は許さない。
兵部が、子供たちに向ける愛情を。
それを与えられて育った真木は、よく知っている。
父親の代わり。
母親の代わり。
そのすべてを出来ないことを、彼が哀しく思っていることを、知っている。
気休めの虚言など、自分たちの間に必要ない。
見えない望みを与えることは、この人を更に疲弊させるだけだ。
だから、真木は。
ただ、愛情を込めて。
「そうですね」
ただ、それだけを囁いた。
「・・・・っ」
耳の奥に甘い響きを流し込まれたとたん、駆け抜けたそれが、何だったのかはわからない。
ただその一言で、兵部の背筋は甘く痺れ、そこからじんわりと広がった熱が、指の先まで行き渡った。
体の快楽と、心の快楽と。
それを区別しない兵部は、だからそれを、たまらない官能の波と受け取った。
「ば・・・っか、そんな声出すな」
首をよじって真木を見上げ、赤くなった頬を隠しもせずに。
「また、したくなっちまっただろ・・・・」
そんなことを言われたら、真木だってたまらない。
「少佐こそ、そんな声を出さないで下さい」
ただでさえ、腕の中の体が甘く匂い立ち始めているのを感じ取ってしまっているのに。
「また、したくなってしまいます」
「なんだ」
しかし、彼は兵部京介だった。
自身の幸せには全く興味がないくせに、目先の欲望や快楽には、ためらいもなく手を伸ばす。
「じゃあ、すればいいだろ」
そう言って、腕の中の体がくるりと回って。
目の前には、光のない闇色の瞳。
それが、ふいと近づいて、巧みなキスが落とされる。
抱いた背中には、銃弾の抜けた古い傷跡。
彼が失った翼の代わりに得た、生きる意味。
それを受け入れてしまったときから、真木の生きる意味も定まった。
ただ、この人のために、と。
口づけを深くしながら、愛しい肢体を組み伏せる。
それを甘んじて受けながら、彼の大切な人は、ただ、幸福そうに笑っていた。