左目が、痛い

永泉は、うつむきながら左大臣邸に向かっていた。

八葉。龍神の神子を守護し、京を守る者。

そんなちからは、私にはないのに。

それでも特別な用事がなければ、神子の元へ行かなければいけないから。

脚を引きずるように、土御門へと、向かう。

今日も怨霊と戦った。

怨霊は泰明が倒し、永泉は神子に回復符を使わせただけだった。

永泉は何の役にも立たなかった。

その帰り

「お前、左目はどうした。」

どきりとした。

「えっ、永泉さん怪我しちゃいました？」

「いいえ、神子。神子のおかげで、なんともありませんから・・・・」

「しかし・・・」

「なんともありません！・・・本当です。」

珍しく人の言葉をさえぎった永泉に、神子は少々驚いたようだったが、すぐに明るく笑って言った。

「永泉さんがそう言うなら、きっとそうなんでしょうね。・・・行きましょう、永泉さん、泰明さん。」

「・・・・・・・」

まだ納得していない泰明を、神子が引きずるように連れて行く。

その後姿を眩しく思いながら永泉は、その後を追った。

「永泉、左目をどうした。」

「・・・・・泰明殿」

神子と別れ、左大臣邸の庭先に２人。

やはり、希代の陰陽師をごまかしきることはできないのか。

必死に視線を右目に合わせ、演技を続けてきたというのに・・・

「これは、昔の傷なのです。」

「どのくらい見える」

「ほとんど・・・」

「そうか」

さっさと背中を見せる泰明を、永泉は慌てて引き止めた。

「・・・っ、泰明殿！何処へ・・・・」

「神子に報告しに行く。戦う上での不利は、知らせておかねば」

「やめてください！・・・・お願いです。」

「何故だ」

永泉は答えに窮した。

左目の失明は、兄と、ほんの少しの側近くにあった者しか知らないことだ。

告げることによって向けられる憐れみと蔑み、何よりその原因を問われることを、永泉はとても恐れていたから。

「あの・・・その、神子は役立たずな私にも回復符を使って下さいました。戦うのを止めて逃げようかとも仰って下さいました。そのような神子に、あの、このことを申し上げれば、きっと、その、私を戦いに出しては下さらなくなります。それは、天の玄武が欠けることと一緒なのではないでしょうか？」

苦しい言い訳だった。天の玄武・・・・自分が欠けたところで、何が変わるというのだろう。ただ、役目のことを出せば少しはまともに取り合ってもらえるかもしれないと思い、取り繕っただけなのだ。

しかし

「そうか」

永泉は拍子抜けした。

「や・・・・泰明殿？」

すたすたと歩み去る背中を呆然と見送ってしまった永泉に、泰明の表情のない声がかかる。

「何をしている。邪魔だろう。」

「は・・・・はい。あの、泰明殿」

泰明に追いつき、俯いたまま

「何だ」

「あの、このことは皆にも内密に願えないでしょうか？その、神子に話してしまわないとも限りませんし・・・・」

「しかし共に戦うには知らぬでは済まぬだろう。」

「泰明殿も、今までお気付きにならなかったでしょう？私は・・・その、こういうことは向いていないので、片方見えなくてもあまり変わりはないのです。」

「・・・そうか」

取りあえず難の去ったことに、永泉は深く御仏に感謝した。

何故、あの説明で泰明が納得したのかはまったく解らなかったけれど。

「永泉様、ご機嫌、麗しゅう。」

御室寺へ帰り着くと、橘友雅が待っていた。

「今朝、会ったばかりではありませんか。」

しとやかに笑う永泉に、友雅は帝からだと文を手渡した。

「最近、姿が見られなくて寂しいと仰られていましたよ。」

「兄上が・・・・」

開いた文にも、慣れない務めにつく弟を、心配する内容が綴られていた。

間違いなく、自分を思いやってくれている人のことをへの返事をしたため、友雅に渡す。

「どうなさいました？」

するりと頬を撫でられ、髪へ指を差し込まれた。優しい慰撫と侍従に溶けた男の匂いに、深く息をつく。見ずともわかる、友雅はすべてを見通したような眼差しで自分を見ているに違いない。永泉は観念して口を開いた。

「泰明殿が、左目をどうしたのか、と。・・・・一応、口止めはしたつもりなのですが・・・。」

永泉は誰に対しても強くは出ないが、泰明に対しては更に輪をかけて弱い。それを知っている友雅は、艶やかにわらった。

「では、私からも釘を刺しておきましょう。・・・大丈夫ですよ、永泉様。」

「はい・・・お願い、します・・・。」

もう一度、柔らかく頬を撫でられ、友雅のぬくもりが離れてゆく。永泉はとっさに袖を掴んで引き止めた。

「友雅殿・・・・兄上は、返事を、今夜中にと？」

「いいえ」

「では、その、友雅殿は・・・・」

「今夜は、何処にも約束はありませんよ。」

言って友雅は、永泉を柔らかく抱きしめた。

「泰明殿は、真っ直ぐ前しか見られない人ですからね、お辛かったでしょう。」

誰かに優しくしてほしいと思っても、それを口に出すことが許されない環境にいた永泉は、いまだに甘えることに不器用だった。このようにしか言えなくて小さくふるえている少年は、あからさまに甘えてくる女たちよりもよほど可愛らしい。

友雅は、永泉の腰を抱き支え、そっと部屋の奥へと促した。

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