怖かった

 

肉を断つ感触

断たれる痛み

血に濡れた背中

 

錆びた鉄の匂いに、溺れる

 

今までいた、暖かな日溜りとは、まったく違う

冷たく錆びた闇の中

 

変わらなければ、生きていけない

でも

変わっていくのは、怖かった

 

 

変わらないものが、欲しかった

 

 

 

 

 

「キスをしようよ」

だから、言った

 

変わらない十兵衛

この闇の中で、たった一つだけ、日溜りの匂いがする彼

彼が欲しい

 

彼の、自分に対する感情が、友情だけでないことに気付いたのは、無限城(ここ)に来てからだった。

家で、ぬくぬくと暮らしていた頃ならば、絶対に気が付かなかっただろう。

気が付いてしまうように、変わってしまった自分。

それに気付かずに、変わらず守ろうとしてくれる十兵衛

 

彼を利用しようと、そんなことを考える、変わってしまった自分

 

お願い、気付いて。

騙されないで。

 

僕は、キミに恋なんかしていない。

 

 

 

「十兵衛、キスをしようよ」

彼は、暫しうろたえた後、花月の望みを叶えてくれた

 

そのときの気持ちを、どう言ったらいいのだろう

かなしみも恐怖もいたみも後ろめたさも欲望さえも

全部がぜんぶ、吹っ飛んだ

全部がぜんぶ、どうでも良くなるような幸福

変わらない、日溜りの腕

もう、手放したくはない

 

 

「十兵衛は、どこにも行かないよね」

 

お願い、気づかないで。

僕に、騙されて。

きっと、キミはもう、僕の側にいちゃいけないんだけど

もっと、僕を幸福(しあわせ)にして

 

 

「ああ。どこにも行かない。オレは、お前を守るためにこの世に生を受けたのだから」

その言葉に、もう古風だね、と笑うことはできなかった

 

 

気付かなかった十兵衛。

騙されてしまった十兵衛。

 

キミがそんなだから

 

だから

僕は、生きていける