君の指に、銀の指輪 １
「あーっ！アスランさん指輪してるー！」
朝一で、おはようよりも先にそう叫ばれて、アスランは眉を顰めつつ、その銀色の指輪のはまった指で、広げていた新聞を畳んだ。
「おはよう。・・・昨日の夕食の時もしてたぞ」
「ええっ！気が付かなかった」
見せて見せて、と寝起きの熱い指に手を取られて、息のかかる位置でしげしげと眺められる。
赤い瞳に、彼のくれた指輪のはまった指を見られるのがなんとなくこそばゆく、アスランは「もういいだろ」とシンの手の中から、自分の指を引っこ抜いた。
それを惜しそうに見送って、それからシンは、アスランの瞳の方をのぞき込んだ。
「なんでしてくれてるんですか？・・・てゆーか、なんでしてくんなかったんですか！」
「・・・指輪して仕事できないって言っただろ」
なんとなく視線を送ったシンの指には、揃いの指輪がずっとはまっている。
重機オペレーターをしている彼には、特に問題にはならないらしかった。
「じゃあなんでしてくれてんの」
「今日は休みだろ」
「休みだってしてくれてなかったじゃん！」
「・・・・・・」
ここで、正直に説明するか否か。
いやでも、なんだか面倒くさいし。
悩み始めたとたんに、びし！とアスランを指さして、シンが高々と声を上げた。
「ああ！アンタなんか隠してる！」
・・・なんでわかるんだ。
自分が、シンにすらわかってしまうほど、隠し事のできない質であるという自覚のないアスランは、なんとなくむっとしながら立ち上がる。
「人を指さすな、人を」
そうしてコーヒーを入れ始めたアスランの背中に張り付いて、シンは朝っぱらから騒ぎ立てる。
「何隠してんですか！言えってば！」
「危ないなお前、こぼずぞ」
実際、コーヒーメーカーに入れようとした水を丁度前に回ってきたシンのパジャマにこぼしてしまい、アスランはさっきシンにされたように、びし！と洗面所を指さして言った。
「とにかく顔を洗って着替えて来い！」
シンはふくれたまま、それでも犬のように従った。
変なところでうるさいアスランは、朝の洗顔と食後の歯磨きだけは、しないと絶対に許さないのだ。
「あげてすぐなくしたぁ！？」
朝食のトーストを吹きつつ叫ぶと、即座にゲンコが落ちてきた。
「汚い！」
「・・・っ！それどこじゃねえだろ！」
負けずにシンが言うと、さすがに悪いと思ったのだろう、アスランはゲンコを引っ込めた。
「仕方がないだろう、仕事で普段はつけられないんだ」
でも言い訳付きだった。
確かに、手元で結構パワーのある電動工具を扱うマイクロユニット作家の仕事では、指輪をつけていたら危ないのかも知れないが。
「だからって・・・すぐ？マジで？？」
食い下がったシンに、アスランは偉そうに言った。
「でもすぐ出てきたんだ」
「すぐっていつ」
「オーブの復興祭前くらいに」
掃除をしたら出てきた、と言われて、シンは頭の中でカレンダーを広げた。
復興祭って、毎年やってる建国祭とは違うだろう。
だったら。
「それ一年くらい経ってんだろ！」
突っ込むと、アスランバツが悪そうにそっぽを向いてトーストをかじった。
なんでこの人こうなんだ。
なんで、このヒトこうなんだよ。
シンは、ちょっと泣きたくなった。
今朝。
いつもより遅い朝の光の中で、いつもキレイなアスランの指に、自分があげた指輪がはまっているのを見つけたときには、しあわせでいっぱいだったのに。
「・・・どこにあったんだよ」
もの凄く恨みがましい声が出た。
もの凄く恨みがましい上目遣いから、アスランはまた、目をそらした。
「引き出しの奥。鍵がかかる方の」
「アンタ・・・」
「なくしたらいけないと思ったんだ」
あげた時のケースに入ったまま、鍵のかかる机の引き出しの奥から出てきたと言われると、シンもなかなか怒りきれない。
大事にしようって気はあったんだよな。この人なりに。
なんか、ちょっと行きすぎただけで。
ちょっと気分が上向いて、シンは最後のトーストを飲み込んで、コーヒーをすする。
アスランが淹れるコーヒーは、シンの好みよりちょっと濃いのだけれど、朝に飲むには、これっくらいが丁度いい。
「でもなんで、見つけてすぐしなかったんだよ」
「いや・・・・」
それでも文句言ってやると、アスランはまた言葉を濁した。
どうせ、バツが悪かったとかそういうことだろうと踏んで、シンは軽く後を続けた。
「じゃあなんで、昨日っからしてくれてたの」
なんで気がつかなかったかな、俺。
・・・ああ、明日休みだから、ヤりたいな、ヤらせてくれるかなで頭いっぱいだったんだ。
でも、シた時は指輪してなかったよなぁ。
わかりやすくもちょっと情けない理由が見つかって、シンはちょっと苦笑いした。
だから、アスランの呟きのニュアンスを、一瞬受け取り損なった。
「したいなって、思ったんだ」
「？」
マグカップに口をつけたまま小首を傾げるシンをちらりとだけ見て、アスランは、残ったトーストを、ずいとシンの方に押しやった。
「しても、いいのかなって、思ったんだ」
・・・ええと、それって。
「アスランさん」
「これやる」
「ありがとうございます。・・・じゃなくて」
一瞬、もらったトーストに意識が行きかけて、いやいや違うだろ、と、シンは思考をアスランへ戻す。
『しても、いいのかなって』
してもいいって。
素直に思わなかったのは、たぶん、一回なくしてバツが悪かったとかじゃなくて。
気がつけば、もうずいぶん高い日の光に陰る緑の瞳が、じいっとシンを見下ろしていた。
見ていると、胸がきゅーっとして。
ぎゅーっと、抱きしめてあげたいなとシンは思った。
「俺、して欲しくってそれあげたんですけど」
「・・・・・」
アスランは、また、そっぽを向いた。
テーブルの上に置かれた指に光る、銀色の輪が、シンのキレイな恋人を、もっとキレイに見せていた。
「それでも、してもいいのかなって。・・・思うだろ？」
「思うなよ！・・・ったくもー！」
もらったトーストを一口で飲み込む。
なんでこの人、バターの上に更にジャムを塗るのかよくわかんない。
バターの上ならハチミツだろ！
なんでこのヒト、こんなにめんどくさいのかよくわかんない。
わかんないけど、惚れちゃったんだからしょうがない！
シンはがたんと立ち上がり、テーブルを回ってアスランの隣に立った。
そうして、逸らした視線の前に立たれて、ちょっと不満そうなアスランを、ぎゅっと。
ぎゅーっと、抱きしめた。
「思うなよ。ったく」
言った言葉は伝わったろうか。
アスランは、いつものように上手にシンの腕から抜け出して。
そうして、キスをしてくれた。
朝ご飯味のキス。
絡めた指に、堅い指輪の感触。
ああ、幸せだなぁと、シンは思った。