君の傷、俺のキス ２
アスランの傷跡は、シンの思っていたものよりも、ずっと酷いものだった。
「・・・ごめんなさい」
「お前が素直だと、なんだか気持ちが悪いな」
「なんですか、それ」
言い合う言葉は、以前とまったく変わらない。
それでも、酷く穏やかに感じられるのは何故だろう。
すべて、曝された体に走る傷をたどり、肩まで行き着くと、アスランは緩く首を振った。
「そこは、お前じゃない」
「うん・・・」
「そこもだ。だから、気にするな」
そっと触れた腕の傷は、古いものの上に新しく重なった跡がある。
わかり易い嘘に、ちょっとムッとして、そこには噛み付くように、口付ける。
ムカつくと思って、でももの凄く気になって、認めてもらえると嬉しくて、だから裏切られたと思った時は、本当に本当に悔しくて。
討ったと、思った時には。
自分の中が、ひっくり返ったみたいな気がした。
そんな人が、自分の下で、こうしてすべてを開いていてくれる、不思議。
「はっ、ぁ・・・」
胸の先端を弄れば、上がる声。
初めてじゃないんだろうな、と、なんとなく、わかる。
なんだか少し、悔しい。
だから、そこに吸い付いて。
もっと、声を上げさせて。
「んっ・・・シン、お前・・・・」
尖った膝が、きゅっとシンの体を挟む。
その間で立ち上がり始めたものに気がついて、シンはそこに唇を近づけた。
「あっ・・・こら、シン、それは・・・・」
「んっ」
手を掛けた腿にも、大きな裂傷。そこを、そっと撫でながら。
「やめろ。も、う」
口の中の熱いもの。
この人の、熱。
思わずきつく吸い付いて、震えが舌に伝わって。出るな、とわかっても、口を離す気にはなれなくて。
「っ！・・・・この、馬鹿」
口の中に溢れたものの、そのねっとりとした濃さに、シンは思わず笑みをこぼした。
「溜まってました？」
「忙しかったんだよ・・・・って、飲んだのかお前！」
がばりと起き上がったアスランは、真っ赤な顔をしていて、こくりと頷くと、もっと赤くなった。可愛い。
「ねえ、後ろもいいですか？」
「あ・・・あ」
口元に手を添えて、視線を合わさずに答えるのは、きっとハズカシイから。
それでも、目の前の傷だらけの体が、ふる、と震えて、片足を引き上げるようにして、そこを曝してくれるから。
シンは、そこに唇を寄せて。
そうしたら。
「何やってるんだ、おまっ・・・！」
踵で背中をがしがしと蹴られてしまった。
「痛った・・・だって、濡らさないと！」
背中を襲う強い力が、なんだか嬉しいのは黙っておく。
「だからって舐めるな！」
また、蹴られそうになって、慌てて避ける。
「わかりましたよ。舐めなきゃいいんでしょう」
しかたないな、と呟いて、シンは少し考えてから、自分の指をぺろりと舐めて、そこにぎゅーっと突っ込んでみた。
「あっ、は・・・」
「うわ」
その人の中は、ずるりとシンの指を飲み込んでしまう。
熱い襞がゆるりと絡むのに、でも入り口だけきゅうきゅうときつくて。
「あんたの中、すっげ、やらしい」
「何を・・・バカなこと・・・・」
かすれた声で言う人の、ほんのり赤らんだ目元。色っぽい。
「だって」
だって、すごくゾクゾクする。
性急に指を動かせば、中も動いて、アスランの腰も揺れ動く。
「あ、やっ・・・」
「気持ちいい？」
「聞くな・・・っ、あっ」
消え入りそうな声が、あえぎに飲まれて。
シンの熱も、上がっていく。
「ねえ、もう、我慢できない・・・」
呟いたシンの髪に、つい、と伸ばした指を絡め、アスランはこくこくと頷いた。
アスランも、もう、我慢できない。
シンが、欲しい。
すぐにもらえた了解に、喜んだシンは飛びついた。
生々しい傷跡の無残な、しなやかな脚を抱き上げて。
柔かくほどけたそこに、自分自身を押し付けて。
「あ、ああっ・・・・」
押し入ったのは、気持ちいい、気持ちいいアスランの中。
「シ、ン・・・」
呼ばれて、たまらず抱きしめる。
ああ。
腕の中、いっぱいに。
びくびくと震える熱いからだ。
上がる声はたまらなく熱くて、うごめく中は更に熱い。
そうして。もっと熱い腕が。
ぎゅうっと、シンを抱きしめてくれる。
ああ、このひと、生きてる。
不意に、その実感が胸に落ちた。
そうして、シンの中に開いた穴に、すとん、と、収まる。
このひと、生きてる。
それは、泣きたいほどの安堵だった。
やっと安心できたシンは、改めて、腕に抱いたその人を見下ろした。
綺麗な翠は閉ざされていたけれど、それを覆う目蓋が、赤く染まって、長い睫がふるふる震えて、凄く綺麗だ。
喘ぐ唇。思わずそこに、キスをして。
「んっ・・・ふ・・・・」
額の傷、喉もとの傷。
縋りつく腕の、肩の傷。
シンが付けたものも、そうでないものも。
この傷のひとつひとつまで、この人を愛してる。
その気持ちは、アスランが生きているという実感と共に、シンの中に染み透り。
シンを、幸せにする。
「アスラン、さん・・・・」
呼ぶと。
閉じられていた目蓋が開いて。
とろりと濡れた瞳が、艶やかに瞬いて。
まっすぐに、シンを映して。
「シ、ン」
そう言って、アスランは幸せそうに笑った。
だから、シンももっと幸せになる。
「アスランさん、大好き」
言うと、引き寄せられて、キスをもらった。
凄く、すごく嬉しい。
だから、シンもキスをした。
幸せのキス。気持ちいい。
「シン、もう、あっ・・・」
突き上げるたびに身を跳ねさせていたアスランが、やがて、切羽詰った泣き声を上げ始めた。
「はい・・・っ」
本当は、もっと、ずっと繋がっていたかったけれど、シンも、もう限界だったから。
抱き合って、キスをして。
繋がったところから、お互いで、いっぱいになって。
「は、ん、シンっ」
「アスランさん、アスランさんっ」
ふたりで迎えた絶頂は、やっぱり、とってもシアワセだった。
「アスランさん、俺、あんたのことが好きです」
「・・・・嬉しいよ」
「ほんと？」
「ああ、本当だ」
繋がりをほどいても、手放し難くて。ぎゅうぎゅうと抱きしめた人に、そんなことを言ってもらえる幸福。
だから、シンはもう一度アスランに乗り上がって。
何度も何度もキスをして。
でも、その人はなんだかぐったりとしたままで、あんまり応えてくれなかった。
「あの、アスランさん、大丈夫ですか・・・？」
俺、やり過ぎちゃったかな。
心配になって、緩く閉じた目蓋に、そっと触れる。
「いや・・・すまない、ちょっと」
心なしか青い顔をしたアスランは、目も開けないままにそれでも抱き合ったシンの背を撫でてくれた。
「空腹でシたから、気持ち悪・・・・」
「うわ、あの、すみませんっ！」
シンは飛び上がって、慌てて放りっぱなしになっていたトレイを取りに立った。
「あ、でも気持ち悪いんじゃ、これ食べられます？何か、食べやすい物でも・・・」
「いや、俺がそれをすると、また余計な心配をかけるから」
「あんたがするとって、・・・あ」
とたん、曇った少年の顔に、しまったと思う。でも。
「だから、大丈夫だよ。・・・それ、よこせ」
「・・・はい」
ベッドの上、二人で。もそもそとサンドイッチを食べた。
なんだか変で、でも、少しくすぐったい心地。
「子供じゃないんだから、こぼすなよ・・・」
「どうせ、このシーツ取替えでしょう？」
「どうだろう・・・物資が足りないから、換えをくれるかな」
「そんなギリギリでやってるんですか？」
「ＡＡは正式にオーブ艦なんだが、エターナルはゲリラとそう変わらないから。・・・ああそうか、キラにＡＡから持ってきてもらえば・・・」
「誰ですか、キラって」
「幼馴染だよ。・・・・そうだな」
どうでもいいような会話に、なんだかシアワセに浸っていたシンに、アスランはサンドイッチを持ったまま、ふわりと笑う。
「・・・お前に話したいことが、たくさんあるんだ」
キラのこと、カガリのこと、ラクスのこと。
今回の戦争のこと、先の大戦のこと、更に、その前のこと。
俺を好きだと言ってくれる君に。
今度こそ、ちゃんと。
「俺も、です」
サンドイッチを咥えたまま、シンはこくりと頷く。
シンも、聞きたかった。
何度も触れた体には、確かにシンとの戦いで負った傷も多かったけれど、古い傷もたくさんあった。
その傷の話をして欲しい。
あんたが受けた傷を、ぜんぶ、知りたい。
ぜんぶ、癒してあげたい。
カラダの傷も、ココロの傷も、ぜんぶ。
「お前も、話してくれるよな」
君の傷も。
「はい」
俺の、傷も。
自然と、身を寄せ合って。
シンは慌てて、口の中のパンを飲み込んだ。
触れた、唇。
やさしいキス。
互いのそれで、きっと傷は、癒えるのだろう。