君のいる世界 ２
「シン、ジャスティスでザフトの撤退状況を見てきてくれないか。レーダーは右上のモニタで、でも操作は左のコンソールだから、少し扱いづらいと思うんだが・・・」
その胸で散々シンを泣かせてくれたアスランは、今は起き上がって毛布に包まれたまま、岩場に寄りかかっている。
焚き火で湯を沸かして、ジャスティスに乗っていたサバイバルパックの中にあったスープを作ると、どうもそれはアスランの好みに合わせられていたらしく、彼はひどく喜んだ。
こんな時でなければ、シンだって喜びたかった。
「・・・俺が、これに乗って逃げるって、思わないんですか」
シンは、ごん、とジャスティスのリフターを殴る。
もちろん、そんなことでこの機体がびくともするはずがないのだけれど。
「お前が、この力を正しくふるってくれるのなら、それでもかまわないけどな」
それならラクスも怒らないだろう、との呟きに首を傾げ。
「でも俺、何が正しいかなんてわかりませんよ」
アスランたちが、議長に対して抱いている懸念の話は、彼の腕の中で、聞いた。
それでも、やはりシンは議長の言葉が正しく聞こえ、しかしアスランの言葉も間違っていないと、心の奥底、本能のようなものが囁く。
「そうだな・・・・」
そう言ってアスランが目を閉じてしまったので、シンは心配になって彼の顔を覗き込んだ。
もうすっかり日も暮れて、焚き火の日だけが頼り。
踊る火の、刻々と形を変える影が端正な頬に落ちて、キレイだ。
そのまま何をしたかったのか忘れて見とれていると、不意に翠の瞳が開いた。
「シン、現状確認」
「あんたが俺の前にいます」
思わず出た言葉に、アスランは深くため息をついた。
呆れられた、と少しむくれ、それでもシンは彼の言葉に従って、赤い機体・・・ジャスティスに上がって行く。
それは、確かに扱いづらい機体だった。
MSの作りなど、どれも同じはずなのだが、モニタや操作盤が、何故こんなところに？というような位置にある。
こんなのに乗って大丈夫なのかと他人事ながら思ったが、しかしそれは、逆にアスランの扱い易いように作られたせいではないかと思い至った。
そう、これはアスランのための機体。
先の大戦、フリーダムと共に停戦のために戦ったジャスティス。
「こんなのに乗れるわけないだろ」
呟いて、シンはその機体を降りた。
「付近に機影なし。ザフトの撤退は完了しているみたいです。ちぇ、俺、見捨てられたかな」
「ギリギリとはいえオーブ領海内だ。仕方ないだろう」
言ったアスランが、シンにスープを差し出す。
そんな体で動くなよ、と思ったが、それも何だかこの人らしくて、有り難く受け取ることにした。
「でも、あんたが領海の外に落ちても、なんか拾いに来てもらえそうな気がする・・・」
あの通信の、必死な声。
あの声の主は、きっとどんなところへでも、アスランを助けに来るだろう。
「そう、かも知れない」
それを否定しないアスランを、羨ましく思う。
でもあいつら、この人がこんな怪我してるの知ってて、放っといてるんじゃないか。
しかし、それさえも彼らのアスランへの信頼に思えて、シンは悔しくなった。
今、彼と自分は敵なのに。
そんなこと、思っても仕方がないのに。
シンが頭を垂れると、頭の上のほうからアスランの声がした。
「でも、そうだな。なら、俺が拾いに行ってやるから」
そうして、ふわふわと頭を撫でられる。
慈しむような、励ますような、そんな、やさしい力で。
シンはは、また、泣きたくなる。
「あんた・・・敵、の、くせに」
「でも俺は、お前の敵であるつもりはないよ」
「なんで・・・」
「なんでって」
髪をくぐる、アスランの指。
さらさらと、心地よい感触。
それに、少し、力がこもって。
シンの頭を、抱き寄せて。
「アークエンジェルにいても、オーブにいても、思い出すのはお前のことばかりだった。どうしてわかり合えなかったのか、どうして守れなかったのか、そんなことばかり、考えていた」
「なんで」
「何故だろうな。・・・たぶん、お前が俺に似ているからだよ」
傷だらけの人の、薬の匂いのする胸。わずかに混じる甘さは、この人自身の肌の匂いか。
シンの頭を抱いた腕にも、包帯。
こんなの。
「ぜんぜん、似てないですよ」
自分なら、こんなときに他人をようなことはしない。できない。
「いや、似ているよ・・・。例えば、そうだな。欲しいものが、同じだ」
軍へ志願した動機。力への執着。いろいろなところが、似ているけれど。
いちばん似ているのは、きっと、そこ。
「大切な人たちが・・・・」
幸せに、生きていける、世界。
「ああ」
頷いたアスランを見上げる。
翠色の瞳が、見たこともないほどやさしく、シンを映していた。
いや、もしかしたら。
彼はずっと、こんな目をしてシンを見ていてくれたのではないだろうか・・・・
そう思うと、また、涙が出てきて。
不思議な衝動が、シンを満たしていた。
傷ついた体に負担をかけないように、それでも、ぬくもりを分かち合える距離を離さないように、体を、起こして。
わずかに開く、緩く息をついていた唇に、自分のそれを押し付けた。
「？」
触れるだけのキスに、その人は軽く首を傾げる。
わずかに感じた落胆と、大きな安堵。
嫌がられていない。けど、たぶん、犬に舐められたくらいにしか思っていない。
だからシンは、変わらず静かな色をたたえる瞳を覗き込み、今のキスで気がついたことを、口にする。
「俺、大切な人、決めました」
「ん？」
喉から洩れた短い声を、気持ちいいと思う。
焚き火にちらちらと光る前髪が、キレイだと、思う。
つまりは、そういうことなんだ。
「大切な人たちが、幸せに生きていける世界、でしょ？だったら、そこには大切な人がいなきゃ」
「そうだな」
頷く仕草、柔らかな笑顔。
「だから俺、あんたのこと守ります。あんたが幸せに生きていける、そんな世界のために、戦います」
「シ、ン・・・・」
今度こそ、驚いてくれたアスランの表情。
キレイで、可愛い。
そして、愛おしい。
「あんたのこと好きだから、あんたのこと、守ります。ダメですか？」
勢い込んで言った言葉が、たぶん、正解だとシンは思った。
難しく考えるのは、苦手だ。こうして思ったことが、いちばん正しい。
そうすると、アスランは微笑って、またふわふわと頭を撫でてくれた。
「なら、まずは何が正しいか、自分でちゃんと考えてくれ」
ヤブヘビだった。でも嬉しい。
それは、たぶん。
シンの気持ちを、受け入れてくれるということ。
「それから・・・俺の守りたいものは、お前だけじゃない。キラも、カガリも。オーブも、地球も、プラントも・・・それでも、いいのか？」
なんてワールドワイドな人だ。
でも、この際かまわない。
ぶんぶんと頷くと、アスランは笑ってキスしてくれた。
好きな人からの、キス。
ドキドキする。
彼の、包帯越しの胸からも、確かな鼓動が伝わって、嬉しい。
そのまま、深く抱きしめる。
感じる体温、傷のせいで少し熱があるから、体温の高いシンがすり寄っても、あったかい。
・・・・そう、傷が、あるから。
ヤバイ状況に陥りそうになり、シンは慌てて体を離した。
不思議そうなアスランの瞳に更に慌て、その彼に得心したように頷かれて、もっと慌てた。
「別に、かまわないぞ」
「かまわな・・・・って」
経験あるんだろうか。
あるんだろうな。こんな簡単に言うんだから。
「だって、傷・・・・」
「これくらい平気だ」
これくらい、という傷ではない。
それでも。
それでも。
アスランは、キレイに笑っていて。
シンは、もっとドキドキして。
気づいたばかりの恋に、わずかなためらいは、溶けて、消えた。
それは、昼間触れたばかりの肌だった。
あの時は、手当てに一生懸命で気がつかなかったけれど。
それは、とてもキレイな肌だった。
シンが自分で巻いた包帯に遮られ、触れられる場所が少なくて悔しく思いながら。それでも触れられる場所にはすべて、キスをした。
「ん、シ、ン・・・・」
相変わらず、地べたに敷いた毛布の上だ。ジャスティスの陰、時折、焚き火がはぜる。
「アスラン・・・」
ゆらゆら揺れるその光に照らされた肢体は、細いけれども確かにシンより大きな男のもので、しかも包帯でぐるぐるなのに。
それにこんなに欲情する自分が、不思議だった。
足を開かせても、大人しく従う体。さりげなく腰を上げるさまに慣れを見て、悔しく思う反面、その動きの醸し出す艶に、呑まれる。
思わず生唾を飲みつつ、足の間、シンと同じものにも触れてみた。
「あ・・・」
艶やかな声が洩れて、慌てたように唇が噛み締められる。
「声、聞きたい。聞かせてください」
そのまま自分でするように指を絡めれば、上がっていく息。
「ん、ん、あ、はぁ・・・・」
感じるさまが、あんまり色っぽくて、それがもっと見たくて、シンはそのまま指を動かす。
イくところも見たい。きっと、もっと色っぽい。
そう思っていると、ふい、と白い腕が上がり、シンの手を、つかまえて止めた。
「ダメ、だ、シン」
「いいでしょう、イってください」
何ダメなのかと首を傾げつつ、弄る指に込めた力を強くすると、アスランは大きくかぶりを振って、切羽詰ったような声を出す。
「先に、イくと・・・体が、もたない」
そう涙目で訴えられ、シンは慌てて立ち上がったものから指を離した。
怪我と、それに伴う熱で、体力が落ちているのだ。そのくらい思い至らないといけなかったのに。
しゅんとした彼に笑ってみせて、アスランはシンを止めた腕で、彼の手を取り、引き寄せる。
「ほら、続き。するんだろ」
うー、と唸る少年が、可愛い。
アスランは手にとったシンの指に唇を寄せた。
軽く指先にキスをしてから、そっと、それを含む。
たっぷりと唾液を絡める仕草に、シンも気がついたのだろう。舌を捕らえるように動き出した指を、アスランはしとどに濡らし、引き抜かれながら口腔を刺激される快に、小さく喘いだ。
「ん、ふ・・・・」
その声が、たまらなく初心な少年を刺激する。
一応、傷の軽い左足を引き上げられた。
シンのやり易いように、力を抜いて、体を預ける。
たぶん、淫らに見えているだろうなと思いながらも、アスランはシンが欲しかった。
自分の想いが彼のそれと同じかどうかはわからないけれど。それでも、自分に似ていて違う彼で、心がいっぱいなのは確かで。
ならば、体も。
いっぱいにして欲しかった。
「あ、く・・・んっ」
入ってくる指。絡めた唾液は既に冷えて、ひやりとしたけれど、また、すぐに熱くなった。
はじめは戸惑いがちだったシンの指が、やがて遠慮なく、そこを犯していく。
「ん・・・んっ、あ、は・・・・・」
感じる声が、止められない。
「アスラン、ここ、すごいヤらしい」
言われると思った。
自分を見つめる少年の瞳は、熱く溶けたようで、それがまた、アスランを煽る。
「こんなので、もう、終わりか？」
挑発の声音に乗せられて、シンの指が引き抜かれた。
脚が大きく開かれて、傷が引きつるが、もちろん、顔には出さない。
衝撃を予想して、大きく息を吐く。
しかし、シンが手間取ったのだろう、吐き切って、詰めたところで彼の熱いものに、貫かれた。
「っ、あ、は・・・・」
いきなりそれを締め付けてしまい、痛みに喘ぐ。
シンも余裕がないのか、アスランが何とか力を抜くのを待たずに、置くまでぐいぐいと押し入ってきて。
アスランは少年の細い腕に縋り、小さく泣き声を上げた。
「あ・・・ぁ・・・」
「あ、ご、ごめ・・・」
シンも、泣きそうな顔をしている。
「そんな顔・・・するな・・・・」
落ちかかる彼の長い前髪を掻き上げて。
「息・・・吐いてる時に、入れろよ、馬鹿・・・・」
「え、あ、ごめんなさい」
そこで謝る素直さが可愛い。いつも、こんなに素直ならいいのに。
「次から、な」
そう言って、額にキスしてやる。
次があるかは、わからないけれど。
しかし、その言葉は幼い少年を勇気づけたのだろう。
彼は、赤い瞳をキラキラさせて、頷いた。
「ねえ、動いていい？」
「あ・・・あ」
動いてくれないと、半端に刺激されたアスランの体も辛い。
「ん、あ、あぁ・・・」
とたん、遠慮会釈なく動く、少年の楔。
アスランの体内を擦り、たまらない快楽を引き出す。
「ん、あ、や、シン・・・・」
傷に障らないよう気をつけながら。
そんな自分を悔しく思いながら。
アスランは少年の背に縋りついた。
絶頂は、もうすぐ。
目を閉じても見える、赤い光に、溶けて、焼かれる。
空気がひやりと冷えていた。
目が覚めたのは、そのせいだと思った。
でも。
「シン、起きろ」
あのまま、抱き合って眠った少年の肩を、アスランはきつく揺する。
よく眠っている彼を起こすのは忍びないが、仕方がない。
「ん・・・なん、ですか？」
「何か来る・・・ような気がする」
ただのカンだが、それは戦場で研ぎ澄まされた感覚だ。無視することは出来ない。
アスランは急いで、パイロットスーツを身に付けた。
数秒で着用できるように訓練されたそれが、シンに手伝ってもらっても、ひどく時間がかかってしまう。
「あんまり・・・動かない方がいいですよ」
「いや、でも」
昨夜の名残など微塵も見せないアスランに、シンは少し不満げだったが、彼の厳しい雰囲気に呑まれて、結局従うしかなかった。
言われた通りに手を貸して、二人でジャスティスのコックピットに上がって。
電源が入れられると同時に赤く染まったMS。その計器を、覗く。
「ザフトのMS・・・これは、インパルスだな。お前を探しに来たんだ」
レーダーに映る機影を確認し、アスランは「良かったな」とシンの頭を軽く叩いた。
見捨てられたわけじゃなかった。
それが、嬉しくて、困った。
「どうする？」
アスランが問う。
二人で逃げるか、それとも、シンは残ってインパルスを待つか。
迷う時間はない。
インパルスならば、ルナマリアだ。
この人の敵ではないだろうが、それでもアスランとルナを戦わせたくはない。
「俺、残ります」
シンは、きっぱりと言い切った。
「あんたが言った話、俺、信じます。だったらなおさら戻らなくちゃ」
議長、そして、レイ。
ずっと信じていた人たち。
でも、今は。
「あんたが幸せに生きていける世界のために、俺、いったんザフトに戻ります」
アスランの側には、アークエンジェルやフリーダム、強い力がたくさんある。なら、自分はザフトで何かをするべきだと、シンは固く決意する。
「・・・わかった。だが、気をつけろ。俺みたいになるなよ」
自分が追撃してしまったアスランの言葉だけに、シンは重く受け取ったのだろう。
深く、頷く。
それを確認したアスランは、キーボードを取り出して何事か操作すると、小さなディスクを一枚引き抜き、シンへと手渡した。
「俺への連絡コードと、プラントのクライン派への連絡手段だ」
シンはもう一度頷いて、それを受け取る。
その手を取って。
「無茶はするな。何かあったらすぐに連絡をよこせ。俺が、拾いに行くから」
それは、昨夜も聞いた言葉。
「はい」
そうして、どちらからともなく、キスをして。
「あ・・・ルナマリアに」
「はい。メイリンのこと」
笑い合って。
「じゃあな」
「はい、また」
シンがジャスティスを飛び降りると同時に、アスランはディスティニーの残骸を放り出して、飛び立った。
その、赤い機体の行く先。
青い空は。
二人が、幸せに生きていける世界に、きっと繋がっている。
シンは、そう、信じた。