通い猫
皆本は、もともと犬派だった。
ぶっちゃけ、実家で飼っているトルテ以上に可愛い生き物はないと、本気で思っている。
言葉はなくても言いたいことはほとんど通じるし、その反応も素直で可愛い。
何より、同じ群だと認識した人の心に敏感で、気遣うことのできる心優しさが大好きだ。
しかし。
皆本の家には今、猫がいる。
皆本の猫ではない。
他に家を持つ通い猫だ。
しかし、皆本の家のソファを気に入り、気がつくとそこで昼寝をし、勝手に冷蔵庫を開けてミルクを飲み、酷いときには作り置きの総菜まで食い散らかして。
挙げ句に、夜には皆本のベッドまで占領していくのだ。
いや、皆本とて、ただ勝手をさせている訳ではない。
ソファはまあ、昼間は使っていないからいいとして、猫のミルクは別に分け、夕飯用の総菜に手を付けられないように、猫好みの軽食を別に作り、（しかしこれは猫の気まぐれのせいであまり役に立っていない）ベッドも、半分貸し与える程度に留めている。
冬などは、湯たんぽ代わりになるのだから、悪いばかりでもない。
・・・もっとも、猫の方が体温は低いのだが。
それはまあ、高くしてから寝ればいいのだから、問題はない。
問題は。
「お前、いい加減ティムとバレットにバレるから来んの止せよ」
今日も今日とて、ベッドの上で皆本お手製のポテトチップス（低塩ノンフライ）を食い散らかしている兵部に、皆本は低い声で唸った。
いつものように中空に文庫本を広げた兵部は、学ランの上着を床に放り出し、シャツの襟も緩めて完全にくつろぎモードだ。
兵部も最近は、子供たちが戻るまでに、帰るか皆本の部屋に移動していることが多いのだが、移動したらしたでこうなのだ。
「こないだ一緒にデイトナやったけどな」
「すんなよ！」
一度、賢木と一緒に堂々と入り込んでからは、普通に遊びに来るようになって始末に負えなくなった。
完全に通い猫だ。
「別に隠すことなんかないだろ。嫌がらせに来てるだけなんだぜ？」
ポテトチップスを摘んだ指を、ぺろりと舐めて兵部が言う。
今日はちゃんと、兵部用のタッパーを開けてくれたようだった。
「なら、普通に嫌がらせだけして帰れよ・・・」
こんなふうに、冷蔵庫の中身を食い散らかすとか、リビングじゅうのソファやテーブルをひっくり返すとか・・・いや、あれはバレットたちとシューティングゲームをしていたからか。
その時点でダメじゃねえか。
なんだかもう、空気を読んで兵部が来ていることを薫たちには話さないティムとバレットが、どこまで知っているかを考えるのが恐ろしい。
オタクな思春期男子は、あれで意外と繊細で敏感なのだ。
「あぁ？僕は嫌がらせしかしてないぞ」
そう言いながら、兵部は徒っぽい視線で皆本を見上げ、指を伸ばしてスーツの膝をつい、と撫でた。
ぞく、と背筋を何かが駆け上がり、
忙しくて溜まっていた何かが、むくむくと顔を上げそうになる。
確かに、これは酷い嫌がらせだった。
「冷蔵庫荒らすくらいでやめとけ」
一歩下がってその指から逃れ、皆本は鞄を置いてジャケットを脱ぎ、ついでに兵部の脱ぎ散らかした上着を拾って一緒に椅子に掛けた。
「そんくらいで収まるか」
タッパーに口を付け、傾けて、菓子の屑を全部口の中に収めてしまうと、兵部はそれを床に放り出した。
戦前生まれは食べ物を粗末にしないが、それ以外の扱いがむちゃくちゃだ。
そうして、「それ以外」には、皆本の身柄も入るのだ。
ネクタイを外そうとしているところを、ひゅぱっとベッドの上にテレポートさせられた。
もういつものことなので、皆本も深々としたため息しか出ない。
本当に、猫は勝手だ。
こちらの言うことなど聞かず、自分の好きなようにしか動かない。
しかも。
仰向けに倒れた皆本を見下ろすのは、不思議な艶を湛えた、底の見えない闇の色。
薄く色づいた唇は、魅力的な角度でつり上がり。
銀色の毛並みは美しく、思わず手を伸ばさずにはいられない。
「ったく・・・」
「フン」
本物の猫にするように、耳のあたりをするりと撫でれば、兵部は満足そうに目を細め、柔らかな頬をすり寄せて来た。
機嫌が悪ければ、こういった触れ方は酷く嫌がられるのだ。これは、よほど機嫌がいいのだろう。
「そんなに美味かったか、ポテトチップス」
その頭に手を添えたまま、体の位置を入れ替える。
「まあまあだね」
答えた唇にキスを落とせば、いつもの甘やかな感触に、かすかな塩み。
味覚が確かなくせに、ジャンクフードの好きなこいつのために、北海道の農家から直取引で入手したじゃがいもに、油がなくても程良く乗る、沖縄のうま味の強い塩を使ってやった。
皆本の自信作だ。
それでも美味いとは言わない天の邪鬼は、もっと寄越せとばかりに皆本の舌に吸い付いてくる。
猫のように小さな舌は、しかし本物のそれとは違って、吸えば心地よいなめらかさだ。
キスを深くしながら、シャツを纏ったままの胸を撫で回す。
手のひらの下で、薄い胸がひくりと震えるのは、心躍る感触だった。
「ん・・・ふ・・・・・っ」
固く尖りだした胸の先を布越しに摘めば、口の中で甘い舌がふるると震える。
それを甘く噛んでから唇を離し、唾液の糸を指先で切れば、目元を赤く染めた猫は、濡れた唇を、これ見よがしにぺろりと舐めた。
誘う仕草に逆らわず、シャツを乱して胸に触れれば、既にしこったその先は、赤く染まって美味そうだった。
兵部に触れるとき、皆本は、自分も動物になったような錯覚を覚える。
そんなものが美味い訳がないとわかってはいても、舌を触れずにはいられない。
「んっ・・・何だ、もう固くしてるのか」
一方、兵部はもっと、獣の欲に忠実だ。
与えられる刺激に胸を震わせながら、膝を上げて皆本のものを布地越しに擦り上げる。
「誘ったのお前だろ」
「フフン」
嗤う兵部の胸先から、傷跡へと舌を滑らせる。
白い肌の滑らかさ、甘くしこった胸先の感触も良いが、この傷跡の舌触りは、何故だか彼の体の中を思い起こさせて。
正直、とても興奮する。
「そこ、やめろ」
兵部も、そこが弱い。
しかし、触れられるのは嫌がるから。
ひく、と胸を震わせて、睨む彼のベルトへ手を掛けた。
一息に白い脚を露わにすると、性急さを好む兵部は、楽しそうにそれからつま先を抜く。
思わず目を奪われるその足先は、そのまま皆本の腰に絡み付いた。
「おい、邪魔だ」
「うるせえ、さっさとしろ」
するり、とその脚を撫で上げた皆本は、ため息の出そうなその感触を手の中に残したまま、それを大きく開かせた。
成長期の危うさを残した肢体を、こうしてあからさまなかたちに開く背徳感は、しかし見上げているのに見下しているような、チェシャ猫の嗤いに相殺される。
触れても。
めちゃくちゃにしても良いのだと、その嗤いに赦される。
「兵部、ローション」
「僕を使うな」
そう言いながらも、兵部は皆本のすぐ手元に、ローションをテレポートさせてきてくれた。
「ありがとう」
「礼言ってる間に・・・ひぁ」
手のひらに取ろうとしたローションが、溢れて兵部の腹に落ちてしまった。
睨んでくる目元は、しかししっかりと潤んでいる。
「礼くらいいいだろ。ほら」
こぼしたローションを、やはりぬるつく液体をまとった手のひらで掬い取り、そのまま脚の間へ滑らせて。
ひくん、と跳ね上がった脚を肩に担ぎ、頬の側に来た膝小僧にキスをする。
兵部の肌は、どこもかしこも甘くて柔い。
「んっ・・・」
触れればすぐに固い骨に当たるのに、不思議と柔らかくうねる体は、まるで本物の猫のようだ。
「指、入れるぞ」
その体の、一番柔らかいところを、ぬめりをまとった指で触れる。
「ふぁ・・・っ」
そのまま力を込めて行けば、ぬるり、と飲み込むそこがいやらしい。
慣れた仕草で力を抜き、皆本のやりやすいようにとしてくれてはいるのだが、奥まで指を入れきったところで、ひくん、と膝が跳ね上がった。
危うく、頭を蹴られるところだった。
「ここ、いいか？」
「いきな・・・し、触んな」
「悪い」
どのあたりが感じるのか、だいたいわかってはいるのだが、少し目測を誤った。
しかし。
「んや！」
感じさせてやった兵部は可愛いもので、入り口を開くついでにそこに触れれば、ひくひくと熱い襞を痙攣させて、そのたびに腰をうねらせる。
「ばっ・・・か」
絡みつく襞をこね回し、指を増やしてナカを弄ぶ皆本の、着たままだったＹシャツの、襟首掴んで引き寄せて。
不思議そうに見返してきた茶色の瞳をのぞき込み、兵部は地を這うような声で唸った。
「悪ぃなんて、全然思ってねえだろ・・・っ」
うっすらと涙を浮かべた目元は赤く染まり、ひゅうひゅうと息をつく唇は、飲み込みきれなかった唾液で濡れている。
淫らに開いた脚の間は、皆本にナカまで暴かれて。
指を飲んで、感じている。
「あー、うん」
皆本の口から漏れたのは、ひどく気のない返事だった。
皆本にしては、低い声。
兵部は、う、と意味のない声を漏らす。
悪い予感がめちゃめちゃした。
「悪い」
また、自分が悪いなどとは全然思っていない声がして。
皆本は、そのまま兵部の脚を抱えると、自分のそれを取り出して、ぐうっと腰を押しつけた。
「ひあ！あ、ああ・・・っ」
上がる悲鳴は、甘く、高く、可愛らしい。
皆本にだって言い分はある。
あんな媚態を見せられて、平静でいられる男がいるわけがない。
腰を引き、また深々と打ち付ければ、可愛らしい声が幾度も上がり。
腕の中で、柔い肢体が、マタタビに酔った猫のようにくねる。
そのたびに、熱く濡れた体内で自身を食まれてはたまらない。
皆本は、そう保たずに兵部の中へ吐き出して。
兵部もまた、ひときわ高い鳴き声を上げて、皆本の手の中へ感じきった証をこぼした。
その、いつもより弛緩した肢体を見下ろして。
撫でられて満足した猫を連想した皆本は、思わずほつりと呟いた。
「ほんっとに、お前、猫みたいだよな」
言ってから、あ、まずい、と思ったが、そんなのはもう後の祭りだ。
しかし、電撃の一発も寄越すだろうと思った兵部は、フン、と機嫌のいい時に不機嫌を装う時の表情をして。
「この僕が、通い先に選んでやったんだ。光栄に思え」
未だ潤んだ目元のままで、そう、偉そうに胸を張った。
その高慢さも愛しいと、そう思うようになってしまった自分は、もう相当、この猫にイかれている。
その自覚を持った皆本は、今日も猫のためにミルクを買い、好みそうなものを作り、寝心地が良いように、ソファとベッドを整える。
従順な犬も可愛いけれど。
意のままにならない猫を待つのも、また、楽しい。