彼らの、日常 その２
授業が終わって生徒会室へ行くと、ブルーが、部屋の隅で膝を抱えて蹲っていた。
「ブルー？気分でも悪いんですか？」
「いや・・・・」
なら、安心だ、と、ジョミーはいつものように、机の上に荷物を放り出した。
虚弱な人間のマナーとして、ブルーはこういう時、決して嘘は言わない。
・・・・大げさに言うことはあるけれど。
でも、それにしては元気がない。
なら。
「何落ち込んでるんですか」
よくよく考えてみれば、これは明らかに、『落ち込んでますポーズ』だ。
かまって欲しいのかな。
いつもいつも爺むさいのに、変なところで子供っぽい人だなぁ。
そう思って、ジョミーが呆れた顔をすると、ブルーは少し潤んだ赤い瞳で食い入るようにジョミーを見上げた。
その視線にドキリとした少年に、しかしブルーは容赦なく、得意の切々とした声で訴えた。
「僕は、そんなに魅力がないだろうか」
「は？」
いえいえ、その顔。中身が茶殻か蕎麦殻詰まってるの知ってても、とっても魅力的なんですけど。
「なんで、そんなこと」
「キースが・・・」
あ、嫌な予感。
「頑張って誘ったのに、乗ってくれなかったんだ」
「・・・・・・」
ああ・・・・この人はほんとにもう。
口さえ開かなきゃただ綺麗な人なのになぁ・・・・・・っ！
「ってあなた、キースまで誘ったんですか！？」
「ああ、だって一応礼儀だろう」
「どーゆー礼儀ですかそれ！」
「人として・・・」
「人として凄く間違ってますから！」
ありったけの大声で怒鳴ると、ブルーは小さく何かを呟きながら、膝の間に銀色の頭を突っ込んでしまった。
あー、これはたぶん、わざとじゃない。
ほんとに半泣き入ってるよこの人。
小さくなったブルーを見下ろすと、なんとなく、胸が重たくなる気がした。
その重さが何か、ジョミーはたぶん、知っている。
なんで僕が、こんなことで罪悪感なんか感じなくっちゃいけないんだよ・・・
思いながらも、ブルーの前にしゃがみ込み、ジョミーは、ほんの少しだけ、やさしい声を出した。
「どうやって誘ったんですか。僕の時みたいに、寮に送らせて？」
「いや。昨日はリオは早く帰ってしまったし、フィシスは部活だったし、ジョミーは体育教官室に呼び出しだっただろう？」
「人聞きの悪いこと言わないでください。体育教官室は呼び出しじゃなくって・・・、呼び出されたっていやそうですけど、部活の話ですよ、んなもんやってる暇ないってのに野郎共！」
教師まで巻き込んだ無理な勧誘を思い出し、思わず握りこぶしを作ってしまったジョミーだったが、すぐに思い直して怒りを抑えた。
最近、自分はまえより幾分理性的になった気がする。
こいつらのせい・・・・っていうか、おかげか。
なんかそれも腹立つな。
「えっと・・・じゃあ、ここで？」
場所に関して、ジョミーはどうこう言える立場にはない。
ええ、僕もここでもシましたとも！
「ああ。よろけた振りをして、床に引き倒して…」
ジョミーは知っている。
ブルーは、虚弱なくせしてバカ力だ。
キースも結構力があるけれど、きっと簡単に引き倒されただろう。
ジョミーが、よくそうされているように（涙
「触れただけだがキスもしたんだ。・・・・でも」
でも、ブルーはどーんと落ち込んでいる。
「すぐに持ち上げられて」
ああアナタ軽いもんね。
「椅子に座らされて」
そこまでしたのかキース、几帳面な奴。
「調子が悪いのならさっさと寮に帰れだとか、いつも飲んでいる茶には効能があるが飲みすぎは良くないだとか、食事に偏りがあるだろうとか・・・・・一時間ほど説教をされた」
たぶん、説教っていうより、いつもみたいに言いたいことひたすら言ってただけなんだろうなぁと、ちょっと遠くなりつつジョミーは思った。
てゆか僕もう帰りたい。
「せめて、舌を入れる隙がれば・・・！」
ほんと勘弁してください。そんなこと言いながら、濡れた赤い目で僕のこと見上げないで！
ジョミーはひとつ、大きなため息をついた。
「・・・・格好、そのまんまでした？」
「？、ああ」
まあ、凄く嫌なことに、僕は今そのまんまでも、十分そそられちゃうんだけどね。
「僕、いちお同い年なんで、・・・・・相手がアレだから猥談まではしないけども。キースと、女の子の好みの話くらいならしたことがあるんです」
正確には、サムが持ち込んだグラビア雑誌を眺めながら、ちょっとそれっぽい話になっただけだ。
他の奴が持ち込んでたら、キースが速攻で取り上げていただろうけれど、彼はサムには妙に甘い。
てゆかあれは、サムの人徳かな。
『こーゆーの、お前好みじゃないか？』と、サムは見開きのページをキースに指し示して言っていた。
写っていたのは、男物のシャツを、肩のあたりまで落としたモデルさんだった。
すっきりと伸びた首が目を惹くが、ジョミーはその時、白い襟からわずかに覗く肩にブルーのそれを重ねてしまい、自己嫌悪で吐きそうになっていた。
『お前、首キレイな子好きだろ』
ちなみに、キースはそのとき、モデルさんの首をじっくりと見て、これはカメラマンが悪い、もう少し角度を付ければもっと・・・どうこうとか言ってて。
ほんとに首好きなんだなぁと、ジョミーもよくよく思ったのだ。
「僕のとき、ジャケット脱いでたでしょう、それでシャツ緩めたとき、肩見えちゃってそれでヤラレたんだけど」
「ふむ」
ブルーは、今まで見たこともないほど真剣に、ジョミーの話を聞いている。
赤い瞳の強い光をなんだか見ていたくなくて、ジョミーはさりげなく視線を逸らした。
・・・・・・なんでこんなに真剣なんだよー
「キースは、首、好きみたいですよ」
こんなのにほだされる僕って、よっぽどの馬鹿なんだろうなぁ。
「そうか、ありがとう、ジョミー」
そう言った、ブルーの笑顔。
綺麗なきれいな、眩しいほどのその笑顔。
うんわかってる。
この中身は茶殻か蕎麦殻で、なんにもいいもの入ってなくて、ほんとにほんとに見た目だけだってことは、もの凄―くよくわかってる！
「じゃあ」
ブルーはすっくと立ち上がり、いつもの半病人の風情など、欠片もない男前な歩幅でドアへ向かった。
「行ってくる」
「ええと・・・グッドラック」
ジョミーはそう呟いて。
そうして、何故だかその場に座り込んでしまった。
何やってんだろ、僕。
いやうん、だってアレ上手くいったら、僕があの人に引きずり張り込まれる（何にとか考えちゃいけない！）のも減るだろうし、あの朴念仁にもちょっとした春が来るかもしれない。・・・かも、しれない。
何よりブルーが喜ぶし。
喜ぶ、よな。
キースの方がガタイがあるから、きっとアレも僕より大きいだろうしな。
あの人ほんとにセックス好きだし。
きっと、凄く。
悦ぶ、んだろうな・・・・・
「遅くなりました、ソル・・・・何やってるんですかソルジャー」
「うん・・・」
さっき、ブルーが座り込んでいた部屋の隅で、今度はジョミーが蹲り。
傍目で見てまるわかりな感じに、どーんと激しく落ち込んでいた。
「ちょっと・・・嫌なことがあって」
珍しく、本当に本当に落ち込んだ様子のジョミーを心配して、リオが側に歩み寄ると、ジョミーはまるで先ほどのブルーのように、潤んだ瞳で彼を見上げた。
「何が嫌だって、それを嫌だって思う自分が、凄く、もの凄く嫌なんだ・・・っ！」
あー、えーと。
そんなジョミーの視線から、保身のために目をそらし。
リオは、起こったと思しき事件を幾通りか推測する。
とりあえずジョミーの言い様から、ブルー絡みのことだということは、間違いない。
ならば。
「ジョミー」
リオは、付き合いの長い者の余裕でもって、少年を慰めた。
「ブルーのすることに一喜一憂していたら、身が持ちませんよ」
「リオ。それ、全然慰めになってない・・・」
更に落ち込んだジョミーに首を傾げ、何気にツワモノな生徒会書記は、その場を離れてお茶を淹れ始めた。
何があったか知らないけれど、明日にはきっと、すべてがワヤか、ウヤムヤになっているだろう。
「ジョミー、お茶が入りましたよ」
「・・・・ごめん、もう少し落ち込ませといて」
「はい」
それが、この私立☆シャングリラ学園の、生徒会というものだから。
翌日。
キースに誘惑を気づいてもらえなかったブルーが、また昨日と同じ場所、同じ姿勢で落ち込んでいるのを発見し。
ジョミーはたちまち元気になったという。
「でも、それで元気になる自分も嫌なんだーーーっ！」