彼らの、日常
僕がこんなことしてるのは、この人の体が、こんなに気持ちいいからなんだ。
ジョミーは、そう思いながら、その腰を、より一層強い力で突き上げた。
「ふっ、あぁ・・・・」
あられもない声が上がり、ブルーの腰が、ゆるりとうねる。
きゅうっと締まった中に持っていかれそうになり、ジョミーは歯を食いしばってそれを堪えた。
「あまり・・・乱暴に扱わないでくれないか」
僕は、体が弱いんだから。
そう言って笑う赤い瞳。
「そのセリフ、聞き飽きてます」
ジョミーはそう返すと、まだ何か、馬鹿なことを言おうと開かれた、瞳に負けず劣らず赤い唇をかふりと塞いだ。
すかさず滑り込んでくる熱い舌。
それに、緩く噛み付いて。
びくりと悦ぶその淫らな体に、乱暴とさえ言えるような抽送を繰り返す。
この人が感じるところなんて、知りたくないけどよく知ってる。
この人の。
どこをどうすれば、自分も気持ちよくなれるかだって、よく。
「ん、んんーーーっ、ふ、ぅン！」
この人の、艶かしい声が聞けないのは、不本意だけども残念だ。
でも、彼の口を塞いだのは、その声をききたくないからでも。
このキレイな頭ン中、茶殻でも詰まってんじゃないかと思うような、ボケ倒したセリフが聞きたくないってわけでもない。
人の通らない場所とはいえ、ここは、二人の通う学校の、裏庭の芝生の上なのだから。
ほんの、小一時間ほど前。
「んーーーっ！終わったー！」
ジョミーは最後の書類を放り出し、ペンを持ったまま大きく伸びをした。
「お疲れ様です、ソルジャー」
すかさずリオが、その最後の一枚をキャッチして、職員室行きの封筒に入れた。
ジョミーはその手際良い様子を眺めながら、さて、今日しなくちゃいけないのは終わったんだしもう帰ろうか。それとも来週の定例会前に、もう少しやっとかなくちゃいけないかなぁなどと考えて。
それからふと違和感に気づいて、生徒会室を見渡した。
リオが、ジョミーのためにお茶を淹れてくれている。
キースが、マザー２号相手に何やらぶつぶつ言っている。たぶん予習でもしているんだろう。
フィシスが、いつものように、当たらないタロットをめくっていて。
でも、いつもその前にいるはずの・・・・
「あれ？ブルーは？」
引退したくせにいつまでも生徒会室にいる、元生徒会長…じゃなくて、元ソルジャーの、ブルーの姿がそこにはなかった。
フィシスのように、時折甲高い声で騒いだり、キースのように騒音を立てたり、リオのようにいないと困ったりするわけではなく、いつも居眠りするか黙って茶を啜っているかなので、溜まった書類に夢中のジョミーは、彼が来ていないことに全く気づいていなかった。
「わたくしが教室を覗いたときには、まだ授業が終わったばかりでしたから。起き抜けでぼんやりしていましたわ」
だから置いてきました、と、同じ棟に教室のあるフィシスが言った。
無情だ。
律儀なのかそれとも習慣を変えることが出来ないだけなのか、ブルーはもう用がないはずの生徒会室に、出席さえしていれば必ず顔を出すのだ。
日は、もう傾きかけている。
空気は冷たくなっていて、開けっ放しだった窓を、気づいたリオが閉めに行った。
ブルーは、あまり体が丈夫ではない。
初め、ジョミーは自分に生徒会長を押し付けたり、嫌なことから逃げるための口実だと思っていたのだが、中間試験の時には本当に一週間ほど入院していたし、廊下で倒れて保健室に運ばれたこともあったし、生徒会室で寝こけていると思ったら熱を出していて、寮の彼の部屋まで引きずって行く羽目になったこともあった。
その時のことを思い出し、ジョミーは奇妙な具合に頬を歪めて。
それから、少し熱い思いをしながら、リオの淹れてくれたお茶を飲み干した。
教室で二度寝したにしろ、どこかでへたり込んでいるにしろ、放っておいたらきっとまた熱でも出すに決まってる。
だから、フィシスやキースの気を引いてしまわないように、そっと立ち上がって。
「リオ、気分転換に見回り行ってくるよ。定例会の資料もちょっとやんなくちゃだけど、続けてやるの、僕ちょっと無理」
それも持っていくから、貸して、と、リオが置いた封筒を手に取った。
別に、ブルーを探しに行くわけじゃない。見回りと、書類届け。それだけだ。
「そうですね、お願いします。…それから、ブルーがどこかで寝ていたら、拾って来て頂けませんか？そろそろ冷えて来ましたし、この間みたいに、校庭のベンチで眠り込んだりしていたら、確実に風邪をひきます」
気配りの達人は、にこやかに、ジョミーがブルーを引きずってきても、自分の頼みだという理由を作ってくれた。ちょっと感謝だ。
「あーもー、面倒な人だなぁ」
ぼやくジョミーに、タロットをめくったフィシスが言う。
「落研は火曜と木曜ですから。行っていないと思いますわ」
「寮に直接帰ったならいいんだがな。途中でへばっても、あそこなら寮生が通るから拾われているだろう」
ジョミーの方など見ずに、キースもそう言って。
「だから！別にブルー拾いに行くわけじゃないから！」
ジョミーは一言そう叫ぶと、封筒を引っ掴んで生徒会室を飛び出した。
リオの気配りが、台無しだった。
見回りは、一応生徒会の仕事ではあったけれど、ほとんど名目上でしかない。
適当にブラついていればいい・・・はずなのに、サッカー部に捕まって、予算の話だと思ったら、強い調子で勧誘された。中学のとき同じサッカー部だった友人から、１００メートル走のタイムが洩れたと知って、ジョミーはその場で逃走した。
足自慢のサッカー部レギュラーをぶっち切って逃げ切ってしまったことに気がついたが、後の祭だ。
この後、陸上部の勧誘にも注意がいるかも知れない・・・
「生徒会の仕事で、部活どころじゃないっての」
呟いて、なんで僕、生徒会長（ソルジャー）なんかやってんだろ、と思って。
彼の赤い目を思い出し、大きく首を振って。
「だいたい、中学の時だって、コーチと喧嘩して試合なんかほとんど出られなかったんだからさあ・・・」
そんな言い訳を呟きつつ、今度は少し身を隠しながらめぼしいところをだいたいまわったけれど、結局ブルーはどこにもいなかった。
きっと、寮に帰ったのだろう。心配をして損をした。
そう思って、ジョミーは生徒会室に足を向けた。
ここからだと、裏庭を突っ切って、窓から入った方が早いよな。リオ、窓閉めたときに鍵まで閉めてたっけ。閉めてても開けてもらえばいいんだけどさ。
そんなことを思いながら、剥げかけた芝生とまばらな植え込みの、やる気のない裏庭を横切ろうとした時だった。
「あ・・・・」
視界の端に、銀色の何かが光って見えた。
もうだいぶ傾いた日のせいで、どこもかしこもオレンジ色なのに。
それだけ、ちゃんと銀色の・・・
「ブルー！」
一際大きな植え込みの影に、（元）ソルジャー・ブルーが転がっていた。
「何やってるんですか、こんなところで」
「ああ、夕方、ここは日当たりが良いから・・・」
「夕方すぐ冷えてくるでしょう！あなた自分じゃ、体弱い弱いって言うくせに・・・」
ちゃんと自覚してください！と喚くジョミーに、ブルーは一度、その赤い目を見張った。
それから、ふんわりと、誰もが騙される優しげな笑みを浮かべて。
「でも、今日はとても調子がいいんだ」
「そーゆー話じゃないでしょう！」
見事に少年をブチ切れさせる。
そういう話なんだが。などとぶつぶつ言うブルーを見下ろして、ジョミーは大きく息をつき、とにかく自分を落ち着かせた。
彼にいちいち突っ込んでいたら、こっちの血管がブチ切れる。
落ち着け。
「とにかく、生徒会室に戻りましょう。調子いいんなら立てますよね」
「手を貸してくれないか」
「まったく世話の焼ける・・・」
ブルーが白い手を伸ばす。指が長くてすごく綺麗だ。
夕陽に光る、銀色の髪。いつも悪い顔色が、オレンジ色の光の下だと、ほんの少しだけ、健康そうに見える。
かたちの良い唇が、わずかに笑んで。
笑んで・・・
「わ、あ・・・っ！」
握った手を強く引かれたジョミーは、バランスを崩して、ブルーの上に倒れこんでしまった。
自慢の反射神経で、もろに突っ込むのは避けられたけれど、ひとつ間違えば、このやたらと細っこい体を潰してしまうところだった。
「随分と積極的だな」
「あなたが引っ張ったんでしょうが！」
「だって、ね・・・」
ブルーは、笑みを深くして。
やばい、と身を起こそうとしたジョミーの頭を抱え込むと、真紅の瞳で少年のそれを釘付けにしてしまう。
「そんな目で見られたら、たまらなくなるじゃないか」
「な・・・に、サカってるんですかこんなところで！」
「大丈夫だ。ここはめったに人が来ない。よく来る僕が保障しよう」
「そーゆー問題じゃないでしょう！」
「では他に、何が問題だ」
「・・・・・・っ、だーーーーーーっ！」
思わず上げた大声は、ブルーに向けたものではない。
自分に向けての叫びだった。
頑張れ僕！負けるな僕！！
「大声を出すな。人が来るぞ」
しかしブルーは、ジョミーの必死の叫びなど意にも介さず。
柔らかく熟れた唇で、ジョミーのそれに、かぶりついた。
はじめてブルーを寮に送っていったとき、細い肩にうっかり見惚れてしまったのが運の尽きだったのか。
いやそれ以前に、ブルーがソレ目的でジョミーに送らせた可能性もある。
きっとそうに違いない。
だって、ブルーは。
あの時ベッドに放り出されるなり、今とまったく同じように、ジョミーにキスを。ファーストなのに、ディープなキスをしてくれたのだから。
その後のことなど、推して知るべしだ。
いろいろみんな始めてが、こんなのなんて、あんまりだ。
あんまりだ、けど。
ブルーのキスは上手すぎて。
ブルーの体は、気持ちよすぎて。
「っ、もう！知りませんからね！」
制服のシャツに手をかけると、紅い瞳が淫らに笑う。
こんな時、ジョミーはこの人の普段のボケっぷりが、嘘なんじゃないかと本気で思う。
でも、たぶん。
ボケるのも、淫らなのも、変なところでちゃっかりしてるのも、いつもどこまで本気かわからないところも。
全部、嘘じゃなく、ブルーなんだ。
ジョミーに生徒会長・・・ソルジャーなんて恥ずかしい役職押し付けて、しかも嫌々ながらも辞めさせない、ソルジャー・ブルーの力なのだ。
ずるずるとブルーを引きずって戻ったジョミーを、生徒会室のメンツは、ごくごく普通に迎え入れた。
キースにいたっては完全無視だ。たぶん、気付いてさえいない。
マザー２相手に、「よぅし！」などとよくわからない気合を入れている。
だから、こっちも無視。
「リオ、手伝ってよ」
「いや、自分で・・・」
「ヘロってんだから大人しく手伝われる！」
ジョミー相手に頑張りすぎて、見事にヘロへロになっていたブルーは、それでも自力で窓枠を越えた。
コツを掴んだ登り方に、彼もよく、ここを出入り口に使っていた形跡が見て取れた。
この部屋の、前の主なんだから当たり前か。
いや、今も十分に主（ヌシ）だけど。
そのまま彼は、いつものように、フィシスの机の向かいに座る。
リオがすかさずお茶を出す。
「ああ、私にもくれないか」
今までこちらを見もしなかったキースが、突然そう声を上げた。
「は・・・」
「リオ！キース生徒会じゃないから！淹れなくっていいから！」
リオが返事をする前に、ジョミーはそれを遮って。
「それを言うなら、僕も、もう生徒会役員ではないんだな・・・」
ブルーが酷く遠い目をして、それでも遠慮なしに、ずるずると淹れたての茶を啜った。
「いや、あのですね、そういう意味じゃなくて」
焦ったジョミーに、フィシスが追い討ちをかけた。
「ジョミー！あなたはブルーになんてことを！」
「いいんだ、フィシス。・・・・すまない、ジョミー、君を選んで。本当に、すまなく・・・」
「思ってないでしょ全然！」
そんなやり取りの間に。
「リオ、お茶」
「はい」
キースとリオは、当然のように意思の疎通を図り。
「そうだ、ジョミー」
まるで何事もなかったかのように、茶を飲み干したブルーがジョミーを見上げた。
「悪いが、今日は送ってくれないか？やはり、少しめまいがするようだ」
ちらりと笑った、真紅の瞳。
確信犯の、したたかな色。
「自分が悪いんじゃないですか！」
あんなとこで誘うから！
さすがにそれは言えずに、プルプルしているジョミーに、皆が口々に声を掛けた。
「そのくらい、して差し上げなさいな、ジョミー」
「年長者の言うことは聞くものだぞ」
「お願いしますね、ソルジャー」
「っ、だーーーーーっ！！」
生徒会長、もといソルジャー。ジョミー・マーキス・シンが叫ぶ。
これが。
私立☆シャングリラ学園、生徒会室の日常だった。