１５歳
誕生日を自宅で過ごすはずだった薫が、がっかりしたような、嬉しいような、複雑な顔で帰ってくる頃には、皆本が急いで作ったごちそうは、もうケーキを飾り付けるだけになっていた。
やむにやまれぬ事情とはいえ、誕生日を家族にすっぽかされた薫を皆本が下手くそに慰めて、それに彼女の親友たちが突っ込んで。
やいのやいのと言いながら、結局、３人でバースデーケーキを飾り付けだす。
不格好に絞り出されたクリームの上に、赤い苺が可愛らしく乗り。
いち、にい、と数えながら、カラフルなロウソクがその上に１５本乗った。
家族と一緒でないのは、寂しいだろうけれど。
血の繋がりだけが『家族』ではないと知っている者から見れば、それは絵に描いたような、幸福な誕生日。
その様子を屋上で透視しながら、兵部はちいさく笑みをこぼした。
誕生日おめでとう、クイーン。
１５年前、君が生まれ来てくれた時のあの喜びを、僕は今でも覚えている。
あんなに小さかった君は、もう、僕が『死んだ』のと、同じ年になった。
そうして。
来年には、僕を追い越して。
君は、大人になっていく。
僕がなれなかった、大人に。
空を仰ぐ。
星を見る。
目を閉じて。
そうして、君の未来の幸いを想う。
幸福を、願う。
もちろん、願うだけじゃない。
僕の体が保つ限り、できる限りの実力行使をしまくってやるつもりだが。
だが。
きゃらきゃらと笑いながら、不格好なバースデーケーキと本日の主役を撮影しだした少女たち。
彼女たちの笑顔の中に、兵部は無限の可能性を見る。
もう、僕の手など必要ない。
手の届かない、美しい未来。
遠い昔に切望した、『もっと、高いところ』は。
今、兵部の足の下５メートルほどのところの、マンションの一室に、ある。
誕生日プレゼントは持ってきたけれど、これはサンタクロースよろしく、枕元にでも置いて帰ろう。
カードを付けるのを忘れたけど、エンプレスがいれば送り主などすぐにわかるはずだ。
それから、そうだな。
あの眼鏡の部屋に、何か悪質なイタズラをして行こう。
何をしたら、面白いだろうか・・・
そう思いながら、手元のプレゼントを、彼女の寝室に瞬間移動させようとした時だった。
「おい、兵部いるんだろ？」
足下のベランダから、聞くだけでムカつく声がした。
そうして。
「え、京介？」
ひょい、と。
兵部と同じく、ごく普通に空を飛ぶ彼女が、屋上の手すりの向こうに顔を出す。
夜風にふわりと舞い上がる、赤い髪が綺麗だ。
きらきらとした大きな瞳が、まっすぐに自分を映している。
ただそれだけで、心が震える。
「それ、あたしへのプレゼント？」
自分の下げた紙袋にその視線が逸れて、兵部はようやっと、表面上の平静を取り戻した。
「・・・ああ、そうだよ」
それでも、愛しい彼女の前で、いつもの悪人面は作れないまま。
「誕生日おめでとう、薫」
そう言ってそれを差し出すと、彼女は満面の笑みでそれを受け取った。
「わあ、やばい何これ可愛い！」
紙袋の中身は、一抱えもある桃太郎のぬいぐるみだった。
パンドラのエンターテインメント部門の新作だ。
ふかふかのぬいぐるみに頬を埋める彼女が可愛くて、兵部の頬も思わず緩む。
「喜んでくれて嬉しいよ、クイーン」
「うん、ありがとう！」
輝く彼女の笑顔が、兵部には何よりも、嬉しい。
目的は達した。思いがけずクイーンにも会えた。
さて、後はゴッデスが下から眼鏡を連れてきてしまう前に、とんずらしなければ。
「じゃあね。会えてよかった」
そう言って、とん、と浮き上がった兵部の腕を、薫の手が捕まえた。
「あ、待って京介」
学ランの袖にきつい皺を刻んだのは、長くて綺麗な白い指。
ああ、なるほど。
１５歳、か。
その手は、もう兵部より少し小さい程度の。
大人の、女性の手をしていた。
女の子は、男よりもずっと早く。
ずっとずっと早く、大人になることができるのだ。
「皆本がごちそう作ってくれたんだ、京介も一緒に食べようよ」
「・・・うーん、君の誘いを断るのは心苦しいけどね」
あの眼鏡がいるんじゃなぁ、と言ったところで、タイミング良く・・・いや、悪く。
また、皆本の声がした。
「薫、兵部いたか？」
「いたー！」
そう、階下に叫び返す仕草は、やはりまだ、子供っぽい。
そうして。
「いいじゃん、だって」
見返す瞳は、希望に満ちて。
「今日は、あたしの誕生日なんだよ！」
そう、むくれて見せる様子もまた、幼い。
彼女はまだ、兵部の愛しい未来の子。
「・・・わかったよ、クイーン」
不承不精を装って。
兵部もまた、子供じみた声で答えると。
「やったー！」
彼の未来は、満面の笑みを見せてくれた。
遠い過去に垣間見た、未来の悲しい笑顔と似ても似つかない。
きらきらと輝く、その笑顔を。