いわゆる、天然
下心はあった。
大ありだった。
それでもこの展開は、さすがに予測していなかった。
ていうか。
「あー、今、なんか」
「？」
ネクタイを外しながら、玲二が首を傾げる。
軽く上げられた顎と、喉のライン。
それから、タイを引っかけた指の形が色っぽい。
じゃなくて。
「お前に、言うこと聞かせようとしてた自分がバカみたいだなって思ってサ」
「どういう意味だ？」
言いながら、シャツのボタンを外していく。
やっぱり、指の形がイイんだよナァ。
あれが、器用に動く様がたまらない。
上から三つ目が外れたところで、襟の重さに負けて身ごろがはだけた。
ああ、あの鎖骨に今すぐかぶりつきたい。
「積極的な君が色っぽすぎて、どうしたいかわかんなくなるってカンジかなァ」
「・・・わけが分からないな」
「僕もだよ」
何故、玲二が今、ここで服を脱いでいるのかわからない。
いや、自分の部屋で飲まないかと誘ったのは、確かに英治の方なのだが。
まさか、ほいほいついてくるとは思わなかった。
いや、普通に飲み直すつもりでついてきたのだったら、まだ話はわかるのだ。
聡いくせに、玲二はどうしても、変なところが抜けているから。
しかし、まさか・・・
「脱がないのか？」
そう聞かれ、英治は慌ててジャケットに手をかけた。
ああ、たぶん前に、玲二だけ脱がせて抱いたの怒ってるんだな。
今後のために覚えておこう。
でも、今後って、何だ？
すべてを脱ぎ捨てた玲二が、最後に眼鏡を外してその瞳を露わにすると、やっとシャツのボタンを外し終わった英治の上に圧し掛かってきた。
聞いたところ、身長は追い越されずに済んだようだったけれど、体の厚みがやっぱり違う。
ああ、もしかして。
「僕が抱かれる方なのかな」
「何故そうなる」
憮然とした声に、ほっとする。
「俺は結局、本当のところでは加減がわからないからな」
「俺」と玲二は言った。
英治はどうしたらいいかわからなくて、ただ、玲二の整った顔を見上げる。
「ヒトに・・・あまり細やかに触れるのは、やはり怖い」
痛くないか？と玲二は聞いた。
掴んだ肩のことだと、わかった。
「いや、全然」
笑うと、そうかと頷いて。
「玲二、どかないと脱げないよ」
「脱がせてやる」
それくらいはできる、と、言った声がまだ憮然としている。
その唇に、さりげなさを装いながら、かなり緊張したキスをして。
「頼むから、サ」
そうささやくと、玲二はしぶしぶといった様子で、英治の上からどいてくれた。
痛覚を持たない玲二が、この行為をどう感じているのか、英治には本当のところ、よくはわからない。
それでも、彼が本当に感じているかどうかくらいは、わかる。
「っ、は・・・・」
声になる前に逃がされた吐息は、しかしどんな女の喘ぎ声よりも艶やかだった。
耐えるように。
いや、実際、与えられた快感を耐えて閉じられた瞼の、縁を彩る睫が震えている。
「気持ちいい？玲二」
胸の、感じやすいとよくよく知っている先端を、左右同時に擦ってやると、玲二は素直にこくりと頷いた。
「そこ、ばかり・・・」
「ここばっかりじゃないだろ」
するり、とそのまま脇へと手を滑らせて、その皮膚の滑らかさと弾力を楽しむ。
一緒に、何度も噛みついた鎖骨を舐めてやれば、初めてそこに触れたときと変わらない、過剰ともいえる反応が返ってきた。
「・・・・っ！」
跳ね上がった膝が英治の脇をかすめてヒヤリとしたけれど、わざとではないので放っておく。
こんなに気持ちよくなっているのに、玲二は突っ込まれてぐちゃぐちゃになるまで擦られて、わけが分からなくなるまではあまり啼かない。
まあ、耐える様子もすごくそそるし、だからこそ啼かせた時の声の響きがたまらないのだけれど。
「ここも、触って欲しい？」
脇からさらに下げた手のひらで、下腹のあたりを撫で回す。
英治の愛撫に感じて、既に立ち上がったものはいかにも触れて欲しそうに震えているというのに、玲二はふるりと首を振った。
こういうところは、素直じゃない。
「素直になった方がイイのに・・・」
残念そうにつぶやきながら、触れてはやらずにもっと手を下げて。
英治の体を挟み込んだ、腿の内側をさらりと撫でた。
「ーーーーっ、っ、や、め・・・・・」
膝が上がる。
ということは、玲二の恥ずかしい場所が、もっと英治から見えやすくなる。
わざとやっているわけではないだろう。
だからこそ、始末に負えない。
「じゃあ、コッチ」
余裕ぶった声が上ずっている。
しかし玲二にも、それを嗤う余裕はないらしい。
膝裏から、感じやすいラインをするりと伝って、足の間へと指を落とす。
もちろん、前は触れてやらず、今し方晒された、狭間の奥へ。
乾いた指でゆるりと触れただけで、ひくり、と玲二の腰が跳ねた。
「えい、じ」
「わかってる」
玲二は痛みを感じないけれど、このまま勝手をすれば、傷になる。
英治は安心させるように膝頭にキスをして、玲二の頭越しに手を伸ばし、サイドボードの上に置いておいたローションを手に取った。
それを見上げる、玲二の瞳は、とろりととろけてしどけない。
瞬いた睫には、かすかに快感の涙が乗っていた。
これくらいで泣いちゃうんだもんなァ。
声に出さずに英治は笑う。
もっともっと、感じさせたいと、思う。
感じさせて。
彼の中を、自分だけにしてしまいたいと、思う。
瓶の中身を指に取り、軽く絡めてそこに触れる。
冷たいのか、それとも早速感じたのか。
肌を震わせ、玲二は喘いだ。
「もう感じちゃった？」
「・・・言わせるな」
ってことは、やっぱり感じたんだナ。
それが、嬉しくて。
どうせなら、もっと感じさせたくて。
粘度の高い液体を、たっぷりと足しながら、英治はゆっくりとそこに指を押し込んだ。
「ふ・・・・」
玲二の顎が上がる。
吐息が逃げる。
シーツにすり付けられた黒髪が、こすれてさらさらと音を立てた。
「ん、使ってないね、ココ」
英治はご機嫌で、玲二の中を暴いていく。
久しぶりの異物を、戸惑うように拒むのは最初だけ。
それがどんなに気持ちのいいものなのか、すぐに思い出してうごめき出すさまは、感動と言っても過言ではない。
「お前の、他に、こんなこと・・・・」
「させない？」
嬉しくなって、指を足して。
「バっ！カ」
罵られて、仕返しに感じるところ手ひどくえぐった。
「っ！」
感じて、きゅ、と酷く締まった後は、その前よりも、随分と柔らかくなる体。
そんなものを持ちながら、玲二は。
「・・・お前の他に、俺にこんなことしたがる奴なんか、いない」
そんなことを言うものだから。
「バカは玲二だろ」
英治はそう言って、さっさと啼かせてやろうと、手早くそこを緩めていった。
少年の頃の柔らかい線が消えたせいで、よりシャープになった頬のライン。
濡れたような黒髪の合間からのぞく、漆黒の瞳は切れ長で。
こんな美人、誰もほっとかないっていうのにサ。
いわゆる、アジアンビューティーというやつだ。さっきのバーでも、彼に熱い視線を浴びせていたのが、女ばかりではないということに、彼は気づいていないのか。
まったく、玲二は本当に、変なとこばかり抜けている。
「えい、じ、っ、ぁ・・・」
慣れた男の慣れた愛撫に、そこはたちまちとろけてとろけて堕ちて。
上がりきった熱に融けた漆黒の瞳が、英治を映して幾度か瞬く。
する、と、長い足が、英治の腰に絡みついて。
その誘惑に、英治はたちまち負けてしまう。
「わかってるよ、玲二」
震える体を返そうと腰に手をかけると、身をよじってそれを避けた玲二の腕が、英治の首に絡みついた。
快楽に融けていたはずの瞳が、ほんのわずか、剣呑な光を宿す。
前から思っていたのだが、どうも玲二は、後ろからするのが嫌いなようだった。
英治は、どちらかと言えば、後ろからする方が好きだった。
その方が、この体を支配しているという実感を、より感じることができるから。
後ろから、抱きついた時の方が。
体中で、玲二を感じられる気がするから。
彼の意をくみ、足を抱えてやりながら、英治は思う。
そりゃあ、玲二のキレイなカオ見ながらするのも好きだけどサ。
ゆっくりと、じらすようにそこに自分をあてがい。
ず、ず、と、埋める時には、性急に。
それでも時折腰を引いて。
反応を確かめながら、また、中へ。
「っ、は、あ・・・っ」
目を閉じて。
首を振り。
口を開けて。
喘ぎを声にしないよう、深くした息を不意に詰めて。
「んっ」
閉じた瞼を痙攣させて。
ふるふると、長いまつげを震わせて。
不意に濡れた瞳を開き。
英治を見上げて。
すぐにそれを切なげに細め。
「あ、はっ」
濡れた声で、ないて。
せっかくだからと、玲二の表情の変化をたのしみながら、英治は彼の中をも、存分に愉しんだ。
柔らかく繊細な襞が、英治のものをたっぷりと包み込んでうごめいて。
時折、絞り上げるように、うねってはさざめく。
「スゴくイイよ、玲二」
本人の意思とは関係なく、まるで、英治に奉仕するかのように反応する体は、全部英治の仕込んだもの。
いや。これも、やはり。
「まったく。天然にはかなわないよなァ」
「・・・何、が」
「うん」
答えてやる気などさらさらなく、英治は玲二のものにも手を伸ばし、蹂躙をいっそう深いものにしていく。
「っあ、は、く・・・っ・・・・・ん、あっ！」
切羽詰まった玲二の声。
手の中のものも、すっかり泣いて濡れそぼる。
びくりびくりと体が跳ねて、そのたびにきゅうきゅうと締め付けられた。
「玲二。れい、じ」
名前を呼んで顔を寄せれば、涙に濡れた漆黒が、ゆるりと開いて英治を映した。
キスをすれば、強請るように引き寄せられ、しかしすぐにその腕は、シーツに落ちてきつい皺を作った。
「あ・・・・っ」
本当に感じてくると、英治よりも、シーツに縋る。
簡単に限界を超えてしまう力で、英治を傷つけないためだと、知っている。
だから英治はその体をシーツに押さえつけて。
「えい、じ、も、・・・ぅ」
勝手に跳ねる腰を握ったものごと押さえ込むと、すすり泣くような声が上がった。
それだけならば可愛いのだが、まるで英治を絞り上げようとするかのように、中がぎゅうぎゅうと締め上げてくる。
「こっちだって、持たないよ。もぅ」
うっとりと文句をつけながら、英治はピッチを早めて最後を目指した。
この、強くて美しい生き物を、組み敷き、快楽で支配する。
その快感は、今、英治だけのもの。
幸福の実感を噛みしめて、英治は自制を超えたなき声をこぼす、玲二の唇に口付けた。
ほんの少し塞いだ後は、もっともっと、イイ声を聞くことができると。
知っているのも、世界で英治だけなのだ。
「玲二、ひとつ聞きたいんだけど、サ」
「何だ？」
べったりと玲二の背中に懐きながら。
肩口や首筋にイタズラしながら。
英治は玲二の耳朶に、緩く吐息を吹き込んだ。
「お前、僕のこと友達だって言ったよな」
「ああ。たった一人のな」
簡潔に返ってくる言葉。
しかしその声は柔らかい。
その柔らかさに目を細め、英治は意地の悪い声を作った。
「友達って、こういうコトしないんじゃないかなァ」
「・・・・そうか？」
返す玲二の声は、本当にほんとうに不思議そうだった。
ちょっどどんな顔をしているのかみたくなって、英治は玲二の顎を取って、振り向かせる。
無理矢理振り向かされて、少し顔をしかめた玲二は英治の腕を体ごと振り払い、肘を突いて起きあがった。
それから、じっと英治を見下ろして。
「そうだな、あれだ」
納得したように、頷いて。
「セックスフレンドというやつだ」
こんなこと、お前としかしないと、玲二は真顔で言い切った。
「ボクだけ？」
「ああ、お前だけだ」
そうだ。
玲二は、聡いけれどもどうしても、変なところが抜けている。
いわゆる、天然というやつだ。
思いがけず、ずっと欲しかったものが手の中に落ちてきて、英治は、笑いを抑えきれない。
「玲二」
「何だ」
ただひとつ、難を言うならば。
「愛してるよ」
こう言うと、酷く怪訝な顔をされることくらいだった。