祝い
難なくあらわれた白い肌に違和感を覚えて、柊は、その痩身を組み敷く腕をぴたりと止めてしまった。
「・・・今日は、大人しいですね、忍人」
「・・・・」
感じる場所を撫でさすられて、上がり始めていた息を堪えていた忍人は、僅かに潤んだ瞳を眇め。
相手の袖を掴んでいた腕に、ぐ、と、力を込めた。
「殴られたいなら、喜んでそうするが」
「いえいえ、そんなことはありませんよ、忍人。どうやら私は、つれない君に慣らされてしまったらしい」
脇に手を滑らせて、震えた肌に口付ける。
その刺激に、ふ、と吐息を漏らした忍人は、威嚇の力をすっと抜いた。
柊が忍人に体術で勝っていたのは、彼が入門してから２〜３年程までだ。
結局のところ合意がなければ、柊が忍人を組み敷くなど、不可能に近く。
形ばかりの抵抗は、それはそれで可愛らしいものではあったのだけれど。
「素直な君も可愛いですよ、忍人」
そう耳元で囁いて、そのまま甘く耳朶を噛めば、忍人はふる、と身を震わせて、嫌々と首を振ってその刺激から逃れた。
その様子は、まるでいつもどおり。
なので柊は首を傾げつつ、その身を暴く手を進めた。
忍人のことだ。そうは見えなくとも、何か思うところがあったのだろう。
いつも、いつも、いつも。
忍人の態度は微妙に変化し、揺れ動き。
それが、柊を喜ばせる。
それが決して、自分に良い方へ動くばかりではないけれど。
忍人を、ここまで揺らすことが出来るのは自分だけ。
そう思えば、突然に向けられる、猜疑の目さえ、いとおしい。
「っ、は・・・・・」
油に濡らした指の先を、くいと送り込めば息が乱れる。
逃し損なったそれが音を成し、次々とこぼれ落ちては、柊の耳をくすぐった。
「あ・・・っふ、く、ぅ・・・・・ん、んっ」
油を足した指を足し、感じる中を撫で上げる。
とたん、指は食い締められて、短い嬌声が上がった。
「あっ・・・・！」
「ここ、好きでしたよね、忍人」
答えを期待したわけではない。よくよく知っていて触れたのだ。
案の定、潤んだ瞳に睨まれて、片目の男はにこりと笑った。
「もっと、気持ちよくして差し上げますよ」
「も、い・・・」
ふるりと短い黒髪を揺らし、忍人が緩く首を振る。
柊の指に弄り回されたそこは、赤い肉を見せてひくひくとうごめいていた。
これ以上余計なことをされれば、どうにかなってしまいそうだった。
「もう、欲しいのですか？」
柊の声が、笑いを含む。
それが、嘲笑ではなく、純粋に楽しくて、嬉しくて笑っているのだと、気が付いたのはつい最近のことだ。
それでも忍人は首を振る。
まるで、頑是無い子供のように。
「そうですね。・・・・ならば、このまま指で達してみましょうか」
そう言われ、びくりと身を強ばらせて。
しかし逃れる時間も与えられないまま、柊の指が、忍人の中の、イイ場所ばかりをなぞりだした。
「っ、あっ・・・・や、ああ・・・・・っ！」
大きく反った背を抱かれ、汗の浮いたその中心を、つ、と指先だけで撫でられて。
内を弄する指と共に、忍人の官能を追いつめる。
「くっ・・・・」
「忍人は感じやすいですね。・・・・ふふ、こんなに、たくさん」
ぬる、と。
腹に散った白濁を、指に掬われ舐められる。
その淫靡な様子から目を反らし、忍人は下に敷かれた自分の上着に頬を埋めた。
後ろでイかされるだけでも嫌だというのに、それが指で弄ばれた末の遂情など、恥ずかしいにもほどがある。
しかし、柊は曝された片頬に唇を寄せ、そのまま首筋へと口付けを落としながら。
「くす・・・恥じらう君も可愛らしいですが」
最後には、胸の頂に歯を立てて、嫌がる腕を軽くいなし。
「本当に、今日はどうしたんでしょうね？こんなに可愛い君は・・・そう、君がまだ仕官する前の」
「黙れ」
このまま思い出話をされれば、間違いなく自分の恥ずかしい過去を散々に言い立てられる。
それがわかっている忍人は、早々に白旗を上げた。
「後でわかる」
自分が。
いや、誰であっても、柊に隠し事をすることは難しい。
気がつけば相手の思うままにしゃべらされ、騙される。
ならばこれが、忍人の取れる最善の策。
「だから黙れ」
そう重ねて言うと、忍人を見下ろしていた、片方だけの瑠璃紺の瞳がすい、と笑んで。
それは、つり上がった唇よりも、雄弁に・・・彼が、まったく納得していないことを物語っていたのだけれど。
「仕方がありませんね。・・・で、その「後」まで、楽しませてくれるのでしょうね？忍人」
「・・・・・」
返す言葉が見あたらない。
本当に俺にはどうしようもない。
手袋を取った細い指に顎を取られ、たっぷりと口腔を舐めねぶられて。
とろけた下肢に熱をあてがわれ、深く、深く犯されて。
何故俺は、こんなのが良いのだろうと、愚問としかいえない問いが、それこそどうしようもない快楽と共に、忍人の中を、かけめぐった。
翌朝、柊は忍人に脇腹を蹴られて目を覚ました。
「おや・・・君が朝寝ですか？珍しいですね」
もう、日は高く昇っている。
夜にいくら責めたとしても、朝にはいつも通り起き出して、とうにいなくなっている頃合いだ。
柊は内心、酷く焦った。
この「ルート」ならば、彼の変調はそこまで酷くはならないはず・・・
「寝ていたのはお前だけだ」
しかし、忍人はそっけなくそう言って、柊を安堵させた。
そうして、半ば無理矢理身支度を整えさせられ、引きずっていかれた堅庭には、姫をはじめ、天の鳥船の面子が、皆そろっており。
「誕生日おめでとう！柊！！」
千尋が、日の色の髪を跳ねさせて、薄紅色の花をつけた枝を数本、柊の腕に押しつけた。
ふわ、と、甘い香が舞い上がる。
柊は隻眼をしばたたかせ、主と定めた少女を見下ろした。
「我が君、これは・・・」
「ほんとはね、もっとちゃんと花束にしたかったんだけど。この時期じゃ無理だったの」
「千尋、それ説明じゃない」
まくし立てる二ノ姫の言葉に、年若い鬼道使いの声が被る。
それだけで、事態の把握はできずとも、誰に聞けば良いのかわかった柊は、二人の後ろで苦笑している空色の髪の青年に視線を合わせた。
「風早」
「・・・俺たちが育った異世界ではね。大事な人が生まれた日に、そのことを感謝する・・・まあ、お祝いをするん習慣があったんです」
「・・・・・・・それは、それは」
いつもならすかさず出てくるはずの美辞麗句が、一瞬途絶えた。
それに気づいた千尋が、にこりと満面の笑みを浮かべる。
「我が君にそのように思って頂けるなど、身に余る光栄」
しかし、すぐに柊に手を取られ、それを那岐が叩き落とすといういつも通りの流れに落ち着いて。
そのまま、柊の生まれた日を祝いたいのか、それともただ騒ぎたいだけなのか、わからない宴に皆でなだれ込んでいった。
「君を使って私を足止めとは・・・姫もなかなか味のあることをなさいますね」
「どこまでわかっているのだかな」
騒ぐ皆とは少し離れて眺めながら、それでも渡された酒杯を舐めていた忍人の側に、ほうほうの体といった様子の柊が、ふらりと寄って寄りかかった。
どうやら、祝ってやろうという気概は皆あるらしいのだが、酔ってくればそれも酒の肴。
誰にかき回されたのか、もつれた髪の先を見て、忍人はひっそりと笑った。
その笑顔を見落とさず、柊はすいと肩をすくめ、忍人の目の前に顔を出し、彼をぎょっとさせた。
「しかし・・・そうですね」
忍人が驚いたのは、なにも柊が突然顔を出したからではない。
彼の予想のつかない言動など、もうあの裏切りに対してさえ、投げてしまいたくなるほど慣れている。
忍人を、驚かせたのは。
柊の浮かべた表情が、常の飄々としたそれとはかけ離れた、儚い物だったからだ。
「忍人も・・・私が生まれたことを、祝ってくれますか？」
「・・・・・・・」
その顔のまま、そう聞かれ。
暫し、沈黙した忍人は。
薄く、儚い笑みを掃いた唇に、己の持っていた杯を押しつけ、流し込んだ。
「・・・祝いだ」
ぺろり、と。柊の舌が酒に濡れた唇を舐める。
とたんに浮かんだのは、いつも通りの蠱惑の笑み。
あまりにも確かに、不器用な気持ちを受け止められて、忍人はわずかに舞をしかめた。
こいつの、こういうところが大嫌いだ。
この、必要以上の察しの良さがなければ、こいつはもう少し、楽に生きられるものを。
「・・・そういえば、忍人には既に、祝いをしていただいていましたね」
しかも、柊は忍人から杯を取り上げ、その縁までを舐めながら。
「昨夜の君は、途方もなく可愛らしかった」
「・・・・返せ！」
杯を奪い取り、自分をきつく睨み上げる忍人を軽く押し留めながら、柊は笑った。
そう。
君の生きている、この世界こそが、何よりの祝い。
私の、望むものなのだから。