痛み
ワイシャツから抜いた腕を、冷たい指に取られるまま背中へと回す。
ざりざりとした縄の感触よりも、これから起こることへ向けて、玲二は眉をひそませた。
「大人しく縛られるんならさ、暴れなきゃいいのに」
玲二の腕を後ろ手に縛り、念のためにと二の腕を胴とひとくくりにして。
ぶつぶつと、それでも愉しげに呟く英治に、玲二はしかめた表情のまま、ぼそりと応えた。
「そういう問題じゃない」
「じゃあ、どういう問題なのさ」
とん、と肩を押されてベッドに転がる。
シャツを脱ぎ捨てた英治が、その上から覆い被さってくる。
それだけで、肌が粟立つのがわかった。
英治の口元に掃かれた笑み。
ぎち、と、腕を縛った縄が鳴った。
「・・・反射のようなものだ、仕方がないだろう」
言った声が震えていたことに、幸か不幸か、英治は気づかなかったらしかった。
「ああ、突っ込まれたら泣いちゃうみたいな？」
楽しげにそう言うと、英治は玲二の胸を撫で、その手でするりと眼鏡を取り去る。
黒々とした瞳を覗き込み、にんまりと笑って。
「玲二は敏感だもんナァ」
息を吹き込むように、耳朶に向かってささやくと、そのまま、そこへとたっぷりと舌を絡ませる。
びく、と玲二の体が仰け反った。
その反応に気を良くし、英治は実に楽しそうに、首筋から鎖骨の窪み、縄の回った胸元へと舌を這わせていく。
ひくり、ひくりと玲二の体が震え。
身じろいで浮いた肩に手を掛けて、英治はその体を裏へと返す。
「ホンット、ヤらしい体」
押さえ込むように。
その感触を楽しむように、震える腿に手を置いて、自ら回した縄の隙間から背筋の窪みを舐め上げて。
不自由に空を掴む指を一本一本ねぶり、皮膚の薄いわき腹にたっぷりと唾液を塗り付け、引き締まった尻に噛みつく。
破られた皮膚から流れる血は甘辛く、英治はそれを、ぺちゃぺちゃと音を立てて舐め取った。
ぬるぬると、体中を這う英治の舌に、玲二はきゅうと歯を食いしばった。
「親友」だと思っていた男に、体中余すところなく舐め回されるおぞましさは、筆舌に尽くしがたいものがあった。
確かに、自分は英治に執着している。
大切に、思っている。
しかしそれは、こんな意味を持っていなかった。
性愛の対象になるなど、想像もしていなかったのだ。
英治に腰を捕まれて、そこを無理矢理引き上げられる。
もう幾度も受け入れさせられた、恥ずかしい場所にも舌が這わされる。
「ぁ・・・・」
気持ち悪さに声が漏れ、英治の吐息が笑うのがわかった。
萎えたままの前を捕まえられる。
舌をこじ込まれながら、慣れた手管で弄られれば、どんなに嫌だと思っていても、男の体は反応してしまう。
「っ・・・・・あ・・・・・ぁ・・・・・・」
玲二が身をよじれば、その身を戒めた縄がギイギイと鳴った。
逃れようとした膝がシーツを滑り、姿勢が崩れて舌が離れる。
「れーいじ」
呆れたような英治の声。
「ちゃんと膝、立てて。やりにくいだろ」
ぺしぺしと、腿を叩いて
「英治・・・もう」
とにかく早く終わって欲しくて、玲二は乞うように英治を見上げた。
縋るようなその視線が、どれだけ男を煽るかなど、全く埒外のことだった。
この後にされることなど決まっている。
それが早いか遅いかなら、早い方がいいに決まっている。
幸い、森次には痛覚がない。
辛いだけの愛撫など、省いてもらうに越したことはない。
「しょうがないナァ、玲二は」
楽しそうな英治の声。
肩のあたりに食い込んだ縄を掴まれて、体を反転させられて。
更に上半身を引き起こされ、思わず顔を見上げれば、英治はあの笑みで玲二を見下ろしていた。
醜く引き歪んだ口元。
濁った光を宿した瞳。
それを目にすれば、玲二はもう、動けない。
そうして強ばった顎を捕まえられ、無理やりに口を開けさせられる。
前を開けた英治のものを、その開けた口に、押し込まれる。
独特の臭いが鼻を突く。
口腔内の熱が、脈動が。
酷い吐き気を誘発して、舌の根がひくひくと痙攣した。
「相変わらずヘッタクソだなぁ、玲二は」
でもソコがイイんだケドさ。
そう、勝手なことを言いおいて、英治は好き放題に、玲二の口腔を楽しみだした。
舐めさせられるのは、初めてではない。
しかし、数を重ねれば、辛さが紛らわされるわけでもない。
「ん、んっ！」
紅潮した頬に涙が伝えば、英治のものがいっそう大きくなった。
口腔を浸す辛さを耐えることで精一杯の玲二は、英治の笑みが深くなったことには気づかない。
気づいたとしても、辛さが増すだけの話なのだが。
玲二の舌の上に丁度乗るように、位置を調節して英治は吐き出す。
巧いことやってやらないと、咳込んだり吐寫したりして吐き出してしまうから。
まったくもう、手間がかかるんだからさ。
そう思いながら、自分のものを抜き出すと、英治は玲二の唇を、手のひらでぺたりと塞いだ。
「ちゃんと、飲めよ」
舌に乗った、生温かい粘液。
親友の、精液。
ぐうっとせり上がって来る胃液と共に、それを、意志の力で飲み下す。
く、と歯を食いしばると、口腔に残った匂いに再び胃が痙攣を起こしたが、玲二はなんとか、それを堪え切った。
震える唇に残った白濁を、つい、と指でぬぐい取り、それを更に玲二の口の中に押し込んで。
涙の溜まった瞳を見下ろし、英治はにこりにこりと笑う。
「玲二のナカって気持ちよすぎてさ、すぐイっちゃうんだもん」
粘液のついた指先を、玲二の舌に、なすりつけるようにして。
「なら、一回イってからの方が、お前だって楽しめるだろ？」
そう言って指を抜き出した英治は、濡れたままのその手で、玲二の黒髪をゆるゆると撫でた。
その手に押されるように視線を落とすと、英治のものは、しっかりと勃ったまま赤黒い姿を晒していた。
あれに、際限なく内蔵を荒らされる苦しさを思い出し、玲二の背筋がふるりと震える。
「そんなに、楽しみなんだ？」
その誤解を解かないままに、ただ、玲二が黙っていると、今度はとん、と肩を押された。
抵抗出来ず転がった体から、今度は足首を掴み上げて、英治は笑う。
「ヤらしいナァ、玲二」
大きく脚を開かれて、玲二は閉じることも出来ない瞼を震わせた。
長い睫が涙を弾き、英治を密かに満足させる。
「ホント、ヤらしい」
言葉と共に、ずっ、と体内に何かが侵入ってきた。
堅い爪が、柔らな襞を痛めつける感触。
英治の、指。
奥歯を噛んで声を殺す。
叫び出したい衝動。
必死に押し返そうとする襞と、なんとか締め出そうとする入り口の動きに逆らって、根本までそれを埋めた英治は。
「すっごい、ナカ動いてる。・・・そんなに締めるなよ」
そう、楽しげに言って。
「ぃ・・・っ」
ずるりと抜き出した指を、二本に増やしてまた、押し込んだ。
「きっつきつ。・・・もうちょっと緩めろって」
その二本を、揃えたり、開いたり。
無理矢理に襞を押したり、不意にぐちゃぐちゃと抜き差ししたり。
敏感な粘膜を、まるで玩具のように扱った後、英治はさすがに焦れたのか、乱暴に指を引き抜いた。
「これじゃまだちょっとイタイけど、まあいいか」
玲二に痛覚がないことを、英治はもう、知っている。
自分だけ痛いのは理不尽だと、痛覚で得るものではない痛みにのたうつ玲二に、よくこぼす。
「ホント、玲二ってば締まり良すぎなんだからサ」
しかしそれさえ楽しげに言って。
英治は、玲二の膝を押し上げた。
晒される秘所。
押し当てられる熱に、生理的な嫌悪が沸き起こる。
玲二は思わず腰を引いた。
無駄な抵抗に、英治が笑った。
「っ、あ・・・っ！」
体の中に。
おぞましい熱が、侵入ってくる。
体が勝手にのたうって、無理矢理な力に引かれた縄が、腕の皮膚を擦り破ったのがわかった。
「だから、暴れたらダメだろ？」
欲に上ずった英治の声。
ずぶずぶと。
親友のものが、玲二を犯す。
「ぅあ・・・っ、あ・・・・っ」
ぐうっと内蔵を押し上げられるたび、みっともない声が喉をついた。
逃げを打つ体は、至極簡単に引き戻され。
また、深々と穿たれる。
それでも、玲二は必死に耐えた。
これは、彼のことを理解しようとしなかった罰なのだと。
そう思えば、耐えるしか、なかった。
いったいどこで間違えたのか。
どこどをう、繕えば良いのか。
そう思考することで、玲二はなんとか正気を保つ。
ぐずぐずと。
ひと突きごとに、崩れそうになる自我を、無理矢理支える。
やがて、英治が自分の中で弾けたのがわかった。
生ぬるく、体内を浸すその気持ち悪さに、涙がこぼれる。
ぼろぼろと止まらないそれを、始めたときとは打って変わった熱のこもる指で拭われた。
「泣くほどヨかったんだ？」
ここは頷くべきだとわかってはいるのだけれど、反射で首を振ってしまう。
しかしそれは、英治の目には、違った様子に見えて。
「ふふ。可愛いナァ、玲二は」
そう、満足そうに笑って、間近に玲二を見下ろした。
「そうやって、可愛くしてろよ？」
見下ろす英治の手のひらが、玲二の頬を包み込む。
「お前は、ボクのモノなんだから、サ」
その笑みは、玲二の嫌悪するののではなかった。
その手のひらは、むしろ心地が良かった。
そこに、玲二は光を見た。
取り戻せる何かを、見た。
素直に頷いた玲二の頬に、英治は一度、唇を落とした。
それはまるで、子供のようなキスで。
玲二はそれを、気持ちが悪いとは思わなかった。