痛み
一騎の与える痛みは、総士にとって、いつも、甘い。
それは、初めて与えられた左目の痛みも、今、与えられている、体の奥を突き上げられる痛みも、同じ。
体の芯に響く、たまらない甘さだった。
ずくり、と下肢走った痛みに、総士は思わず身をよじった。
一騎の与える痛みは、総士にとって、いつもどうしようもなく、甘いから。
だからあられもない声が漏れてしまいそうになり、とっさに息を詰める。
「・・・っ」
なんとか声は殺しきったが、その反応は、痛みを与えた一騎にとって、手を止めるには十分な反応だった。
「・・・痛いのか？総士」
とっさに首を振ったが、それは一騎を納得させることはできなかったようだった。
両脚に添えられていた手のひらが、片方、ぺたりと総士の頬に添えられる。
茶色の瞳が心配そうに総士のそれをのぞき込み、それから、ず、と総士の中に入ってこようとしていた一騎が、逆に動いたのを感じた。
一騎が、退こうとしている。
それを感じて、総士は慌てて一騎の背中に縋っていた腕に、力を込めた。
一騎が、体の動きを止めて。
そうして、また、総士の瞳をのぞき込んだ。
痛いのは本当だった。
しかし、その痛みは、総士にとって、甘く、慕わしいものなのだ。
もっと痛みを与えてくれてもかまわない。むしろ、そうして欲しいとさえ思う。
しかし、それを一騎に伝えるのは、酷く躊躇われた。
なんだかとても、恥ずかしいことのように思われたのだ。
しかし、痛くないと言えば嘘になる。
一騎に総士の嘘を見抜くような能力はないが、総士が、一騎に嘘を言いたくない。
だから。
「いいから、一騎」
それだけを言って、総士は自分から、一騎の腰に自分のそれを押しつけた。
浅く疼くようだった痛みが、その場でまた、きつく弾けた。
それと同時に、より深くに一騎を感じて、総士は声もなく喘ぎ、誰よりも大切な幼なじみを見上げていた。
その瞬間の、一騎の瞳。
驚いたような、戸惑うような。
喜ぶような、泣き出すような。
獰猛な火のつくような、それ。
それを見て、総士は自分が何をしてしまったのか気がついた。
ただでさえ紅潮していた頬に、どうしようもなく血が上っていくのを感じる。
しまった、何を言うより恥ずかしい！
「・・・っ、総士、ごめん！」
しかし、一騎の方も、それどころではなかった。
腕の中に抱いていた、ずっと、恋い慕い続けていた相手にそんなことをされたのだ。
まだ年若い少年の理性が、それに耐えられるほど頑健に出来ている訳がない。
一息に奥まで押し入られ、入り口が耐えきれずに裂けたのがわかった。
無防備な奥の襞が、唐突な侵入におののく。
総士は、たまらず身を跳ねさせた。
「ア、んっ！」
声を上げてしまってから、慌てて、唇を噛む。
それは、経験の浅い二人でも、共によくわかってしまうほどに間違いのない、悦びの声だった。
一騎の手が、総士の腰に回され、そのままきゅう、と抱え込む。
「そう、し」
ささやかれた名前は、何故だか自分のものではないように感じられた。
何度だって、呼ばれてきたのに。
一騎の吐息が耳朶を犯す。
「総士」
一騎の声が、総士を犯す。
「っ、ゃ・・・・」
深くされて、首を打ち振りつつ、総士は切れ切れの喘ぎを漏らしては、一騎にしがみついてそれを殺す。
「声、聞かせてくれ、総士」
片脚を支えていた指が離されて、ゆるゆると髪を撫でられた。
自分の脚が、一騎の腰をすっかり挟み込んでしまっていることに気がついて、慌てて体を離そうとした総士の中を、一騎がまた、ずくりと犯す。
「んぅ・・・・っ」
必死に引き結ぼうと噛みしめられた唇に、一騎の熱いそれが重ねられた。
ゆるゆると唇を舐められて、たまらず緩んだところを侵入される。
深いキスは、セックスと同じくらいに物慣れない。
それでも、たどたどしく口腔を愛撫されれば、総士もそれに応えたくなる。
舌先に触れた一騎のそれを、恐る恐る舐め返すと、激しく舌を絡められた。
唾液が溢れて口元を伝い、くちゅ、と濡れた音を立てる。
息が続かなくなって名残惜しく離すと、痺れたようになったそれは、もう、あまり言うことを聞かなくて。
「一騎、かず、き・・・・あ、あっ」
だから総士は、ただ一生懸命一騎の名前を呼んだ。
今まで呼べなかった分を、埋め合わせるように。
「総士、総士」
一騎も総士を何度も呼んだ。
繰り返し与えられる痛みと快楽、繰り返し呼ばれる名前。
自分の存在を、確かにここに刻んでくれる、一騎。
たどたどしく手を伸ばして手に入れた、今、ここに在れる幸福。
それを、二人で噛みしめた。
「ごめん。ホントに、ごめん・・・・」
血と精液を拭ったタオルを丸め、一騎は何度目かわからない謝罪の言葉を口にした。
「お前が、謝ることじゃない」
答えた声は、見事なまでにかすれていて、一騎はまた、ごめんと謝った。
喉が涸れているなら、と水を渡すと、手を伸ばした総士が、一度、ひくりと身を竦ませた。
その原因に思い当たり、一騎は眉をひそませる。
「痛むか？総士」
「・・・・ああ」
総士は、思い切って頷いた。
一騎の申し訳なさそうな表情。
それを、見上げながら。
「痛いのは、いいんだ」
そう、総士は言い切った。
「お前がくれる痛みは、僕を僕にしてくれるから、いいんだ」
多少、言い訳じみているのは、仕方がないと思う。
総士だって、どう言ったらいいのかわからないのだ。
でも、言わなければ伝わらないから。
だから。
その総士の意志が伝わったのか、一騎は一度、ひどく優しく目を細めて。
「総士」
また、総士の名を呼んで。
「愛してる」
そう、言ってくれた。
その言葉は、痛みよりも甘くて。
総士はただ、こくこくと頷くのが精一杯だった。