一緒にお風呂
ディオキアのホテルで部屋に案内されるなり、アスランは深くため息をついて、ベッドへ体を放り出した。
疲れた。
ラクスと話をするのも緊張するが、ミーアの相手は、それとはまた違う、異様な疲労感が伴う。
こうなることがわかっていたから、自分が艦に戻ると言ったのに、レイに気を使われては、無理に戻るとも言えなくて。
シャワーでも浴びてさっさと寝よう・・・
そう思って起き上がったところで、ドアを叩く音がした。
ノックというよりも、殴っているような音。
「入れよ、シン」
こんなノックをするのは、アスランの部下にして恋人の、シンだけだ。
「しつれーしまーす。うわ、こっちのが広い」
「そうなのか？」
「はい。ちょっとだけですけど」
シンはきょときょととしながらとアスランの隣に腰を下ろし、そのままぺったりと恋人に懐いた。
「いいじゃないか、広くて。いつも狭い艦内だからな。ベッドも広いだろ。満喫したらどうだ？」
「うわアンタ、俺のこと追い出す気ですね」
「・・・そのとおりだ」
肩をすくめたアスランを、そのままばたんと押し倒し、シンはちょっとふくれてキスをする。
「せっかくベッド広いんですから、ヤりましょうよ」
「自分でシーツの始末が出来ないから嫌だ。ばれるぞ」
「いいじゃないですか。てか、バレバレですよ、俺たち」
そうなのか？と、目を丸くするアスランに、よし、押し切れた！と思ってがばりと乗り上がったシンは、しかし平手でぐいぐいと顔面を押しやられた。
「待て、シャワーを浴びたい・・・お前も浴びてないだろ、汗臭いぞ」
「えぇ・・・？アスランさんの汗、いい匂いですよ？」
「俺は嫌だ」
今日のアスランは、かなり強気だ。
このまま機嫌を損ねるのは得策ではないと、シンは仕方なしに体を離した。
「はぁーい。あ、アスランさん、ここってお風呂も広いんです」
「まあ、ホテルだからな」
戦艦や軍の宿舎の、機能重視の浴室とは違うだろう。
「一緒に入りませんか？」
「嫌だ」
即座に断られて、むっとする。
「なんでですか・・・」
「一緒に風呂入って何する気だ、お前」
翠色の瞳が、ぎんぎんに睨んでくるのにもかまわずに、シンは真顔でアスランを見下ろした。
「え、あんたのこと洗ってあげたいです。体中隅から隅まで全部」
「洗うだけだな。他に何もしないな？」
「え、もちろんヤりたいですけど」
「しれっとして言うな・・・」
アスランはもう、怒るよりも呆れていて。シンはそこに勝機を見出した。
「いいじゃないですか、お風呂でえっち」
「あれは大変だから嫌だ」
しかし、そんなことをあっさりと言われて。
今度はシンが驚く番だ。
「え、したことあるんですか？誰と！！？？」
「誰だっていいだろ」
「よくないですよ。ていうか、そいつとは出来て、何で俺とは出来ないんですか！」
「だから1回やって懲りたんだ！」
「・・・じゃあいいです。先にシャワー浴びてきて下さい」
ふいっとよそを向いた赤い瞳。
しかし、アスランはその目が異様にイキイキとしているのを見逃さなかった。
「お前、後から入って来る気だろう」
図星を指されたシンは、むうっとふくれて。
「なんでそういうとこばっかり鋭いんですか」
「俺が鋭いんじゃない、お前が馬鹿なんだ」
きっぱりとそういいきると、アスランは手を伸ばし、ぽんぽんと彼の背中を叩いてやった。
「ほら、早く浴びて来い」
しかしシンは、そこでキレた。
「いーじゃないですか！いっぺんやってみたかったんですよ、でも艦のシャワー狭いし！こんなチャンス滅多にないのに！！」
ぎゃあぎゃあ喚くシンに頭を抱えたアスランは、深く、ふかくため息をついた。
ここで殴り倒して引きずり出すのは簡単だが、その後しばらく拗ねられるのは目に見えている。
何故嫌なのか、説明してもわかってくれそうにないし。
それに。
「聞いてんですか、アンタ！」
ぎゃんっ！と噛み付くシンを見上げ、アスランは、彼に甘すぎる自分を自覚する。
「わかった・・・わかったから。でも今回だけだぞ。絶対、お前も懲りると思うぞ！」
「懲りませんよ、やった！」
飛び上がって喜ぶシンに腕を引かれ、浴室に連れ込まれながらアスランは思う。
今日は、本当に疲れる日だ、と。
恋人同士になってからは、何度も見て、触れている互いの体だというのに、こういうところで見ると、なんだか凄く違う気がする。
「へへっ、アスランさんキレイ」
「お前は相変わらず肉が付かないな・・・・」
「アンタが言うな」
それでも、明らかにアスランよりも貧弱な体を、シンが悔しく思っていることも事実で。
むっとした様子のシンにくすりと笑い、アスランはシャワーノズルを取った。
「洗ってやるよ」
「え・・・」
「せっかく一緒に入ったんだ。ほら」
さあっ、と、あたたかな雨が、シンの上に降りかかる。
「座れ」
「あ・・・はい」
へたりとシャワーベンチに座り込んだシンの上に、散々雨を降らせた後、アスランはふわふわに泡立てたスポンジで、シンの体を隅々まで洗ってくれた。
こんなことしてもらったの、小さな子供の頃以来だ。ちょっと恥ずかしくて、でも凄く気持ちよくって、なんだか嬉しい。
スポンジだけではなくて、時折アスランのすべらかな手がシンに触れて、本当に気持ちがいい。
目を閉じるように言われて、髪の間に指を差し込まれ、くしゃくしゃと洗われる頃にはもう、眠たくなるほどの気持ちよさ。
ざあっと泡を流されて、夢見心地が覚めれば、なんだか自分がぴかぴかになったような気がした。
「じゃあ、俺も」
本当にほんとうに気持ちが良かったので、シンはアスランにも同じようにしてやろうと立ち上がった。
しかし、アスランは頬を染めて後ずさる。
「え、あ。俺は、いいから」
その、なんだか可愛らしげな様子に、シンはふと本来の目的を思い出した。
この人、自分が墓穴掘ったの、わかってるのかな。
「いいじゃないですか。俺もアンタのこと、洗ってあげたいです」
さっきまでは、確かに、純粋に思っていたことを方便に使い、シンはアスランを何とか座らせて、ざんざんとシャワーを浴びせかけた。
濡れて束になった髪が、首や頬に張り付くさまが、色っぽい。
シンは、まずその髪を払い、泡立てたスポンジを、そのまま背中へと滑らせていく。
この背中の、きれいに付いた筋肉が、緩やかに波打つさまを、シンは知っている。
体術の相手をしてもらうときには、すばらしく力強く、うつくしく動いて。
シンの下でのたうつときには、それはなめらかに。・・・イヤラシク、動く。
やばいよマジで。
腕を取って、スポンジを滑らせて、そのしなやかさにもうっとりだ。
「ほんと、あんたってすっげーキレイ」
「シンも、もう２，３年もすればこのくらいは筋肉が付くようになるさ。もちろん鍛錬は怠るなよ」
「そういうんじゃナイですよ」
前にまわって、白い胸を、特に赤く色づいた場所を丁寧にこすって、ぺちんと叩かれる。
「こら」
「いいでしょう、こんくらい。・・・・あー、この腹筋割れそうで割れないとこがたまんない」
「言うなよ。お前だって割れるほど付いてないだろうが」
そう言うアスランの声は、言っていることに反してどこか艶っぽい。
出しっぱなしのシャワーから立ち上る湯気があたりを白く包んで、なんだか夢を見ているみたいだ。
そのままシンは跪き、恭しくアスランの脚を取る。
「いや、シン、そこまでは・・・」
「だって、アンタはさっきしてくれたじゃん」
実は、ちょっとドキドキしてる。だって、脚を上げてると、この人のモノが丸見えで、挙句にその奥の狭間も、ちょっと微妙に見えてしまって。
・・・それから、この体勢で蹴られたら、一撃で沈んでしまうと思うから。
楽しいけど、ちょっとスリリングだ。
「蹴らないで下さいよ」
「お前が変なことをしなければ、蹴ったりは・・・・」
それは、するなということだろうか。
無理だってば。
キレイな指先、少し硬い踵、踝、緩く曲線を描く脹脛。ゆっくりと上がっていくスポンジに、アスランの鼓動も早くなっていく。
「シン・・・後は、その、自分でやるから」
ほの赤く染まった目元に、濡れた髪が張り付いて、すっげー色っぽい。キレイ。
「いいじゃないですか。さっきアンタも洗ってくれたでしょう」
「それ、は・・・・」
ふいっと目を逸らしてしまったのが運の尽き。
シンは、スポンジにボディーソープを足すと、目いっぱい泡立てて、アスランの脚の間に触れた。
「んっ・・・・」
さっきシンが洗ってもらったときは、普通に気持ちよくてそんなこと忘れてたけど、そういう意図をもって触れられれば、反応してしまうのが男の性。
「んぁ、ん、シン・・・・」
シャワーベンチの上で、脚を投げ出して。
恥ずかしそうに喘ぐ人。
泡まみれの肢体がもの凄く扇情的で。
「アスランさん、前・・・じゃないや、後ろがいいか。椅子、もう少し深く座って」
「え、な・・・っ」
たまらず前から抱きついたシンは、そのまま自分に体重をかけさせて、最後まで洗わなかったお尻をくるくると洗っていった。
密着した肌から、アスランの鼓動の早さが伝わって、シンも凄くドキドキする。
「シン、もう・・・」
泡で滑る腕が、きゅう、とシンにしがみ付く。
あー、もう。この人、すっげー可愛い。
シンはスポンジを放り出すと、泡の付いた手のひらでその奥へと触れた。
「ここ、洗って欲しい？」
「ぅんっ・・・ちが・・・・」
強情だなぁ。
しかしそこは、もうひくひくと蠢いていて、触れたシンの指に、吸い付いてきて。
「だってここ・・・ほら」
犯してくれるものを待ち望んでいたそこは、ずるりとシンの指を飲み込んで。
「んんっ・・・」
「キレイにしてあげますね」
シンの指が泡の滑りを借りて、くちょくちゅとそこを弄っていく。
床に放り出したシャワーが、広い浴室じゅうを湯気でいっぱいにして、いつもより響く甘い声と共に、シンの興奮を誘っていく。
「アスランさん、ぬるぬる」
「お、まっ、それ、あわ・・・」
「こっちは、泡だけじゃないです」
後ろから指を抜き取って、前にまわして。
きゅーっ、と、それを弄ってやると、アスランはもう、甘く喘ぎながら感じ入ってしまって。
「あっ・・・はぁっ・・・・」
「限界？入れちゃっていい？」
「き、くな・・・・だいたい、どうやって・・・・」
そっか。
シンは、あたりを見回した。
もともと、シンの方が小さいので、いろいろとやりづらいのだ。こんな場所なら、なおさら考えなくちゃいけなくなる。
シャワーで温まっているとはいえ、硬い床にこの人を横たえるのは気が引ける。立たせて壁に縋ってもらうか。膝だけでも立ててもらって、浴槽にもたれ掛からせるか・・・・。
そうだ。
「じゃ、こうしましょう」
シンは、アスランの腕を引いて、浴槽に寄りかかってぺたりと座った。
そうして、引き寄せられるままにシンの足の上に座り込んでしまったアスランに、もうすっかり猛った自分のものを示して見せる。
「ね？」
「ね、じゃないっ・・・」
怒ったような、真っ赤なアスランの顔。
でも、本気で怒っていないことくらいわかるから。
シンは、その細い腰を抱き寄せ、よいしょ、と持ち上げて。膝を付いて手伝ってくれたアスランのそこに、ゆっくりと、自分を沈めていった。
「あ・・・・あぁ・・・・・」
もう、幾度も繋がったそこは、すっかりシンを覚えていて。気持ちよさそうに、その熱を飲み込んでいく。
アスランの腕が、シンの首を抱き寄せた拍子にずるりと滑って、まるきりしがみ付くかたちになった。
「アスランさん、可愛い。・・・動きますよ」
「・・・・」
答えはなくて、代わりに背を抱く腕に、きゅうっと力がこもる。
それに、笑って。
「んぁ、クンっ・・・・んんっ」
「声、殺さないで・・・・」
「はぁ、ああっ！」
アスランが上に乗るかたちだから、自然と繋がりは深くなる。
湯にあたためられたアスランの体は、いつもより、ずっと柔らかくシンを包んで。
「んっ、あっ、いいっ・・・」
「俺、も、すっげーイイです・・・・」
びくびくと体を震わせるアスランに、シンも合わせて。
ふたりで一緒に、絶頂を味わう。
「あぁ・・・んっ」
「くっ・・・」
自分の我侭を聞いてくれた人に、ちゅ、ちゅっ、と、お礼のキスをしたら、少し石鹸の味がして、ちょっと可笑しい。
くすりと笑ったシンは、ぐったりとしたアスランを肩に持たせかけたまま、無理やりに腕を伸ばして浴槽のコックをひねった。
それから、出しっぱなしのシャワーを拾い、泡はほとんど落ちてしまったけれど、まだ酷く滑りの良いアスランの体を、ざあっと流して。
「立てます？」
「あっ、あ・・・あ」
肌を湯が滑ることにさえ感じてしまうのか、一瞬体を跳ねさせたアスランは、それでもこくりと頷いて、シンに支えられて立ち上がった。
「じゃ、入りましょう」
「いや、待っ・・・シンっ」
そのまま、連れ込まれた浴槽で、また、何度もされてしまい。
自分の流され易さを、この後アスランはつくづく呪う破目になる。
シンが目を覚ましたのは、柔らかな毛布の中だった。
柔らかな毛布と、傍らの恋人のぬくもりと。
幸せな夢見心地で、シンがその恋人を抱き寄せようとした時。
「起きたか」
べちんっ、と、額をぶっ叩かれた。
叩かれた頭は、その衝撃以上にくわくわする。なんでだろう。
頭を巡らせて、寝転んだまま肘を付いて見下ろすアスランを見やると、落とされた明かりでもよくわかるほどに、不機嫌そうな顔をしていた。
「だから俺は嫌だと言ったんだ」
「え、何？」
聞いたら、またひっぱたかれた。痛い。
「お前、３回目の後のぼせてひっくり返ったろうが！」
「あ・・・」
思い出した、ような気がする。
確かにこの人の中でイった後、記憶がないような・・・
「あれ、４回目じゃなかったっけ」
「お前が勝手に先にイったな、そういえば」
低い声が降ってきて、がっちり上からホールドされて。
「すいません・・・」
シンはもう、謝るしかない。
「お前拭いてベッドに連れて来るの大変だったんだぞ。こっちだってのぼせてるってのに・・・」
「すみません」
謝り倒す。ごめんなさい。
「だから、自分より体力ない奴と、風呂場でヤるのは嫌なんだっ！」
まだぶつくさと文句を言っているアスランに、シンだって言いたいことはある。
圧し掛かってくる恋人の、首根っこ捕まえられた腕を引き剥がして。
「だったら先にそう言えばいいじゃないですか」
「言って聞いたか？お前。・・・もういい、さっさと帰れ！」
今度は派手に蹴り出され、そりゃあないよとベッドに縋った。
「えー、泊めてくださいよ」
セックスだって好きだけど、恋人といちゃいちゃする朝は格別なのだ。
明日は、せっかく二人とも休暇なのに。こんなチャンス、めったにないのに。
「出てけ」
しかし、アスランは冷徹にそう言い放つと、赤い上着をシンに叩きつけて、ベッドの中で丸くなってしまった。
あ・・・本気で怒っちゃった。
上着の金具が当たった頬が、痛い。
「アスランさぁん」
それでも何とか口説き倒そうと、布団の端をめくり上げると、まるで野生の獣のような、ぎらぎらする目で睨まれた。
「ごめんなさい・・・・」
シンのしゅんとした声にも答えずに、アスランはぎゅうっと丸くなってしまう。
意固地になったアスランには、何を言っても無駄になる。仕方がないので、シンはとぼとぼと自分の部屋へと戻った。
オートロックが閉まる音を確認して、アスランはちら、とドアに視線を投げた。
かわいそうなこと、したかな。
しかし、躾はちゃんとしないと駄目なのだ。特に、あいつは学習能力がなさ過ぎる。
うんうん、と頷いたアスランは、いろいろな疲れが重なって、そのままぐっすりと寝こけてしまい。
翌朝、ミーアの襲撃に、ベッドから転がり落ちる破目になったのだった。