intermission
加藤指令に渡された書類を手に、森次隊長を探していた矢島は、しかし目当ての人物を見つけだしても、声をかけることを躊躇った。
「ちょっと！ボクの森次さんにくっつくなよ！」
「誰の！誰ですって！？」
右手にヒトマキナを名乗る少女、左手にはいつものように山下を引っ付けて、きゃんきゃんと両脇から騒がれている森次は、矢島から見ても酷く気の毒な状態だった。
しかし、彼はそれを意にも介さない様子で、平然とレストルームの自販機へ向かった。
そうして、長い付き合いで心得た山下が離した右手で、器用にカードを取り出して。
そうして、左右の二人を見下ろした。
「何がいい？」
とたん、あれがいいこれがいい、いや貴方からもらえるんなら何でもいいと騒ぎ始める二人。
天然のタラシって、ああいうのを言うのかなぁと、思って見ていると、ふいと顔を上げた森次と目が合った。
黒髪の間から覗く、黒々と濡れたような瞳は、確かに、矢島が見てもどきりとするような色気があった。
「矢島、用事か」
「ああ、はい」
少しぽうっとしていた自覚のあった矢島は、すぐに気を取り直して預かっていた書類を手渡した。
「今度の首脳会議のリーク資料です。一応目を通しておいて欲しいと」
「ああ、すまない」
渡された資料をざっと確認してから山下に預け、それから森次はひどくさりげない一連の動作の後に、矢島の目の前に湯気の立つ紙コップを差し出した。
「ご苦労だったな」
「・・・ありがとうございます」
受け取ったコーヒーは、矢島がいつも飲んでいる、アメリカンのミルク入りだった。
それを有り難く頂くと、両脇からまたきゃいきゃいと声が上がった。
「ボクも！ボクもそれがいいッス！」
「あたしもー！」
・・・大変だなぁ。
そう、しみじみと矢島が思ったところで、背後から、騒ぐ二人に劣らない陽気な声が上がった。
「あ、じゃあ俺もおごってもらっちゃおっかなー」
「うわ」
驚く矢島の後ろから現れたのは、大きな書類袋を抱えた道明寺だった。
「これ、牧さんからです」
「ああ、もうできたのか」
付き合いの長くなった元JUDA組は、その無表情の微妙な差異から、その書類がどちらかと言えば趣味に類するものだと推測した。
まあ、無茶な改造はマキナ自身が嫌がるだろうからしないだろうけどさ、と、同じファクターである矢島は思い、道明寺はむしろ、一回くらいドリル付けてみればいいのにと半ば本気で思った。
結果、道明寺は赤マジックで【部外秘】と大書きされた書類袋と引き替えにコーヒーを受け取り、森次の両脇の二人は、更にきゃいきゃいと騒ぎ立てた。
「するいです！あたしが先なのに！」
「いやだから！誰が先だって！」
「働いた者からだ」
その言葉通り、森次の受け取るべき書類を預けられた山下に砂糖ミルク入りのコーヒーが渡り、最後にマキシがココアを受け取った。
ヒトマキナとはいえ、マキナがココアなんか飲んで大丈夫なのかと心配性の矢島は思ったが、そんなことは他の誰も問題にすることはなく、やっとその場が静かになった。
が。
「ちょっと！玲二！」
すぐに、最近やっと聞き慣れた声が上がった。
山下と真来梓ならばまだ可愛い言い合いに聞こえたが、今度は全然可愛くない声だった。
「そいつなに？」
加藤機関の仕事より、表の顔である桐山重工社長の仕事の方が多い（当たり前だ）桐山を見るのは、矢島も道明寺も久しぶりだった。
人前では気障ったらしい仕草もしてみせるくせに、子供のようにだかだかと走ってくるその姿。
今まで、森次を捜していたことは、なんだかもうひと目でわかった。
「報告書を読まなかったのか？大場真来梓さんだ」
しかし相手は森次玲二。
そんなことに動じる訳がない。
「そーじゃなくて！ああもう、ボクの玲二から離れろよ！」
まるで幼児のようなセリフを大の大人がしかも良い声で吐き、子供（少なくともそう見える）二人を引き剥がそうとする。
しかし、その二人も、森次好きとしてはただ者ではない。
「誰の誰って言った！？」
「誰の、誰ですって・・・あ！」
しかも、そのうち一人は人間ですらなかった。
「玲二さんって呼んでもいいですか？」
その場の空気を全く読まない・・・・あるいは全く無視した要求をがっつり突きつけて。
「かまわない」
当然のように返った答えに、もちろん、残りの二人は猛抗議だ。
「玲二！！」
「森次さん！！」
「大人げないぞ、二人とも」
自分の分のコーヒーを手にして、さらりと注意するこの人は、この騒ぎの原因が自分にあると、本当にわかっているのだろうかと、矢島は
本気で不思議に思った。
「ボクまだ大人じゃないッスよ！」
「そういう問題じゃないだろ！」
うれしそうに森次の右手に絡みついた真来梓と、ぎゃいぎゃい騒ぐファクター二人と。
そんなものを眺めながら、矢島はしみじみと呟いた。
「森次さん、なんであんなのにばっかりモテるんだろうな」
「そりゃ、アレじゃね？」
それに、ずるーっ、と、ブラックコーヒーをすすって、面白そうに道明寺が答えた。
「あんなのにばっかモテても、全然ダメージ受けねえからじゃねえの」
なるほど。
矢島は思わず、深く深く頷いてしまった。
右手に真来梓、左手に山下、背中に桐山にまとわり付かれ、それでも平然と歩み去るうちの二番隊隊長は、やはり、タダモノではないのだろう。
そんなのが上にいるんだから、うちも結構大丈夫かも、なんて。
考える矢島もどっかおかしいのだが、それを見抜いて素早く突っ込んでくれる早瀬は今ここにはおらず。
道明寺は面白そうに、そんなファクターとマキナたちを眺めていただけだった。