今、このひととき
パンドラに所属する者の誕生日には、２つの種類がある。
まずは、自分の生まれた日を知っていた者。
真木や紅葉がこれに当たる。
愛されたどうかは別としても、ある程度の年齢までを、血縁者、もしくはそれに類するものに育てられた者だ。
そうして、もうひとつ。
兵部が適当につけた誕生日を持つ者、だ。
葉や澪のように物心つく前からひとりで、自分の生まれ日を知らない者が、これに当たる。
たとえば、初めて出会った日だとか。
たまたま、誕生日を知らないことに気づいた日だとか。
そんな日を、「君の誕生日だよ」と言って生まれて初めて祝われたら、そんなもの、誰だって心を鷲掴みにされるに決まっている。
もちろん、そういう時の兵部には、珍しく他意はない。
ただ、「君が生まれてきてくれて良かったよ」と。
心の底からそう思って、その日を、兵部に決めてもらえる。
そんな者たちを。
真木は、正直羨ましいと思っていた。
「贅沢者め」
そんな告白を、兵部は笑って一蹴した。
３月１１日夜。真木のベッドの上。
正確には、真木のベッドの上の、更に真木の膝の上で、だ。
「生まれ日はともかく、自分がいつ頃どの辺で生まれたかは、知ってるに越したことないだろ」
健康管理とか、占いとかね。
ごそごそと、真木のパジャマのボタンを外しながら似合わないことを言う兵部の、まだしっとりと湿った髪に唇を寄せる。
香料の入っていないシャンプーを使っているから、甘く香るのは純粋に、この人の髪の匂いだ。
「占いとかやるんですかアンタ」
「あれ、ホンモノってプレコグかサイコメトリか、その辺ベースの複合能力だろうけど。透視み切れないとこ統計情報で補ったりするから、正確な情報があった方が精度が高い」
「はあ・・・」
まさか、こんな現実的な答えが返って来るとは思わなかった。
そうこうしながら真木のシャツを脱がし切った兵部は、満足げな顔をして。
「僕は、お前が自分の誕生日覚えてて良かったと思うぜ？」
両手で情人の髭面を挟み込むと、どんな聖人君子でも堕ちるだろう、とろけるような笑みを浮かべた。
「ちゃんと、こうして祝ってやれる」
そうして、ちゅ、と口づけを与えてくれる人の、細い腰を抱く。
自分でバスローブを脱ぎ捨てたその人の体は、しっとりと腕に馴染み。
「誕生日おめでとう、真木」
漆黒の瞳にのぞき込まれ、いったん離れた唇で、そう囁かれて。
勝手に震える胸を押さえ込み、真木からも、ありがとうのキスを返す。
もう、誕生日を祝われる年でもないというのは、関係がない。
この人が祝ってくれること。
それが、一番大事なのだから。
「で、今年もまた、あなたを頂けるんですか？」
ちゅ、ちゅ、と軽いキスを繰り返し、頬に、目元に、最後に額の傷に口付ける頃合いで聞くと、意地の悪い顔を作って兵部は笑う。
「なんだ、いらないのか？」
「いりますよもちろん」
１６の誕生日に、『あなたが欲しい』と言ってから、真木の誕生日プレゼントは、ずっとこの人自身だった。
「お前の喜びそうなもの考えたら、絶対こうなるんだから仕方ないだろ」
わざとらしく尖らせた唇に、またキスをして。
「俺を喜ばせたかったら、たまには仕事をして欲しいんですけどね」
それは、いつもの軽口だったけれど。
「僕のできる範囲で、だ」
そう言った、その一瞬。
どろりと濁った瞳の闇が、いっそう深くなったことを、真木は見逃さなかった。
それでも。
「できない訳じゃないでしょうに・・・」
そうぼやけば、ははっ、と軽い笑いが降ってくる。
そうして、尖った膝でぐりりと股間を刺激された。
そこはもう、すっかり大きくなって、目の前の体を欲しがっていた。
「そっちも、脱がせて欲しいかい？」
余裕ぶって笑った唇が、それでも上がった息をつく。
「はい」
即答すれば、それはまた、熱い息を吐いて。
「よし」
そう応えて、長い指が、真木のベルトにかかった。
すっかり勃起したものを、しなやかな手で引き出されるのは、背徳めいた快感があった。
しかも、その手はそのまま留まって。
やわやわと揉み込んで来るからたまらない。
「っ、少佐」
「もう濡れて来てる」
嬉しそうな声は、らしくなく上ずっていた。
ああ、欲しいんだな、とわかる声だ。
「あなたが、欲しいですから」
その代わりに、自分の欲を口にして、背骨をするりと撫で下ろす。
そこでわずかに膝を立ててくれるのは、もう、互いの慣れた呼吸だった。
尾てい骨の更にその下、尻の狭間にそっと触れて。
ひくつく様子を確認し、濡らさなければと炭素繊維を伸ばすと、ひゅぱ、と、頭の上で空間を裂く音がした。
「でっ」
「ははっ」
案の定、頭の真上に現れたローションの瓶は、しかも蓋が開いていた。
「ああもう」
「は・・・ははははっ」
どろりとした粘液を頭から垂らした男に、兵部は思わず爆笑する。
「アンタがやったんでしょうが・・・」
「だってお前・・・ははっ」
その、子供のような笑い顔は腹立たしいが、少し、嬉しい。
それでもやっぱり、腹立たしいので。
「だから、アンタがやったんでしょうが」
「ふぁ」
髪からこぼれ落ちるローションを、たっぷりと拭い取ったその指を。
真木は、兵部の秘所にぬるりと差し込んだ。
欲しがって仕方のないそこは、節の立った指を難なく飲み込んで。ゆるりと蠢く襞でもって、やわりやわりと包み込む。
「んっ・・・あ、いい、・・・・」
兵部のイイところなど、全部知り尽くした真木の指は、たった一本でも、的確に兵部を追いつめる。
すっかり腕の中に落ちている、しなやかで白い体は、発情し切った甘さで匂い立ち。
縋る場所を求めてさ迷った手のひらが、真木の髪を掴み締めて。
「ぶっ」
また、笑った。
「に・・・っ、にちゃにちゃ・・・・」
「アンタね」
確かに髪はにちゃにちゃだが、だからそれは兵部のせいだ。
それに。
「こっちの方がにちゃにちゃですよ」
「んんっ」
指を増やしてひと思いに突き込むと、言葉の通り、にちゃりといやらしい水音が立った。
「お前が、濡らすからだろ」
「十分に濡らさないと、もらえないでしょう」
この、手間のかかるプレゼントは。
「フン」
そうすれば、兵部はローションでべとべとになった手のひらで、真木の頬をぱちゅんと叩いて。
「なら、さっさと受け取れ」
むぎゅ、という勢いで、キスをした。
「・・・はい」
子供っぽい仕草からは、考えもつかない官能的なキスを寄越すその人の、細い腰を抱き上げる。
心得た兵部は、真木の首に腕を回して。
そのまま官能的に誘い込もうとしたのだろうが、ローションで濡れた手をうっかり滑らせてしまい、真木の肩に思い切り突っ込んだ。
「うわ、っ〜〜〜！！」」
「ちょっ・・・何やってんですかアンタ！」
弾みで真木の手も滑り、慎重に進めるはずが、一息に根本まで飲み込ませてしまって焦った。
もちろん、そのくらいで壊れる体ではないことは承知しているが、それでもこれはきつかっただろう。
そう思って、肩口に乗った銀色の頭をのぞき込めば、いまにも溶け出しそうに潤んだ瞳が、眼光だけは鋭くきっ、と睨んできた。
「おま・・・が、さっさとしないから！」
「・・・すみません」
言っていることは完全に言いがかりなのだが、せっかくもらったプレゼントの機嫌を損ねないようにと、真木はその可愛らしく赤らんだ目元にキスを落とし。
それから、支え直した腰をゆるりと揺すった。
「あ・・・・」
「馴染ませる必要はないようですね」
そこは、突然の侵入の驚きからすっかり立ち直り、嬉しそうにきゅうきゅうと締め付けている。
「っ、たりまえだろ」
もう、すっかり馴染んだ真木の体だ。
多少の無茶でも、兵部の体はあっと言う間に受け入れる。
「・・・はい」
そんな愛しい体を抱きしめて。
真木は、もらったプレゼントを堪能すべく、濡れた襞をゆっくりと突き上げだした。
「っ、あ、ふぁ・・・・」
とたんに彼のプレゼントは、甘い声を上げて身悶えて。
真木の欲を、欲しいままに受け止めてくれた。
『僕のできる範囲で、だ』
真木の大事なこの人は、未来の約束など決してくれない。
代わりに。
今、このひとときを、真木にくれる。
腕の中に収まり、体の奥まで明け渡し。
しなやかな腕で、きゅう、と真木にしがみついて。
今、このひとときだけは。
誰のものにもならない彼自身を、真木に、くれる。
それに甘んじる振りをして、今年も、真木は兵部を抱きしめる。
こうして、今年もここにいてくれること。
それが、何よりの贈り物なのだから。