意地っ張りの幸福と
まさか、この年で色に溺れるとは思わなかった。
しかも、こういう形で、だ。
すべてを貪り尽くされるような口付けを受け、抜けかかった腰を抱き支えられながら、兵部は思った。
「・・・よろしいですか？」
この後に及んで聞いてくる真木の、ごわついた髪（のようなもの）を返事代わりにぐいと引っ張る。
そうすれば、彼は兵部を丁寧に抱き上げてベッドまで運び、そうして学生服の喉元のフックを外すと、そのままそこに食らいついた。
「こら、サボってないで脱がせろよ」
上着の中に手が差し込まれ、シャツの上から背中やわき腹を撫で回されて、兵部は膝を曲げて腹を蹴ってやりながら文句をつけた。
「すみません」
正直、服の上からの愛撫では物足りな過ぎての行動だったが、真木は喉から上げた口で律儀に謝った。
そうして、時折、我慢できないとでも言うかのように白い肌に口付けを落としながら、兵部の服を脱がせていく。
イレギュラーだったとはいえ、軍隊生活を経験しているから、他人に体を見られることに抵抗はない。
しかしだ。
喉元から首筋へと唇を落とされ、時折軽く歯を立てられて。
震える胸から、皮膚の薄い腹へ。そうして脚の間へ、大きく力強い手を這わされて。
ほんの少し、入れる力を違えれば、そのまま死へと直結する急所を好きなように弄られて。
それに嫌悪どころか快楽を感じてしまう自分が、兵部は不思議でならなかった。
挙げ句、脚を愛撫していた手のひらが、その脚を強く割り開き、その狭間の・・・体の中の入り口までを触られて、兵部はちいさく声を上げた。
「っあ・・・・っ」
とたん、弾かれたように真木が顔を上げた。
「お辛いですか？」
「違っ・・・分かれ」
今の声の、どこが辛そうだったというのか。
あんな、甘ったるく濡れた声の、どこが。
「・・・申し訳ありません」
「ぁ・・・」
気持ちのいい場所から、真木の手が離れていく。
惜しむ声が勝手に上がり、己の浅ましさに呆然としているうちに、もう一度、そこに真木の手のひらの温度を感じた。
ぬるついた指先が幾度かそこに触れ、そうして。
「っ、くぅ・・・・っ」
ぬる、と、ぬめりをまとったものが、ぐうっと奥まで入ってくる。
まだ指一本だろうに、それに肉を割られる感覚は、兵部の体に確かな快楽を刻み込んだ。
びくびくと震え、真木の指を食い締めてくる体を宥めるように、もう片方の手のひらが、ゆっくりと強ばった脚を撫で、内腿の皮膚の薄いところに柔らかなキスが落とされる。
その意図どおりに宥められ、力の抜けたそこでゆるゆると指が動くたび、ひくひくとそこが反応するのがわかる。
「っ・・・・ぁ・・・・」
自分よりも、ずっと大きくなった子供の前にこうも弱いところばかりを晒して。
体の中までも暴かれて、それでも平気なその理由。
それは。
脚を支えていた真木の手が、腹から胸へと辿るように滑っていく。
それが、荒々しい欲を乗せつつも、とても大切なものを扱う手つきだからだ。
この手に、自分のすべてを預けても大丈夫だと知ってしまったから。
そうしてそのまま、ただ、与えられるものを貪るだけの快楽を、自分が知ってしまったからだ。
その手が頬に添えられて、真摯でしかし熱っぽい、雄の欲を隠さない瞳に覗き込まれてゾクリとした。
「少佐、もう、いいですか？」
「何が、かなぁ・・・・」
余裕ぶったセリフは、しかし上擦って無理が見え見えだった。
ゆるり、と増やされた指を開かれて。入り口を広げられて、んあ、と情けない声が上がった。
「もう・・・入っても、いいですか？」
律儀に聞いてくる養い子の、そのちょっとボリュームのある髪の上に手のひらを乗せて。
「しょうがないな」
緩く息を吐きながら、中にある指を締め付ける。
これよりも、もっと大きなものが入ってくるなんて、今でも信じられないけれど。
「いいぜ、来いよ」
ニヤリと上がった口角は、決して無理したものではなかった。
「しょう、さ・・・」
熱く掠れた真木の声に、ぞくぞくする。
この男を、こうも興奮させているのが自分なのだと。
そう肌で感じることは、兵部の快楽も深くする。
ずる、と余裕なく抜かれた指の代わりに、熱く大きなものがあてがわれた。
必死に息を吐いて力を抜こうとするも、そのまま潜り込まれては、自分の体のコントロールもできない。
「いっ、ぁ・・・・・っ」
痛みよりも、その存在感がたまらなくて、兵部は大きく首を振った。
力の入ってしまったそこをどうにかしようと、真木の大きな手が、抱き支えた兵部の腰を撫でさする。
背骨の下から２番目あたりに指が当たったとたん、何故だかカクンと力が抜けて、その一瞬を見逃さず、真木は奥まで入ってきた。
「ん・・・っ」
無防備な襞を割り裂かれ、擦られて。
どうにもできなくて震えるばかりの兵部の頬に、あたたかいものが触れて。
いつの間にかきつく瞑ってしまった目を開けると、間近に真木の顔があって。
今度は目元に触れた唇に、涙がこぼれてしまっていることを知らされた。
「少佐」
わずかな雫を吸い取って、濡れた真木の唇が囁く。
こんなことをしている最中だというのに、ひどく真摯な瞳が見下ろしている。
「ぁ・・・・」
その声と眼差しに、ひく、と自分の中が跳ねたのがわかった。
まだ、余裕は戻らない。
それどころか、ますますおかしくなりそうな熱に、体中を支配されているけれど。
「なんて顔、してんだい」
それでも兵部はニヤリと笑った。
いつも通りに笑っているはずだった。
「いつまで、そうやってるつもりだ。・・・そろそろ動けよ」
本当は、わずかでも動かれたくない腰を自分で揺する。
とたんに上がりそうになった声をかみ殺すが、すぐさまそれは意味を失った。
「っあ！あ、や・・・・っ！」
もうない、と思えるほどの深さだったのを、更にもっと深くされて。
そのことに驚いた体から、今度は勢いよく引き出され、また深々と突き刺される。
「あ、あ、あ・・・・ああっ・・・・」
自分を犯す男の背中にすがりつき、兵部は声を上げ続けた。
気持ちよくて、どうしようもなくて。
「しょう、さ・・・・」
しかも真木は、余所への刺激だけで十分に育っていた兵部のものを、その大きな手で握ってきたからたまらない。
「っ、ばっ！あ・・・っ！」
馬鹿、と言いたかったのに言えなかった。
あまりの気持ちよさに、言葉も思考も消し飛んだ。
ただ、与えられる快楽にのたうつ兵部の体に、真木はただ、想いの丈を刻み込み、そうして。
「・・・っ、しょう、さ」
呼ばれて、ふと我に返った。
とたんにどうしようもない腰の虚脱感やら、まだなくならない圧迫感やら。
体の奥の神経を、直接触られているような快感やらが一気に戻ってきて、兵部はひくりと身を震わせた。
どうやら、あまりの快感に、達した衝撃で気を失ってしまったようだった。
「・・・・ぁ」
やっと焦点の合った兵部の瞳に、安心したように真木が息をつく。
それが中に響いてしまい、息を詰めると中が勝手に締まってしまう。
そうして、真木の存在を噛みしめて、しまう。
まだ、真木が中にいる。
その感覚が、兵部を高ぶらせた。
「はぁ・・・・」
吐かれた吐息の甘い色に、彼に恋する男が我慢できる訳もない。
「あの・・・少佐」
「・・・ああ」
うっすらと笑んだ瞳は、濁った闇色。
見ているだけで、切なくなるような。
欲をかき立てられるような、不思議な色。
それを、とろりと潤ませて、真木の愛する人は艶然と笑う。
「まだ、欲しいんだろ？」
「・・・はい」
くすくすと、機嫌良く笑っているのは、今さっきの行為が満足のいくものだったからだろう。
しかし。
「いいよ。・・・でも」
くい、と髪を掴まれ引き寄せられる。
そうして、まだ荒い吐息が触れるほどの距離で。
「さっきより悦くしないと、承知しないぜ？」
そう言いながら、うっすらと笑んだ昏い瞳に、自分はどう映っているのか。
真木にはよくわからない。
こんな行為を許しているのだ。それなりに心許されているとは思っているのだが。
「わかりました」
そう答えると、ニィと笑った唇にかぶりつかれた。
「・・・いい子だ」
心までも食らうようなキスのあと。
滴るほどに濡れた唇に、そうあやすように囁かれ、かっと頭に血が上る。
それが、怒りなのか悔しさなのか、それともただの欲望なのか。
わからないまま、真木は兵部の望みを叶えるために、再びその体に律動を刻み始めた。
真木に言ったことはないが、兵部に経験などはなかった。
だから初めての時、兵部を酷く泣かせてしまったのも傷つけてしまったのも、自分が下手だからだと思いこみ、随分悩んでいたらしいのだが。
今は。
「っあ・・・っ！」
「さっきよりも悦く」は、兵部が出した条件だったが、出した自分がそれをすぐさま後悔していた。
先ほどよりも細やかな愛撫に、先ほどよりも激しい動き。
もうこれ以上ないと思っていた性感が、天井知らずに上がっていくのがよくわかる。
本当に、おかしくなる。
でも。
兵部は、真木の首に手を回し、震える腕でしがみついた。
「まだ・・・足りないぜ？」
そうして、その耳朶に齧りつきながら、必死の強がりを囁きかける。
こんな体（もの）で良いのなら、いくらでもくれてやるから。
だから。
「もっと、お前を寄越せ」
そう囁くと、再び歯を立てようとしていたものが、ぬるりと唇を滑っていなくなった。
「・・・・ぁ」
口寂しさに勝手に口が開いて、しかも黒々とした瞳にのぞき込まれて閉じられなくなった。
「・・・あなたという人は」
その、視線と声に込められた、情欲と苛立ちとそれからなにか、もっと深いもの。
それにとどめを刺されるように、二度目の絶頂が訪れて。
しかし、兵部に「もっと」と言われた真木が、それで終われるはずもなく。
幾度も幾度も達かされて、強がる気力もなくなった兵部がもう無理だと泣き出すまで、それは続いたのだった。
「申し訳ありませんでした」
「謝るこたないさ」
あたたかなシャワーの雨に打たれながら、どこかぼんやりと兵部は答えた。
「しかし・・・」
石鹸を泡立てたスポンジが肌を滑っていく感覚は、収まりかけたものが呼び起こされるか否かのギリギリのラインで気持ちがいい。
髪から指先から脚の間、更にその中まで。
体の隅々までを洗われて、なんだか凄くキレイになったようで気分がいい。
「気持ちよかったんだから、いいじゃん」
多少無理をしたところで、自分の体がいい加減ポンコツなのはもう随分前からなのだし、気持ちよくなるためにしたセックスなのだから、それでいいじゃないかと兵部は思う。
「・・・少佐、目を閉じてください」
「ん」
さあ、と頭から湯がかかって、シャンプーの泡が髪の間を通って滑り落ちていくのがわかる。
その感触が気持ちよくて、力が抜ける。
「少佐」
水音に混じる真木の声も気持ちがいい。
もう、このまま眠ってしまいたい。
「寝てもいいですから、口は閉じておいてください」
「・・・うるさいって？」
口を開けたまま眠ってしまいそうになったのを指摘されて、意味のない抗議を無理矢理した口からは、香料の甘ったるい匂いがする。
「泡が入ると言っているんです」
「もう入ってる」
「少佐・・・」
呆れたような真木の声。
無骨な指が、口元を拭う。
それから、熱いもので唇を塞がれて。
サァ、と、髪を体を濯がれる感触と、ただ触れるだけのキスと、抱き支える腕のぬくもりと。
ふわふわとした感覚の中、眠りに落ちるその途中。
感じたそれが、「幸福」であると、彼が気づくことはなかったけれど。
「・・・少佐？」
すっかり寝入ってしまった愛する人を抱き上げて、ベッドへ運ぶ真木は確かに、儚い幸福を味わっていた。
それが、ほんのつかの間のことであると、わかってはいても。
この人が、こんな顔をして眠ることができるのだから。