癒える
たぶん、忙しかったのだろうと思う。
忙しくて、それどころではなくなってしまっていたのだと、思う。
毎年、８月の初めになると不安定になり、姿を消したり子供たちと異様にはしゃぎ回ったりしだすこの人が、今、ぼんやりと真木に頭を洗われているというこの状況は。
今日の兵部は、普通に朝起きて子供たちの相手をし、午後は少し昼寝をして（させられて）から、真木の仕事の邪魔と手伝いを同時にしていた。
彼なりの、家族サービスというわけだ。
その流れのまま皆と夕食を取り、こうして一緒に風呂に入っている。
無骨な指に絡みつく柔らかな銀糸を痛めないように、そっと頭皮をマッサージしていると、その頭が、とん、と真木の胸に寄りかかってきた。
「洗いにくいですよ」
「うるさい」
そのまま、すりりと喉元に泡だらけの頭をすり寄せるのは、この人の甘えの仕草のひとつだ。
ぴったりと胸に触れる小さな背には、いくつもの傷跡の感触。
また増えてしまったそれの中で、一番大きいのはやはり、胸から背に、鋭くない何かが貫通した跡だろう。
虚数空間からの帰還と、その直後の戦闘。
その後の、フェザーや伊号の諸々と。
体調も戻らないのに好き放題暴れるものだから、寝込んで真木たちを心配させたりもしていたし。
・・・そんなこんなで、忙しかったのだろうと、思う。
そのせいで、この人がこの日、こうして落ち着いているのなら、それもそれで悪くはないのかも知れない。
そう思って、真木は喉元に突っ込んだままの銀色の頭を。・・・額を、そっと撫でた。
兵部の反応は特にない。ただ、すりすりと真木に泡だらけの銀色を懐かせている。
これは、もう、だいたい洗えていたので諦めよう。
「流しますよ」
「んー」
それでもなんとか引き剥がしながら泡を流すと、濡れた銀糸の隙間から、闇色の瞳が艶を乗せた視線で真木を見上げた。
それを、努力をして無視をする。
「目に入りますよ」
「痛っつ、ちょっと入っ・・・ぶ」
「言わんこっちゃない」
ざばざばと、シャワーを強めてそれをセリフごと遮り。
泡を流し切ると、今度はボディーソープをスポンジに泡立て、白い肌へと滑らせる。
全くもって、いつもの手順だ。
「んんっ・・・」
他意はない。
ただ、いらん生体コントロールをしてまでこの暑い中学ランを着ていた人の、汗を流しているだけだ。
それでも兵部は甘い吐息をつくと、泡にまみれた腕を後ろ向きに真木の首に掛けて。
艶めいた唇で、笑って真木を誘うから。
それに応え、濡れた唇を軽くついばんでやり。
「続きは、ベッドです」
「やなこった」
あえない抵抗は、あっさりと却下されてしまった。
「あなたという人は・・・」
ひとつ、大きくため息をついて。
しかしそれを十分に予想していた真木は、手の中のスポンジから、たっぷりと泡をすくい取り、その手を兵部の白い胸へと滑らせた。
そのままその指先で、胸の尖りを引っかけるようにして洗ってやれば、ぴたりと合わさった背中がひくんと跳ねた。
赤みを増したその先が、泡の中から顔を出している様はいやらしく。もっと触れろと、淫らに主張しているのだけれど。
真木は少し躊躇ってから、胸を愛撫していた指を、少しだけ下げた。
彼の胸の真ん中には、彼を彼たらしめている、大きな傷がふたつある。
７０年近く前の、この日。
彼が受けた、銃弾の跡。
その跡に、そっと触れる。
常の愛撫のように、やわやわと、労るように。
「んっ、ふ・・・」
そうすると、その人は。
いつもと変わらぬ夜のように、感じて甘い吐息をこぼした。
真木は、彼の傷を愛撫する。
古いものも。
そうして、受けたばかりの新しいものも。
兵部の方もわかったのだろう。
ちらり、と真木を見上げて。
しかしすぐに視線を遠くへ戻し、「もう治ってるよ」と、わざとらしく見当違いな返事を返した。
「そうですか」
そのまま、真木は愛してやまない、傷だらけの胸を丁寧に泡だらけにして。
「ふっ・・・」
その胸の持ち主は、望んだとおりの愛撫に感じた声を漏らし、そうして機嫌良さげに、その手に自分の薄い手のひらを重ねた。
「やらしい手つきだな」
気がつけば、随分大きさの違ってしまったそれは、しかし、確かに真木を導いてくれたもの。
それを捕まえ、指先にキスをすると、兵部の腰が真木の膝の上で、不穏な様子で揺らめいた。
具体的に言うならば、小ぶりな尻を、反応を始めている真木のものにすり付けているのだ。
「・・・いやらしいのは、あなたです」
「ふふっ」
我が意を得たりとでも言うかのように笑った兵部は、そのまま、伸ばした指でざらりと髭の頬を撫でた。
誘われるままに口づけて、望まれるままに、淫らに開かれた足の間の触れる。
真木のものと同じように、固くなり始めたそれの根本をくすぐって、焦らされたと文句を言われる前に、更に後ろへと指を伸ばす。
「ん、ふ」
ボディーソープを潤滑剤代わりに使うのは、あまり体には良くないのだけれど、わざわざ取りに行けば、この人の機嫌を損ねるのは目に見えている。
くるくると、欲しがってひくつくそこを撫でてから、一度、スポンジに触れて泡を足し。
離れた指に、不満げな様子を見せたその人を、再びそこに触れることで宥めてから。
「ぁ・・・・」
ぬるり、と指を差し込んだそこは、既に熱くぬかるんでいた。
どうりで、欲しがる訳だ。
ぬくぬくと、遠慮なく中をかき回せば、腕の中で跳ねる体が可愛らしい。
「んっ、・・・真木」
何もかもを真木に預け切って、ただ快楽をねだる人が愛おしい。
白い脚が無造作に跳ねて、浴室の床を蹴りつけるから、これ以上怪我を増やさないようにと、まとめて膝の上に上げてしまい。
「ふぁ」
自分で誘って大きくしたくせに、兵部の腰が、真木のものに押しつけられてひくんと震えた。
「まだですよ」
「・・・さっさとしろ」
さすがにまだ入れられない、と言えば、強がった返事が返るのはいつものことだ。
「わかってます」
そうは答えながらも、兵部に無理をさせるのは真木の本意ではない。
ボディソープを足した指をその中に増やして押し開き、掻き混ぜ、同時に胸も触れて感じさせてやりながら。
愛しい人のそこを、自分を受け入れるための、性の器へ変えていく。
「んぁ、っ、馬っ鹿・・・」
三本に増やした指を深々と差し込めば、泡で滑る体が、陸に打ち上げられた魚のようにのたうって、膝の上から落ちそうになってしまうから。
中から引きずり出した指で、それが薄い肉に食い込むほど強く、その腰を捕まえて。
「もう、大丈夫ですね？」
銀色の髪を鼻先でかき分けて、耳朶に直接唇を付けてそう囁けば、その頭がのけぞって。
よくある頭突き事故を避け切った顎に指をかけ、兵部はニイ、と赤い唇を笑ませて真木を見上げた。
闇色の瞳が、淫らに濡れて笑っている。
とてもとても、楽しそうに。
とてもとても、気持ちよさそうに。
「はやく、来い。・・・っ、は・・・・あんっ！」
息の切れかけたその声は、真木のものを受け入れて、すぐさま甘い悲鳴に変わった。
その人の中は、熱く、狭く、気持ちよく。
いつものように真木を受け入れて、淫らにうねって先を促した。
それに応えてやりながら、真木はこの、愛しい人を全霊で想う。
一人で行動しているときに、何があったのか、兵部は詳しく語らない。
真木も、詳しくは、聞かない。
ただ、この人を縛る憎しみの鎖が、近頃目に見えて、軽くなっていくのはわかるから。
深々と中を穿ちながら、額の傷跡に口づけると、その人がただ、ふにゃ、と気持ちよさそうに笑うから。
だから。
たぶん、忙しかったのだろうと、思う。
忙しくて、それどころではなくなってしまっていたのだと、思う。
そういうことにしておいた方が、この人も不機嫌にならずに済むだろう。
そう思って、真木はまた、兵部の額に口づけた。
傷の残る胸を、抱きしめた。
そうすれば。
その人はまた、気持ちよさそうに、啼いてないて、果てた。