欲しがりの、複雑な欲求
まるで、フシャー！と吹く寸前の猫のような主の様子に、真木は心の中でだけ、天を仰いだ。
「あ、の、ガキいつもいつも僕のチルドレンにーーーっ！」
あ、吹いた。
ていうかアンタのじゃないでしょう。
突っ込みも、心の中でだけ。
今、口を出したら絡まれて面倒なことになる。
相手がブラックファントムだと知って、電脳経由で地球の裏側まで力を送った後なのだ。
ここは大人しく休んでもらわないと、真木の方がゆっくり休めない。
が。
「何が【喜ばしい】だ！僕は全然喜ばしくない！」
ひっ掴まれてぶん投げられた枕がこっちに飛んできたので、真木はそれを受け止めて。
しっぽをぶっとくしたような主に、何か声をかけるか否か。
「子供たちをあんな風に使いやがって・・・・っ！」
考えていたところに、同意せざるを得ない呟きが聞こえたものだから。
「・・・そうですね」
思わず、応えたのがまずかった。
「だろう！？」
主の、真っ黒な双眼が真木を射た。
あ、まずいな、と思った。
「っ、のやろう・・・っ！！」
「今から襲撃は駄目ですよ」
「わかってる！」
たしなめたのは、むしろ彼の気を余所へ逸らすためだ。
兵部だって、敵の本拠もはっきりしないのに飛び出すほど馬鹿ではない。・・・はずだ。
真木が心配しているのは。
「だーっ！ムカムカすんなぁ！」
するんですか、やっぱり。
「おい真木！相手しろ！！」
・・・やっぱり。
「アンタ、今さっき大技使ったの覚えてますか」
いつ尽きるかと心配されている彼の力は、幸い未だに健在だ。
しかし、それがいつまで続くのか。
それは誰にもわからない。
「使った！だから余計ムラムラすんだよ！」
「ムラムラ言わんでください」
「溜めんの良くないってヤブ医者も言ってたぞ！」
「なんでそういうとこだけ奴の言うこと聞くんですか・・・ていうか何で奴とそんな話してんですか！？」
今度は真木が吹く番だった。
結局似た者親子なのだ。
「野郎が２人以上集まって、猥談以外何しろと！？」
「いろいろあるでしょうが大人なんだから！だいたい自分の性癖わかっててそれ言ってますか！？」
「性癖言うなー！」
がっき、と、サイコキネシスで襟首掴まれた。
平静を失った自分を呪う一瞬もあればこそ。
一息に、どろりと黒い双眸をのぞき込む位置まで引きずられて、赤く、柔い唇に噛みつかれる。
色気のない、ぶつけるようなキスなのに、こんなにも気持ちがいいのはこの人だからだ。
その唇が、ぷは、と離れて。
「・・・っ、どうせ、男に抱かれんの大好きだよ！」
ああ、そんなこと言わせたい訳じゃないのに。
「・・・すみません」
「訳わかんねえ」
ちゅく、と。
今度は、舌を絡ませるキスを仕掛ける愛しい人の体を抱いて。
結局、自分に拒否権は無いのだな、と、真木はいつものように諦めた。
「あんっ・・・」
後ろから深々と貫いてやれば、慣れた体は大きな物を難なく飲み込んで。
そうして、甘い声を上げた。
四つに這って腰を差し出すその姿は、いやらしい以外の何ものでもなく。
それを見慣れているはずの真木の欲でさえ、否応無く刺激する。
「ん・・・ん・・・ん・・・・」
それでも、彼の気持ちいいように、と。
緩やかに腰を打ち付ければ、その中は柔らかく真木のものに絡み付く。
籠もりきった熱を逃がすように、はあ、と息を吐けば、銀色の頭が振り向いて。
真木と同じように、熱に溺れた瞳が、それでもきつく睨み上げてきた。
「何、我慢してんだよ」
その眼差しだけでも煽られるというのに、腰をぐうっとうねらせるのはやめて欲しい。
「も・・・っとっ」
言った声がそこで詰まったのは、気持ちいいところに当たってしまったせいだろう。
彼の体は、とてもとても快楽に弱い。
それでも。
「もっと、欲しがれ、バカ」
もっと、と。
相手の欲を煽りたがるのは、兵部の癖だと知っている。
孤高を気取ってはいても、あの坊ちゃんとは対極だ。
相手に欲されること。
それが、快楽であること。
それを兵部は知っていて。
知らないあの坊ちゃんを、酷く哀れに思うのだ。
「・・・まったく」
真木の吐いた息は熱く、声はかすれ気味だった。
当たり前だ。何せ、ここまで煽られている。
ここまで。
彼を欲している人間など、きっとこの世に存在しない。
「知りません、よ」
そう吐き捨てれば、黒々と濁った瞳がニイ、笑んだ。
ああ、彼らしい笑みだ。
そう思いながら、真木は自分の下で揺れる腰をぐいと掴んだ。
一度引き抜き、絡み付く襞を巻き込むように深く突けば、あン、と高い声と共に白い背が反った。
しかし、それに止まらず。
「あ、あ、あ・・・ああ・・・・・っ！」
彼の気持ちいい場所を、自分の気持ちいいように突き回す。
そうすれば、がくがくと震えていた肘が耐えきれず崩れ、腰だけを抱え上げられた哀れな姿を晒して。
触れられもしないのに滴をこぼすそれを握り込むと、ひぅ、と息を飲むのがわかった。
酷くされる予感に、悦び打ち震えるこの体を、一体どうしてやったらいいだろう。
それを考える真木の自制が、剥がれ切ることはないのだけれど。
それでも。
兵部を満足させることならば、真木は何だってできるのだ。
「とりあえず、情報収集な」
快楽に疲れた体を、情人の腕の中に長々と伸ばして。
尊大に言う主に、真木は大人しく答えた。
「はい」
「バベルには・・・」
「丁度良いので、紅葉に頼んであります。澪がいれば、あちらも口を滑らせ易いでしょう」
あと、細工もいくつか、と答える右腕に満足して。
「あんのガキ、今度こそ潰す・・・！」
そう唸る主が、また土壇場で何かをやらかさないか。今度こそしっかりと見張らなければと、真木は思う。
そのためには。
「今度は、置いて行かないでくださいよ」
「なら、性欲処理くらいちゃんと付き合え」
性欲処理言うな。
突っ込みたいのを、ここは、ぐっと我慢して。
「わかりました」
答えた声が、なんとか、いつも通りを装い切っていたので。
兵部はくすくすと笑いながら、その腕の中で目を閉じた。
そう。
真木はいつも通り、僕を欲しがって。
いつも通り。
僕を待っててくれれば、それでいいんだ。