三年目のハネムーン ２
耳としっぽは隠さないことにしていたけれど、みんなが入る浴場に行くことに、シンはやっぱりためらいがあった。
いや、耳としっぽ、というのもあるのだけれど。
やっぱり、その。
同性とはいえ、恋人の体を他人の前にさらすのは、やっぱりなんだか嫌だったのだ。
その上、宿の予約の時、浴槽に髪をつけて欲しくないのと同じ理由で、しっぽはちょっと・・・と言われたのを悔しく思いながらも、シンはもう堂々と奮発して、露天風呂のついた部屋を予約した。
そんな自分を、今、改めてエライと思う。
だって、ふわふわと上がる湯気の中、しなやかな体を、抑えられた橙色の灯りに浮かび上がらせる人は、凄くキレイで色っぽくて。
こんなの、絶対他のヤローには見せたくなんかない。
「うわ」
そのアスランは翠の瞳を輝かせ、なみなみと湯を湛えた広い木枠の風呂を眺めて、耳としっぽをぴんと立てた。
「いいでしょう？貸切、奮発しちゃいました。大浴場は、もっと広いんだけど・・・」
「いい。十分だ」
自慢げなシンを振り返った彼のしっぽが、今度はしゃなりと下りて。翠の瞳がきらきら光る。
猫は、とても綺麗好きだ。大きいお風呂は喜んでくれるだろうと、ここを選んで本当に良かった。
「アスランさん、掛け湯」
「ああ、うん」
手桶に溜めたお湯を、ざばーっとかけてやると、濡れた尻尾がぴるると水滴を弾いた。
「入っていいですよ。広いトコだと洗ってからのがいいんだけど、ここ貸し切りだし」
「洗うか？」
「だから、いいって」
時々偉そうなシンの猫は、でも初めて来るところでは、こうやってシンの言うことをちゃんと聞く。
可愛い。
ゆったりと湯を溢れさせる、大きな風呂の木枠から、そろそろと爪先を湯に触れさせて、できた波紋にも喜ぶアスラン。
「こういうのは、初めてですか？」
「ああ」
「滑るから気をつけてくださいよ」
「誰にモノを言ってるんだ・・・うわ」
「ああもう、言わんこっちゃない」
そろそろと足を入れていたアスランが、底で滑って尻餅をついた。
ばしゃんと派手に湯が跳ねて、顎まで一気に沈んだアスランの、頬に雫がかかって落ちる。
とたん、耳がへろんと伏せて。
「あ・・・気持ちいいな」
「でしょ？」
シンも、アスランの側に滑り込んだ。
するすると肌を湯が滑って、冷えた体にやさしい熱が染みて。本当に気持ちがいい。
湯気の熱に頬を染め、うつむき加減にちらちらと光を弾く湯の面を見つめているアスランは、本当に本当に可愛らしい。
だからシンは、自然にその頬に唇を寄せた。
そこはちょっとまだ塩辛くて、思わず微笑んでしまう。
アスランはぱちぱちと瞬きをして、そうしていっそう頬を赤くしてから。
「お前・・・せっかく広いんだから、くっついてることないだろ？」
そんな、今の顔に似合わず可愛くないことを言ってくれた。
「広いのにくっついてるから、贅沢でいいんじゃないですか」
「・・・そうなのか？」
でも、シンの無茶苦茶な理屈を真剣に聞いてくれている。
本当に、可愛いったら。
「そうなんです」
そう言い切ったシンは、そのままキョトリと見つめるアスランの肩に腕をまわして、互いの肌が、水よりも粘質のあるお湯で、しっくりと馴染むのを楽しんだ。
「それに、こうした方が気持ちいいでしょう？」
腕の中に、いい匂いを放つアスランの体。
水を吸ったしっぽが、するりとシンの背を撫でた。
「・・・こういう気持ちいいのは、ベッドの方がいいんだが・・・・・・」
ほつり、と呟いたアスランに、シンは思わず苦笑する。
ああもう、そういうつもりじゃなかった・・・わけではないけれど。
流石にここじゃまずいと思って言わなかったのに。
「したくなっちゃった？」
「仕方がないだろ・・・お前だってわかってるくせに」
そう。
シンの腕の中、頬を染めてうつむくアスランの、いつもより高い体温は、決して温泉のせいだけじゃない。
シンだって、ちゃんとカレンダーを見て予定を立てたのだ。
アスランの、発情期に合わせて。
「やっぱり薬飲もう」
そう言って立ち上がろうとするアスランを、シンは慌てて引き止めた。
こんなところにまで、発情抑止の薬を持ってきたのか、この人は。
「飲まないために来たんでしょう」
「そう、なんだが・・・」
アスランがうつむくと、形良い唇が湯に潜ってぷくりと泡を立てた。
その子供じみた仕草にたまらなくなり、シンは顎を取ってその唇を湯面から上げると、ちゅ、とキスをした。
それだけで、ふるりと震える愛しい体。
「飲まないために、俺がいるんでしょう？」
そう言うと、投げ出されたままだったアスランの脚の間に手をやった。
シンのキスと時期的な欲求に、それはもう形を変え始めていて、ゆっくりと扱ってやると、喜んでシンの手をくいくいと押し上げてきた。
「んっ・・・」
こうなってくれば、アスランだって大人しい。
特に今は発情期だから、そのままくたりとシンに体を預けてくる。
「アスランさん、後ろも、いい？」
シンの肩に頬擦りするように、こくんと頷く可愛い猫。
その、伏せた耳を軽く噛んで。
艶やかに湯を滑らせた肩から手を離して腰にまわし、シンはアスランを膝の上に乗せてしまう。
少し安定の悪い姿勢に、暴れかけた体にキスをして、大人しくさせて。そうして横抱きにした腰の奥、狭間の奥へ指を滑らせる。
「ん、あ・・・シン、お湯、が」
「大丈夫。うちの風呂でやるより、体にいいんじゃないかな」
「そうか・・・？」
発情期のアスランでも、いつでも準備OKというわけではない。
それでもシンは、温泉の温度より熱く感じるそこを、ゆっくり、ゆっくり慣らしてやった。
今、なんでも気持ちよくなってしまうアスランを、もっと気持ちよくしてあげたい。
「シ、ン。もう・・・」
「いいの？もう少しした方がよくないですか？」
「いい。・・・はやく・・・・」
横抱きにされたまま、シンの首にしがみ付き、耳に唇を押し付けてそう囁くアスラン。
彼の声はもう切羽詰っていて、かえって焦らしてしまったかな、と、シンは少し反省した。
アスランはいつも発情期を恥ずかしがって、黙って薬を飲んでしまうから、この時期の彼の体を、シンも知り尽くしているわけではない。
でも、これからは。
できるだけ、薬なんかに頼らずに、俺が何とかしてあげたい。
きゅうきゅうしがみつくバカ力を、何とかなだめて、外させて。そうして向かい合うかたちで、そそり立った自分の上に、ゆっくりゆっくり座らせていく。
「んっ・・・あ、うんっ・・・・」
いつもこの姿勢でするときは、つい一息に奥まで突き上げてしまうのだけれど。
今日はたっぷりの湯のせいで、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。
気持ちのいいお湯の中から、もっと、気持ちのいいアスランの中へ。
入って行ける幸せに、シンは思わず破願した。
「アスランさん、すごい、気持ちいい・・・・」
そうして、根元まで飲み込んで、すべすべのお尻が腰の上にぺたりと張り付くのを感じると、震える体をきゅうっと抱きしめて。そうして、目の前に来た赤い胸の先に、ちゅ、ちゅっとキスをした。
「アスランさんは？気持ちいい？」
「あ・・・あ。んんっ」
「良かった」
そのまま、ちゅーっと右胸を吸うと、アスランはびくんと背を反らせた。
中もきゅきゅっと良く締まって、シンは思わずため息をつく。
「ふー」
ほんと、気持ちいい。
「んっ、あっ、シン・・・・っ」
しかしシンもアスランも、もっと上の気持ちよさを知っているから。
「動いて、くれ。シン・・・・・」
「だって、アスランさん腰動いてる」
「いいから。お前も・・・」
意地悪を言ったら、ぐしゃりと髪を掴まれた。
イテテ、と呟いて、仕返しに胸にきつく噛み付いて。
「ぃん！」
高く、甘い悲鳴を上げさせてから、シンは背中を支えていた手を腰にまわし、しっかりと掴んでずるりと自分を抜き出した。
「あ・・・っ」
そうして、再び深く深く突き入れる。
アスランのほうが、まだ少しシンよりも大きいから、この姿勢は水の中の方がずっと楽だ。
家の狭い浴槽だと嫌がるアスランも、この広さならかまわないのだろうか。
それとも、発情期のせいで、文句どころではないのだろうか。
今日は大人しく、シンの好きなようにされながら自ら腰を揺らして気持ちよさそうに鳴いてくれた。
「あ・・・あっ、あんっ・・・み・・・っ」
「やっべ・・・アスランさん、俺、もう、イ・・・・っ」
「みゃ、あ・・・・っ」
ぱしゃぱしゃと、二人の周りでお湯が跳ねる。
跳ねて、光って。幸せそうな二人を飾る。
そうして、激しかった波紋がゆるゆると穏やかなものに変わり、注ぎ込まれる湯の音だけが、響くようになった頃。
シンとアスランは、ただ、深く抱き合い、口付け合っていた。
半分のぼせかけながら、二人が風呂から上がってくると、丁度食事の準備がされているところだった。
見たことのない料理が多かったのだろう。好奇心旺盛な猫は、宿の人を捕まえて、あれやこれやと聞いている。
人間に対して、物怖じしなくなったアスランを、シンは嬉しく、誇らしく思う。
「アスランさん、その辺にしてもう食べませんか？」
「ああ。・・・・すみません、ありがとうございました」
そうして、向かい合わせにセッティングされた食事を、横に直してくっついて食べた。
新婚らしく、「あーん」ってやってくれと頼んだら、アスランは一発殴ってからやってくれた。
お返しに、デザートのブドウを口に入れてやったら、指ごと噛み付いてから、申し訳なさそうに舐めてくれた。
うわ今俺たち、すっごいいちゃいちゃしてる。
シンは感動で泣きそうだ。
もちろん、夜は一緒の布団で楽しんだ。
先ほどの激しさはなく、慈しみ合うようなセックスを、ゆっくりと。
「もう、いいんですか？」
いつもの発情期とは違う様子に、シンはアスランのしっぽを撫でて聞く。
「だって、お前もう満足したんだろう？」
するり、と、シンの手の中からしっぽを引き抜いて、その手に自分の指を絡め、アスランは言う。
「でも、あんたさ・・・」
言いよどんだシンの髪に頬を寄せ、アスランはうっとりと呟いた。
「何故だろうな。俺も、もう十分なんだ」
あたたかな何かが体中に満ちて、何も足りない物がない。
そんな幸せに、アスランは今、包まれている。
それは、きっと。
「きっと、つがいのお前が満足したからなんだろうな」
「・・・・・・・」
シンは言葉もなく、アスランを抱きしめた。
何か言いたい。
でも、言葉にならない。
だから代わりにキスをすると、アスランもそれに応えてくれた。
幸せな、キス。
長い長いそれが終わると、腕の中で眠たげな声が呟いた。
「キラとカガリに、土産、何にしようか」
気の早い心配に、シンはくすりと笑う。
「まだ時間はありますよ。ゆっくり選びましょう」
「ああ、そうだな・・・・」
そのまま眠り込んでしまったアスランの頬に、今度は軽くキスをして。
さて、明日は何をしようかと考えながら、シンも同じ夢路をたどる。
そう、ハネムーンは始まったばかりなのだから。
終